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第四章 決別 2

 いつの間にか距離を詰められ、駐車場の壁に追いやられる。


「…は?何言ってるの…?」


(気持ち悪い!こんな最低な男だったなんて!)


「おい!何してるんだよ!」


 後ろから伸びてきた手に良哉は肩を掴まれ、由希子から引き離される。

 その勢いのまま、由希子と良哉の間に回り込むと、由希子をその背に守る様に良哉を睨みつけた。


「壱岐くん…」


 店内に由希子がいない事を不審に思い、交代したバイト仲間に事情を聞き、心配して様子を見に来てくれたようだった。そんな壱岐の登場に良哉は態度を豹変させた。

「誰だよこいつ!おい由希子、もう新しい男がいるのかよ!とんでもない女だな!騙されるところだった!」

 顔を真っ赤にして、良哉が喚き散らす。


「お前、何勝手なことを…」


 壱岐が何か言いかけたが、それよりも速く由希子の平手が良哉の頬を引っ叩いた。


「さっきから黙って聞いていれば…。あのね、あれから何年経ってると思ってるの?自分勝手に浮気して二股して、ずっとほったらかしにしておいて、それでいていつまでも私があんたを好きでいるわけないでしょ?あんたにそこまでの価値あるわけ?ないでしょ?人をなんだと思ってるの?頭の中がお花畑過ぎて思考回路がどうにかなってんじゃないの?結婚でも何でも勝手にしてよ!私が祝福しようがしまいが周りのあんた達を見る目なんて変わりっこないわよ。そんなの自業自得だもの!今更私を巻き込まないで!」


 まさかの反論に唖然とする良哉に由希子はさらに畳みかける。


「それにこっそりやり直そうって何?これ以上最低になってどうするのよ?はっきり言って気持ち悪い!吐き気がする!もう二度と顔も見たくない!」


 自分にまだ好意をよせていると思い込んでいた相手に捲し立てられ、真っ赤だった顔を青白くさせた良哉に壱岐が冷静に語り掛ける。


「ねぇ、こないだの彼女さんのメールもだけど、あんたたち、言ってることほんとにおかしいよ?そんなんだから周りともうまくいってないんじゃない?もう帰りなよ。これ以上由希子さんの視界に入らないでくれない?」


 壱岐は由希子の肩を抱き寄せながら良哉に冷たい視線を向けた。由希子も厳しい視線を崩さず、良哉を見続ける。


「な…なんなんだよ!もう頼まねぇよ!クソッ!」


 良哉はキッと二人を睨むと、そう捨て台詞を吐いて走り去っていった。


 良哉が立ち去ると、由希子は思わずその場にしゃがみ込む。涙と身体の震えが止まらない。


「…悔しい。あんなやつだったなんて、あんなやつの為にこの三年間ずっと引きずってたなんて」


 壱岐はとっさに由希子を抱きしめた。


「俺にしときなよ!俺なら由希子さんに絶対あんな思いさせないよ!こう見えて俺、()()()()()()に就職決まってるんだ!若いし、将来性あるしいろいろお得だよ!」

 

 抱きしめた腕にさらに力がこもる。

 由希子はそんな大きな背中をトントンと手のひらで叩き、そっと身体を離す。


「お得って…。ふふ。普通自分で言う?ありがとう。慰めてくれるんだね」


 告白されたのかもとは思ったが、由希子は気付かないフリをして微笑んだ。


(壱岐くんはまだ若い…、こんな私じゃなくって、もっとお似合いの子がきっといるわ)


「えーと、慰めっていうか…あれ?伝わってない…?」


 ポリポリと後頭部を掻きながら拍子抜けしたような表情を浮かべる彼を見ながら、由希子はしばらく壱岐と距離を置くことを心に決めた。


(今はきっと私に同情してるだけ。同情と恋をがごっちゃになってるだけ。これ以上近づいたらまた傷つくだけだわ)


 ◆


 朝は朝活をするからと早めに出勤し、金曜日のチョコレートは会社の近くのコンビニで購入することにした。

 対する壱岐も卒論がいよいよ大詰めの様で、コンビニのバイトは辞め、家や大学に籠っていることが多く、元々の生活スタイルが違う二人が顔を合わせる事はほぼ無くなっていた。


「会おうとしなければ会わなくなるものね」


 性懲りもなく届いた元彼と元親友からの結婚式の招待状の封を開け、返信ハガキの欠席に大きく丸をしながら由希子はつぶやいた。


「わざわざ返信ハガキを出すなんて、我ながら何て律儀なのかしら。まぁ、スルーしてまた押しかけられたら困るからだけど…」


 自嘲気味に笑うと、出し忘れないようにと、玄関の靴箱の上にそのハガキを置く。

 その時、廊下から男女の声が聞こえてきた。男性の方は壱岐の声に似ていた為、由希子はドキッとする。


(壱岐くんの声?でも女の子と一緒…?)


 まさかと思い玄関の扉をほんの少し開く。


 ふわふわっとしたセミロングの髪の毛の可愛らしい女の子と、顔を綻ばせながら談笑する壱岐が自身の部屋の鍵を開け、部屋に招き入れているところだった。


(え…、壱岐くん…)


 その光景を見た瞬間、由希子の胸に随分前に忘れていたモヤモヤとした重苦しい気持ちが芽生える。咄嗟に玄関の扉を閉めると、由希子はフラフラとキッチンに向かい、コップに水を入れた。

「彼女…かな」

 飲み干すと、頬をひと筋涙がつたった。


「やだ、なんでだろう…涙が出る」

(自分で望んだ事じゃない…何ショック受けてるの)


 自分とは違うふんわりとした可愛らしい女の子に感じる焦燥感、『なぜなの?』と壱岐を責めたくなるお門違いな気持ち、由希子はこの気持ちを知っていた。もうずっと前から心のどこかに閉じ込めていたそれらの気持ち…、由希子は嫉妬したのだ。

 久方ぶりの恋する気持ちを自覚したが、同時にそれを失った時の痛みも訪れる結果となった。


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