表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フューチャー・リング  作者: 瞬く心
Chapter 1
4/30

#4 「異世界」


 ◇


 ――ここが、私の知らない、摩訶不思議な世界であるということ。

 

 顔を伏せ、ずっと考えた挙句、結論として出たのはその絶望的な事実だった。

 彼の言葉をありのままに受け入れ、これまで抱いていたすべての疑問に納得するには、ここでは私の常識が通じないということを認めるしかなかった。

 客観的に見れば現実的に考えられそうな状況はあるけど、不可解な点が次から次へと出てくるし、考えてもキリが無い。

 あまりにも情報が少なすぎる。

 

 (……どうすればいいんだろう)

 

 何よりも問題なのは、故郷へ、日本へ、帰る手立てが見つかる目途が立たないということ。

 これまでは、彼から今いる場所の情報を引き出して、長期的になろうとも、どうにか戻りたいと考えていた。

 でも、ここが私の知っている世界ではないなら、尋常な手段では帰れない。

 可能性があるのは、私が発見されたというその場所に直接向かってみて、何かを見つけ出すことぐらい。

 

 (そのまま即帰還、とはいかないだろうけど)

 

 なんらかの手掛かりがそこにあることを願うほかない。

 それに、そこに向かうまでの道のりも、間違いなく困難が付いて回る。


 (どうしよう、どうしよう。私、サバイバル知識なんてからっきしだし、外国人とのコミュニケーションすら経験ゼロなのに、地理感覚も何もない謎世界とか)

 

 「……どうされた? 何か、心身に不調な点がおありか?」


 情報の整理でいっぱいいっぱいだった私の脳に、心配げな声が滑り込んでくる。

 そうだ、ショックに沈んでいる場合じゃない。

 今は、彼がこの状況を突破する情報源。

 どうにか、会話を続けないと。

 それも、友好的に。

 

 (笑顔、笑顔)


 数秒、精神を落ち着かせ、微笑みとなるように表情筋を整えて、顔を上げる。

 

 「――近くない?」

 「む……、すまん。無事なようで何よりだ」

 「あっ、いえ。ちょっと、驚きでして……」

 

 目と鼻の先にこの人の濃い顔があったせいで、また心の声が何も介さずに出てきてしまった。

 前は、しっかりと抑えられていたはずなのに。

 疲れているのかな。うん、疲れているのは違いない。色々とありすぎてる。

 でも、乗り越えないと。

 

 ……そういえば。

 純粋な疑問だけど、ここが摩訶不思議な世界なら、どうして彼はよりにもよって日本語を喋ってるんだろう。

 それも、独特な喋り方ってだけで、ちゃんと意味は通じる。

 

 (……某コンニャクみたいに、妙な力がはたらいてるのかな)

 

 不可思議な扉の抵抗力があったくらいだし、そんなこともあり得るのかもしれない。

 頭をなるたけ柔軟にしないと、いちいち疑問に考えていたら頭がパンクしてしまいそう。

 情報収集、情報収集。

  

 「……ここは、何処なんですか?」


 聞いても分からないだろうけど、現在地さえ聞いておけば、そこを起点にして周辺の人に聞くなり移動して見るなりすれば脳内マップを作り出せる。

 幸い、ここの方位は東西南北、尺度はメートルのようだし、急に方向音痴に目覚めない限りどうにかなるはず。

 

 「セントリィ都内、王宮ミバの地下だ。名は『エクシオン』、アントリサーズ以下大義に反した者たちを一時的に監禁する施設にて。――が、安心めされよ、貴方と私のいるここはそれら者達とは隔絶した階層にある」

 「そ、そうなんですねー」


 (……あはは、うーん、固有名詞の暴力で耳が拒絶反応を示しそう)


 そして、ここやっぱり物騒な場所っぽい。地下で、階層式……脱獄は難しそう。

 でも、私が発見された場所が彼曰くここ――セントリーから北西方向の島のどこかって言っていたはずだから……。

 

 (ざっくりとしてるけど、当面の目標地点はそこがいい)

 

