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フューチャー・リング  作者: 瞬く心
Chapter 2
11/30

#11 「どうして」


 

 紫髪の子の手を掴もうとした途端吹いてきた、肌が引っ張られるような強烈な突風。

 咄嗟に抱き寄せ、目を瞑り、その感触を逃がさないようにすることで精一杯だった。

 

 だから、周りで何が起こっていたのかを知ることは出来なかった。

 ただ、周囲の嵐が落ち着いて、瞼を開けた時、景色が一変していた。

 

 風が吹いていった方向へ、巨大な重機でも走っていったかのように、一直線に木がなぎ倒され、植物はめちゃくちゃに吹き飛んでいた。

 さっきまで私達が居た古い家屋なんて、跡形もない。

 

 (なに、これ……)


 頭がぐらぐらと揺れる。理解不能な事態に混乱している。

 足から力が抜け落ち、すとんとその場に座り込む。

 腕の中の紫髪の子も、私に合わせて膝を折る。

 

 ――そうだ、とその子の様子を見る。

 ほんの少し口を開けて、不思議そうに私の顔をじっと見つめている。

 幾何学模様が浮かぶ真黒の瞳に不安の色は無く、ただ現状に疑問を投げかけるような眼を私に向けている。

 

 (『どうして』って……)

 

 私にも分からない。

 どうしてこうなってしまったのか。

 でも、その視線が、その問いが、"どうして私を助けたの"という意味合いのものだとしたら――ひとつ、確かに言えることがある。


 はっとして、その子の身体に触れて確かめる。

 どれだけの傷が残っているのか。

 ぱっと見では無事そうだったけど、発見した状況が状況だし、さっきの今。

 もし体のどこかが動かなくなっていたり、血が止まらないなんてことになったら――、

 

 (呼吸も、四肢も、無事。血も、今流れているところは無い……良かった)


 長く、息を吐く。視界が微かにぼやける。

 それが涙だと気づき、ローブの端で払う。

 やっぱり、ここに来てから私はどうかしている。

 姿かたちは違えど。

 全く縁なんて無いと分かっていても。

 その子を――一度、妹と重ねてしまったから。

 守りたいと、助けたいと、心から思ってしまったから。

 

 「大丈夫。私があなたを――」

 「リン」


 声が聞こえた。

 あの強風が吹いてきた方向だ。

 短い間だけど、何度も耳にした、私を呼ぶ声。

 どうして、その声が、ここで、聞こえるのだろう。


 「……え?」

 

 

 振り向くと、そこには確かにロスが居た。

 でも、私の知っているロスではなかった。

 手にぐったりと動かない人の首元を掴み、ぞっとするほど冷たい瞳をしていた。

 そして、その視線の向かう先は、紫髪の子にあった。

 

 何故。

 その答えは、明確な言葉では出なかった。

 

 「――今すぐ"それ"から離れろ。リン」

 「…な、なんで」

 「リン」

 「答えてよ! どうして、手に……人の身体を持ってるの? どうして、この子を遠ざけるの?」

 「――」


 すると、ロスは今気づいたかのように右手に掴んだ人を見た。

 黒髪で、性別は分からないけれど、子供のような体形をしている。

 ロスは――その子の首を折って、あろうことか真横に放り投げた。

 

 「――っ!!」

 

 こんなの、ロスじゃない。

 違う。"私がそうだと思っていた"、ロスじゃない。

 あれが本性なんだ。

 あれがロスなんだ。

 絶対にこの子を渡しちゃだめだ。

 ロスは、この子を、殺そうとしている。


 「これで問題ない。 そこにいるのは――」

 「ふ、ふざけないで! 信じられるわけない! あなたに、この子は渡さない!」

 

 掴んでいた紫髪の子を背にして、腰の剣を強く握る。

 ロス相手に私がかないっこないことは分かっているけど、背を向けて逃げ出しても、この子を逃がしたとしても、待っているのは悲惨な結末。

 だったら、ロスがまだ私を動かせると思っている間、私自身を盾にして交渉するしかない。

 

 ロスをきっと睨む。

 その眼には、さっきと打って変わって困惑の色が滲んでいた。

 私はあなたのただの興味の対象じゃない。

 ちゃんとした、意思があるんだってことを見せてやる。

 

 「もう一度聞きたい。どうして、この子を狙うの?」

 「……聞け、リン。それは、『敵』だ」

 

 (『敵』――この子が? どう見ても、人と変わらないのに?)

 (たとえ、そうだとしても――殺すなんておかしい。表情を失うほどこのジャングルで苦しい思いをして……結末が種族間の争いの犠牲、だなんて)

 (もっともっと、楽しいことだって、美味しいものだって、この世界にはあるはず。私は、この子の笑顔を見たい)

 (それがひとりよがりの思いだと、分かっていても――)


 「この子が……敵、なんだとしても――私は、この子を守ってあげたい」

 「リン――!」

 「お願い、ロス! この子も一緒に――」

 

 冒険させてほしい、と続けようとした刹那。

 首がぐいんと後ろに持っていかれて、倒れてしまいそうなほどに姿勢が崩れてしまった。

 視界一杯に移る空と雲、それは爆発的な加速と共に流れだして――。

 

 (うひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?)


