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フューチャー・リング  作者: 瞬く心
Chapter 1
3/30

#3 「もう一つの対処策」


 ◇

 

 「――――」


 三日目になった。

 昨日に比べて、起きた時の部屋の輝度が高くないのは、まだ朝早いからだと思う。

 そして、こんなにも早く起きてしまったのは、昨日お昼から夕方にかけて長いお昼寝をしてしまったから。

 ――だけじゃなく、起きた瞬間にとある「感覚」が身を支配していたからでもある。

 

 腕でお腹を包み込むようにして身をかがめ、足も出来る限り閉じて、歯を食いしばる。

 無意識に、体がごく小刻みに震えているのが分かる。

 

 寒い、というわけじゃない。確かに今着ているものは何の装飾もない真っ白なローブ一枚だけど、そこそこ厚いし温度は気にならない。

 もっと別の、抗いきれない、身体の内側からせりあがってくる「感覚」が、どうしようもないほど私の身体と思考を極限の焦燥へと誘っている。

 それは――、


 (トイレ……トイレに、行きたい――!)


 ――これでもかと警鐘を鳴らす、下半身からの危険信号だった。


 不定期にやってくる波の山、その合間を縫ってその対処方法を全力で考えていた。

 なぜなら、この部屋は文字通り「何もない」、八畳間くらいの空間。

 水も、ガスも、電気も無い。だから当然、以前なら探せばどこにでもあった水洗トイレなんてものは無い。

 せめて、どこかの床に穴でも開いていてくれれば良かったのだけど、それも無いのは昨日確認済み。

 

 (詰んでない? これ。この時代に原始的過ぎるでしょ……っ)


 思えば、二日続けてスープと料理を頂いていれば、こうなるのは当然のことだった。

 むしろ、一日一食しか食べてないとはいえ二日間無事だったことがラッキーだったのかもしれない。

 でも、それはそれ。今は、とにかくこの窮地を脱するための方法を考えるしかない。

 

 まず、ありのまま。色々心が折れそうだから、やりたくない。

 部屋の端っこで、こっそりと。……これも結構精神的ダメージが大きい。最終手段にしたい。

 誰かに助けを求めてみる? 誰かといっても今知っている人はあの人だけだし、昨日も一昨日もお昼過ぎにしか来ていなかったから今は期待できない気がする。

 あまりの絶望具合に、扉の方向を睨むようにして見ていると、一つ、ぱっと浮かんだ。

 

 (あの、窓――ガラスでも何でもない、ただの隙間。 あそこから、呼べば……!)


 声はこもらないし、もしかしたら「あの人」か誰かに声が届くかもしれない。

 早速行動に移した。

 動いている間は、多少気を紛らわせられる。後の反動が怖いものの、必死に声が届くことを信じて――。


 「だっ……誰か! 誰かいませんかー!」

 

 窓に向かって今出せるありったけの掠れ声をぶつけて、数秒待つ。

 反応は、ない。

 

 スルーされている可能性もあると思って、何度か声を出したものの、気配は変わらなかった。


 「う、ひ……っ」


 ぞわりと、お腹から太ももにかけて電撃が走ったような感覚。

 下腹部を抑え、うずくまる。――限界が近い。


 「……く、ぁ」


 (もう無理、もうムリ、もうむり――)


 万事休す、真っ白になる思考。これは是非もないと、部屋の端っこへ行くため視線を左後ろへと走らせて――、

 その先で、昨日の料理が入っていた、そこそこの大きさの容器が目に入った。

 自分の背後に置いていて、気づくのが遅れた。

 

 「あっ」


 不意に、もう一つの対処策が閃いた。

 最悪よりは、はるかにマシ。私はそれをすぐさま実行に移した――。



 ◇



 あの人は、それから日の色が変わらないうちにやってきた。

 私は体育座りで膝に顔を半分埋めた格好で、その到来を迎えた。

 外からドアノブが回転し、あっさりと扉が開くとともに、明るい光が瞼の裏を赤く染める。

 

 「……今日は、睡眠から覚醒しているだろうか? いつでも……我らに否定的でも構わない。貴方の話を聞かせて欲しい。本日分の食料は、ここに置いておこう」

 

 ゴトリと新たな容器が置かれる。今回は重みを感じる音だ。

 ああ――そんなことよりも、もっと早くこの人が来てくれていたら。

 あるいは、呼び出す手段があれば。

 ふつふつと湧き上がる不満と恥ずかしさに頭がかき乱され、八つ当たり気味に原因を自分の外へとぶつけたくなって――。


 「ああ、遅いっ!」


 そんな言葉を頭の中でしきりに叫んでいた。


 「む?」


 困惑した声。

 あっ……ついに、容器の中を、見られてしまったんだ。

 この人の前では上げたことのない顔だけど、もう上げる機会は得られないかなぁ……。


 「……失礼。遅い、とはどういう意味だろうか?」


 (ん? あっ……しまった。声に出してた?)

