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フューチャー・リング  作者: 瞬く心
Chapter 1
5/30

#5 「魔法」



 ◇


 翌日。

 窓から差し込む光が顔をじんわりと照らし、目が覚めた。

 相変わらず硬い床の上で、悲鳴を上げる背中をさすりながら起き上がる。

 

 (昨日、お布団お願いするの忘れてたー……)

 

 せっかくジールさんと話すことが出来たというのに、うっかりにも程がある。

 あれだけ悩んでいたトイレのことも、後腐れなく解決する方法は分からずじまい。

 大きなことを気にするあまり、身近なことを後回しにしてしまうのは悪い癖だ。

 

 「"大丈夫だから、お姉ちゃんはお姉ちゃんのことを先にやって"……って、珠麗(ミレイ)も言ってたなぁ」

 

 思わず顔が綻ぶ。

 私が高校二年の頃、妹の中学初テストの日だった。

 その頃は県外の高校に通っていたせいもあって、毎日妹を見送る余裕なんてないくらい早く出発しないと始業に間に合わなかったけれど、あの日だけはそんなことどうでもよかった。

 朝早く起きて、あっさり目の味付けをしたお弁当を作って、マスクとかお守りとかを用意して……妹が家を出るその時まで心配でたまらなかったことを覚えている。

 いつもご飯を食べ始める頃にはいなくなっている私がまだ家に居ることに違和感があったからか、身を整えないでずっとパジャマ姿のままでいたからか――、

 行ってきます、頑張ってと手を振り合って妹が扉を閉める寸前、私をじろりと見て言った言葉がそれだった。


 当時は、なんて優しい妹なんだろう、としか思っていなかったけど。

 今にして思えば、逆に余計なプレッシャーをかけちゃったかなとちょっと反省してる。


 (……どうしてるかな)

 

 妹は――ミレイは、私なんかよりもずっと優しくて、明るくて、芯がある。

 家に帰ってから学校であったことを喜々として話している姿や、お母さんの代わりとして授業参観へ赴いた時、休み時間に友達と輪を作って笑い合っている姿。

 私や、学校の友達の中心になって「楽しい」を運んできてくれる。

 そんなことあって欲しくはないけど……謎世界に来たのが私ではなくミレイなら、不安なんかどこ吹く風にジールさんと話している光景が目に浮かぶ。

 

 でも、凄く頼り下手なところがある。

 豹変してしまった父を見たからか、学校で中心になっているからこそなのか、

 ミレイ自身に起こったことも、周りで起こった問題も、自分で何とかしようとして、決して譲らない。

 

 だからこそ、突然いなくなった私のせいで、大きな不安を抱え込み続けているに違いない。

 家では父の理不尽に耐えながら。

 学校でも、私に関して何かと揶揄されながら――。

 想像すればするほど、早く元の世界へ、家へ、戻りたくなる。


 (でも、"私は私のことを先に"やらなくちゃ。――また、怒られちゃう)

 

 しばらくの感傷から、よし、と心の中で気合を入れて立ち上がる。

 まずは、今日に関して。

 昨日のジールさんの言葉を思い出せば、今日はジールさんではなくて別の人が来る、って言っていた。

 一体、誰なんだろう。

 

 「ややこしくない人がいいなぁ……」


 私に対してとても親切だったジールさんが信頼できるっていう人らしいから、大きく問題は無いと思うんだけど、なんだか言いしれない不安が胸をよぎる。

 人の変化は環境の変化。

 そして、場所が場所なだけに、今度は本格的に監獄官めいた人がくる可能性は低くない。

 

 「……来るなら早く来てほしい……っ」

 

 立ち上がり、部屋の中心を意味もなくぐるぐる歩き回りながら、そわそわする。

 

 『もうちょっと待ってくれ。楔をまだ打ち込み終わっていないんだ』

 「はわぁっ!?」


 突然、左耳のごく至近距離で誰かの「声」が聞こえて、驚くと同時に顔を左に振り向ける。

 ――誰もいない・・・・・

 確認のため右にも振り向く。

 結果は同じで、見慣れた部屋の風景が目に映るだけだった。

 

 (どどど何処から声がしたの?)

 

 扉は開いていない。ぐるっと周囲を見渡しても、誰かが居る気配は微塵もない。

 どういうことなんだろう。

 頭の中に浮かぶのは、ポルターガイストあるいは幻聴。

 確かに、昨日までの身体の疲れが完全に取れてないのは自覚しているけれど――。

 

 (知らず知らずのうちに私……ヤバい段階まできちゃっ――)

 『随分な慌てふためきようだ』

 「ひ」

 (次は右耳から!?)

 『あは、興味深い! なるほど、急ぐとしよう』

 「ん、んん……っ」


 なんだか、すっごくモヤモヤする。

 こう、肩を叩かれて、振り返ったら人差し指を頬にめり込ませられて、その先に盛大なにやけ顔の友達が見えた瞬間の気持ちに近い。

 怒ったら負けな気がするけど、どうしても湧いて出てくるむしゃくしゃしたものをどこにもぶつけられず中途半端に笑うしかない、あの感じ。

 

 (相手の顔が見えないし、何が起こっていたのか分かんないから、余計にモヤモヤする……!)