 声の出せない絶叫。

 空を切る両足と、ぶらぶらする手の感覚を認識して、今私は空を飛んでいるのだと分かった。

 分かった、けど、これはどういうことなの。

 もしかして……もしかしなくても、私の首を掴んで空を飛んでいるのって、紫髪の子だよね。

 

 (なんでこんなことできるのぉぉぉぁぉ)


 再度、ぐいっと強く首が引っ張られる。

 

 「わぶ」

 「――」

 

 そして、気が付けば私は紫髪の子の脇に抱えられるようにして落下していた。

 凄まじい浮遊感。

 

 「――ぶぎっ」


 叩きつけられるような着地の衝撃。

 

 「あぁぁぁぁ――」


 再来する強烈な加速感。

 

 安全装置のないジェットコースターのような振り回されようで、私はどこまでも連れられて行く。

 思わずつぶっていた目をうっすらと開けると、木のてっぺんを次々と渡っていく紫髪の子の足が見えた。


 (ひえっ……)

 

 みぞおちが冷えるような光景から目を背けるように、紫髪の子の横顔を見た。

 はっきりとした、笑みを浮かべている。

 眼は見えないけど、嬉しくてたまらない、と言わんばかりに。


 でも、その上がっていた口角は次の瞬間に引き締まった。

 ガクン、と紫髪の子の身体が傾き、速度を減衰させながら地面へと落下していく。

 

 背後に振り返る。

 遠くに、ロスの姿が見えた。

 何か手に紐状の物を持っていて、それがこっちへ一直線に伸びていた。

 

 (――この子の足に、結びついている――)


 即座に、それを剣で断とうと手を振って――剣を落としてしまっていたことに気づく。

 

 「あっ……」

 「シィッ――!」


 紫髪の子は鋭く息を吐き、足を縮め、左手を手刀の形にしてそれを断とうとする。

 ――が、ロスがその紐を引くほうが早かった。

 大きく体勢を崩し、錐揉みしながら落下していく。


 (落ちる落ちる落ちる落ち――っ!)

 

 墜落寸前、腕の中で紫髪の子にぎゅっと掴まり、目を瞑って衝撃に備えていた。

 空中で助かる方法なんて見当もつかなくて、でも、このままこの子を離してしまったら助からないような気がしたから。

 時間が間延びするような奇妙な感覚の中、パァン、と大きな破裂音が耳に響いた。

 そして、肩に鈍い痛みが走って、そのままゴロゴロと地面を雪崩のように転がり落ちた。

 それはどこまでも続く下り坂ではなく、だんだんと勢いは落ちていって、うつぶせで止まった。


 (……! 痛い……っ!)

 

 右肩を中心にじんじんとした痛みが広がっていて、歯を食いしばる。

 これは、肩を外したか骨が折れているのかもしれない。立ち上がろうとしても、力が入らない。

 

 (……あの子は……?)


 気が付けば、掴んでいたあの子の感触が無い。

 きっと、地面に落ちた時の衝撃で手を離してしまったのだろう。

 眼を開ける。

 涙で視界が滲んでいるものの、どうにか今いる場所がくっきりとした広大な丸い窪みの下だということは掴めてきた。

 首だけでもぐるりと動かして、その子の姿が見えた。

 

 左前数メートルほど離れたところで、左腕をだらりと下げて立ち、窪みの奥を見上げている。

 その先には、――ロスが居た。

 紫髪の子へと一歩ずつ進みながら、何かを払うように身体の前で片手を振っている。

 対して、紫髪の子は何かを叫びながら片手をロスに向かって振り下ろしている。


 その謎めいたやりとりを、疑問に思った、その瞬間――、

 私の目と耳に、私の常識の範疇を越えた現象が急激にもたらされた。


 ロスに向かって、いくつもの尖った礫岩が宙で生成されては飛んでいく。

 それら全て、狙い違わずロスへと命中し、衝撃で砂煙が舞う。

 でも、煙を割って歩いてくるロスには、傷を負った様子がまるで見えない。

 

 (……力場――)

 

 ふと思い出す。

 ロスの仮拠点の入り口を見つけるとき、ロスが"物体を受け流す力場"とやらを生成して、飛んできた岩石を避けていたことを。

 

 (だとしたら、どれだけ石をぶつけたとしても、通じない)


 悲嘆にくれた思考が脳裏を掠めた時、地鳴りがした。

 体が振動のせいで痛みを訴えてきて、一瞬、目を瞑る。

 そして、もう一度目を開いた時――辺りは暗くなっていた。

 なんで、と二人を見る。

 紫髪の子は手を真上に掲げていて、ロスも足を止めて空を凝視している。

 私も、顔を上げて、それを見た。

 

 (これが、神術まほう――)


 空を埋め尽くす程の巨大な岩が、私達の上空に浮かんでいた。

 

 「ガァァァァァァ!!」

 

 紫髪の子が腕を振り下ろす。

 その岩が、確かな風圧を伴って、轟轟と落ちてくる。

 体は痛くて動けないし、紫髪の子が何を考えているのかも、わからない。

 あれが本当にここへ叩きつけられるのだとしたら、ロスや紫髪の子は神術(まほう)でどうにかするのかもしれないけど、きっと、私は助からない。

 

 (ここまで……なのかな……?)


 妹に会いたい。

 それだけの想いを原動力に、ここまでどうにかやってきた。

 でも、届かなかった。

 

 「ごめんね……――」

 

 歯を食いしばって、その瞬間を待って。

 耳をつんざくような破壊の音が、私の鼓膜を蹂躙した。


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