 

 少なくとも、意識が起きていることはバレてしまっている。

 精神的にはこのままスルーしたさ甚だしいが、顔をほんの少し上げて正面の彼を見る。

 膝立ちの格好で、眉を下げ困ったような顔を浮かべる壮年の男。

 その瞳は紅で、髪もオールバックで鮮やかなマゼンタ。

 テレビの中でしか見ないような濃すぎる見た目に、思わず目をぱちくりと見開いてしまった。


 「驚かせてしまっただろうか。言葉での誓いとなってしまうのが申し訳ないが、貴方に危害を加えないことは約束しよう」

 

 そう言って軽く目を伏せ、そして瞬きの次の瞬間には鋭い視線が私の目を射抜いてくる。

 私はその視線を真正面から受け止めて、驚いた。

 

 (これでもかというくらい真っすぐで、曇りのない、強い瞳)


 私が見てきた中でも、これ程芯の有る眼を持った人はいないと思えるほど。

 だけど、それはそれ、これはこれ。危害を加えないと言ったけど、この状況そのものが危害を加えられてるんじゃないかな。

 寝心地は悪く、トイレもお風呂もない不衛生な環境。

 家族と、友達と――妹と、隔絶された場所。

 どう考えても私は拉致被害者なのに、"危害を加えない"?

 それは、言い分としておかしいと思う。

 

 目を細めて、不信の意味を込めた視線を送り返す。


 「っ、はは、信用に足らぬか。もっともだ。貴方も、我々も、互いを理解出来ていないのだものな。……成程。だから、"遅い"か。貴方の事情を先に求めていた姿勢を改め、こちらの経緯を伝えることにしよう」


 (わ、察しのいい人。そう、どうして私がここにいるのか、それを知りたい。……でも待って、少し勘違いをされてる気がする)


 でも指摘する必要はないし、したくないので、このまま黙っていることにした。


 「まずは、貴方を発見した経緯から。我々、首都セントリィ直属『神術団』は、定例業務として外敵の排除、そして旧人類の遺物探索を承っているのだが……」

 

 (……ん?)


 「その中途、三日前の事だ。セントリィより北西方向、ペヤル半島付近の巨大遺跡、地下三千二百キロメートル地点にて、推定百メートルほどの球形遺物が発見された」

 

 (……えっ? え?)

 

 「そして、その遺物の封印を解いた中に、貴方が居た――と当地の担当員から報告を受けている」

 

 (――――)


 ――何言ってんの、この人。


 怪しいとかいうレベルじゃない名称と活動内容の団体に所属しているこの人。

 地理の授業中に眺めた世界地図にも見たことのない都市と島の名前。

 想像を絶する地下空間で発見されたとかいう私。

 

 なにそれ。

 ちょっと待って。

 

 「……あの」

 「――む、何だ?」

 「冗談、ですよね……?」

 

 今にもドバドバと溢れ出そうな困惑の渦をどうにか抑え、この人の瞳をじっと見つめながら尋ねる。

 私は一応、ここを地球だと思って三日間過ごしてきた。

 いや、最初は日本のどこかかな、と思っていたけれど、料理の具材やドアの様子、この人の容姿からもしかしたら外国なのかもしれないと微かに不安になっていたところだった。

 でも、でも。

 もしこの人が真剣な眼差しで、さっきの事を冗談ではないと突っぱねたとしたら――。


 「……すまん。部下からの情報源で、私が直接その場を見た訳ではない故、確かとは言えない。だが、私がその情報に改竄(かいざん)を加えて話しているのではないことは、この印にかけて誓おう」

 

 意気軒昂として、長いコートの内側に刺繍されている襟章っぽいものをつまんで見せつけてくるこの人。

 

 (――ああ)


 ガクリ、と思わず顔を深々と膝に潜り込ませる。

 

 頭が追い付かない。追い付きたくない。

 理解出来ない。理解したくない。

 信じられない。信じたくない――。

 

 非常識な暴力は、耐えるのに慣れたと思っていたけど。

 非日常の非現実は、流石に、ダメかもしれない。

 

 (ごめんね、珠麗(ミレイ)。お姉ちゃん、心折れそうだよ……)


 私は襲い来る頭痛を堪えながら、ここにきて初めての弱音を心の中で吐き出した。

 

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