 ………

 ……

 …


 そこから、胡坐をかいてじっと待つこと数十分。

 

 「待たせた」

 「――――」

 

 その子は何の気配も、音も無く、私の前に立っていた。

 足元まで届く鮮やかな水色のローブを身にまとい、はっと目を見開くほど綺麗な少女の顔を覗かせながら。

 

 また、突然で、それはもう、口をあんぐりと開けながら絶句するしかない。


 「ジール・アグライアに頼まれた朝餉あさげだ。いつでもいいから食べるといい」


 そう言って、両手で持っていた料理を私の前に置くその子を、何の意図もなくただ眺める。

 片膝立ちでしゃがんだ姿からは、法則性なくカーブを描いている癖の強い茶色の短髪が印象的。

 

 (……ぱっと見、ちょっと特殊なかわいい女の子、なんだけど……)

 

 これが、さっきの「声」の人、なのかな。

 だとしたら、性格と話し方が見た目とのギャップを生みすぎてないかな。

 

 「……? どうした、リン。我を観察したからといって、何も面白みは無いと思うが?」

 

 垂れ目がかった眼を薄めながら、少女にしては少し低い声を放ってきた。

 自分の事を「我」って言う人、初めて遭遇した気がする。


 「い、いやいや……って今、私の名前を――」

 「知っているぞ。見ていたからな」

 「見……ていた?」

 「この部屋も含めて、エクシオン全体が我の監視対象だ。特にリンは連れて来られた時から興味深かった故に、全て、観察させてもらった」

 「……すべて」

 「ああ。小便の処理が分からずこそこそと――んむっ――」

 「やめてください……やめてください……!」

 

 咄嗟に私は彼女を押し倒し、その口を塞いでいた。

 我ながら強引かもしれないけど、アレに関しては本当にトラウマなんだ。

 そう何度も記憶を掘り返されてたまるものか――。

 

 と、思っていたのだけど。

 この日三度目の、妙なことが起こった。

 彼女の口を押えていた手が急に床をつき、全身で押さえていた身体の感触が一瞬で消えた。

 

 「え……っ」

 「我としては滑稽で面白い出来事だったのだけれど……癪に障ったのなら謝るとしよう」

 「――――」

 

 何故か、その彼女の声は後ろから聞こえてくる。

 後ろを振り向くと、さっきまで押さえていたはずの彼女が立っている。


 「その反応。間違いないな。……リン、お前は『神術』を知らないだろう?」 

 「神術?」

 「例えば……そうだな」


 数秒、思案顔をした後、おもむろにローブの襟元を掴み、一気に脱ぎ捨てた。

 

 「うぇ!?」

 「こうだ」


 その行為自体も驚きだけど、長く白いインナー姿になった彼女はついと指を滑らせ、床に落ちていたローブを何も触れずに空中に浮かせた。

 そして、指の動くままにローブは宙を勢いよく舞い、やがて目の前でぐるぐるに丸められたと思ったら消失し――瞬きの後には、彼女は元のローブ姿に戻っていた。

 

 (何、これ……まるで、魔法みたいな)


 「……これが『神術』の一連の動作だ。流動・分解・生成――大気中の『源素』を操作し、『元素』と結び付けて現象を導く」


 (意味分かんない……!)

 

 「やってみようか」

 「……はい?」

 「リンの身体に多少なりとも『石』が組み込まれているなら、意識さえすれば行使は容易なはず。――さあ」


 彼女が懐から一枚の布切れを取り出して、床に落とす。

 どうしたらいいんですかという意思を込めて彼女を見たが、自然体で立ったままこちらの目を見返してくる。

 不動な紺青の瞳から感じられることは……純粋な興味、それだけだった。

 

 (えっ……と。私にも、あんなことが出来るの……?)

 

 当然ながら私は、シンジュツとかゲンソとかの無い世界から来ていて、超能力じみたことは何一つできやしない普通の人だという自覚はある。

 それが、この異世界に来ただけで突然超パワーを発揮できるものなのかな?

 彼女は「意識さえすれば」と言った。

 それはつまり、ここは頭の中で思い描きさえすればその通りに力が働く夢の世界だということなのだろうか?

 ……そんなファンタジー世界なら、子供の頃に本で読んで憧れていた記憶がある。

 

 戸惑いはあれど、床の布切れに両手をかざす。

 

 義父母の家で事情から肩身狭く過ごしていた主人公が、魔法学校への招待状を受け取って数多くの不思議と冒険に出会い、成長していく物語。

 その主人公の傍らには、いつも信頼できる友達や先生、そして力強い魔法の存在があった。

 これから何もかもゼロから始めていくはずだった私にとって、何か一つでも、頼れる力が得られるのなら。

 

 覚悟を決めて、眼をぐっと見開き、私は"浮かべ"と意識を布切れに込めた――。

 

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