 「ちなみに、私はずっとここにいなければいけないのですか?」

 「……上の審議が終わっていない。心苦しいが、もう四つ日はここに居て貰うことになりそうだ」

 「審議……?」

 「うむ。貴方がアントリサーズに与する者か否か、と。私個人としては、そうではないと確信しているがね」


 彼はそう言って片側の口角をあげつつ、ドスンと膝立ちから胡坐へと体勢を変えた。

 その"あんとなんとか"を全く知らないから、私がそうでないと確信されても微妙な顔を浮かべることしかできない。

 

 (けど、四つ日……おそらくあと四日もすれば、ここを出られるかもしれない)


 これまでの三日間を考えると決して短い期間とはいえないけど、それでも希望の持てる日数だと感じる。

 待遇的に、食事にありつくのが困難だったり、命の危険に晒されたりすることは無さそう。

 むしろ、出てから先が最大の懸念だけど――、

 

 (大丈夫、ミレイの為ならいつだって、どこでだって頑張れる)


 「恐縮ながら、私も貴方に問いたいことがある。よろしいか?」

 「ん、はい。どうぞ」

 「名を、聞かせてもらいたい。ずっと『貴方』と呼ぶのは堅苦しいことこの上ないのでな」

 「な……ああ、名前のことですか?」

 「うむ。……おっと、失礼。以前は意識が無い中で名乗ってしまっていたか。私はジール・アグライア。『神術団』の長、という肩書きも持つ。貴方は?」


 膝の上に置いたまま、掌だけをこちらに向けて先を促してくる。

 表情は、その濃さが軽減されるほどに穏やかだ。

 

 自分の名前。

 この監獄に入ってからずっと一人で試行錯誤して、訳の分からなさに少なからず疑心暗鬼になっていたから意識に上がらなかったことだけど。

 初めて会う人に対して挨拶も名乗りもしないなんて、私らしくない。

 思えば、ジールさんは、最初から私に対して誠実だった。

 もちろん、知らない地で油断をしちゃいけない、というのも心に留めておくべきだけど、今は――、

 

 「――リン。私は、(リン)といいます」


 この知らない地だからこそ、最初の繋がりを大事にしていかなくちゃ。

 

 「リン殿か。趣のある響きで、良き名だ。今後ともよしなに頼みたい」


 ――趣のある?

 ちょっとジールさんの言葉に引っかかった点があったものの、おもむろにハイタッチの事前動作の如く目の前に掌を広げられて、戸惑う。

 これどうすればいいの。

 

 「……はは、すまん。こちらの挨拶だ。リン殿の手を私の手に重ねて貰えれば、それが友好の証なりて」

 「あっ――握手みたいなものですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 掌を重ね合わせる。

 

 (ジールさんの掌、めっちゃ大きい)


 多分過去にあった人の中で最大級だ。どう鍛えたらこうなるんだろう。


 「ああ! ……む、刻も暮れに近い。私はそろそろ去り行こう」

 「あ、はい! ありがとうございます」

 「礼には及ばん。……むしろ、此方には謝罪すべきことばかりだ」

 

 言い終えぬ間に立ち上がって、私の後方へと歩いていく。

 そして、カチャリという器が擦れ合う音と、「む?」というジールさんの疑問の声が聞こえた時に、私は重大な事象が少し前にあったことを思い出し、それを弁明するには既に時遅しだということを悟った。

 一斉に湧き出でる汗。

 地蔵になったかのように動けない身体。

 もはや、後ろを振り向く気力は私に残されていなかった。


 「……リン殿。これは――む、――ふむ、成程、さすれば――」

 「……??」

 

 ついに逃れられぬ追及がされると思った刹那、ジールさんの言葉が途切れ、何やらうわごとを話し出した。

 まるで、誰かと話しているみたいだけど――。

 恐る恐る固まった身体を後ろへと振り向かせると、例の食器を持ち、壁の一点を見つめて困ったような笑顔で頷くジールさんの姿。

 

 (何事――?)

 

 よくよくその見つめる先の壁を観察しようとした目先、声を掛けられた。


 「リン殿。明くる日、私とは別の者が姿を現す。その者は信頼できる故、さまざま相談召されるといい」

 

 そう言って、茫然とする私に会釈し、いつものように部屋を去っていった。

 私は、特に何も言うことなく去っていったジールさんの一連の行動について考えながら部屋を眺めるものの、ただ一匹の小さな黒い虫さんがゆったりと飛んでいること以外、何も見つけ出すことはできなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