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第三章 過去の恋と友情 2

 その夜、食事を終えた二人は、駅近くのレストランからマンションに向かって歩いていた。

「美味しかった!でもあのパスタ、二人でシェアするにしても量多すぎるよね!吃驚した!」

 由希子はつい先ほど食べた、ものすごく美味しいのだが異常に量の多いパスタを思い出し、思わず笑った。

「本当だよね。しかも美味しいから何だかんだ言っても食べれちゃうって言う。とんでもない罠!もうお腹パンパン!」

「うーん、でもさ、由希子さんはもうちょっと太ってもいいくらいだよ?軽そうだもん」

 壱岐は一歩下がると由希子の足元から頭まで視線を動かした。

「もう!変なこと言わないの。私はそんなに軽くないよ」

「えー?じゃあ、持ち上げてみる?」

 壱岐はいたずらっ子の様な笑顔を由希子に向ける。

「やだ!本気?絶対やめて!その手の動きなんかイヤ!」

 由希子は小走りで壱岐から遠ざかる。その後を大股で追いかけた壱岐は由希子の前に素早く回り込み、少しかがんで由希子と目線を合わせる。

「冗談だよ。ゆっくり帰ろうよ。由希子さん」

 笑い合い、再び並んで歩き出す。マンション近くの公園の前を通りかかった時、壱岐が「あ!」っと声を上げる。

「ねぇ!もうちょっと話そうよ!公園で」

 時計を見ると九時過ぎ。まだ少しはいいかと由希子も頷き、公園でもう少し話すことにした。


 公園のベンチに隣り合って座ると、取り留めもない話をした。壱岐の大学のこと、卒論のこと、最近あった面白い話や、チョコレートの話、大学受験中だと言う壱岐の妹の話。

 しかし、由希子は自身の学生時代の話や、地元の話になると何となく曖昧な話し方になる。


(家族の話はしてくれるけど、地元の話はあんまりしたくないのかな)


 地元の話になるとほんの少し、わからない程度に陰る由希子の表情を壱岐は見逃さなかった。


(いつか、話してくれるといいな)


 そんな風に壱岐が思っていると、電子音が鳴り、由希子のスマートフォンにメールが入った。メッセージアプリが主流となった今、メールで送ってくるのは実家の両親か仕事関係かなので、確認した方が良さそうだ。


「メールなんて珍しい。なんだろう、仕事だといけないからちょっとごめんね」

 一言断ると由希子はスマートフォンを開いた。

 そして、そこに表示された差出人を見て、固まる。


 表示されていたのは、自分を捨てたかつての親友の名前だった。


(え?今更なんの用?間違えて送った?)


 不審に思いながら、由希子は恐る恐るメッセージを開いた。


『久しぶりです。あれから全然連絡ないけど、どうしてるかな?もしかして、まだ怒ってるの?

 こっちは元気にやってます。良哉も仕事頑張ってるよ。

 実は私たち、結婚することになったの。

 それでね、これを機会に由希子と仲直り出来ないかなって思ってるの。やっぱり親友には祝福してほしいから。

 こんな事言うのもあれなんだけど、私たち、なんとなくこっちのみんなから避けられてるっていうか、あんまり良く思われてないみたいなの。だから、由希子が私たちと仲直りして、私たちの結婚の事を祝福してくれたら、きっとみんな昔みたいに仲良くしてくれると思うんだよね!どうかな?もう三年も経ってるんだし、あんなちょっとした行き違いでいつまでも意地張っててもしょうがないでしょ?お互いに過去の事はきれいさっぱり忘れて、また仲良くしたいな~!久しぶりに会いたいです!連絡待ってるね』


 読み終わって、由希子は愕然とした。

(何を言ってるの?ちょっとした行き違い?意地を張ってる?この子おかしいの?)

 あまりにも自己中心的な内容に、怒りで手が震える。そして悔しさから涙が溢れてくる。


「ど、どうしたの?由希子さん?仕事でなんかあった?」

 突然泣き出した由希子を見て、壱岐が焦って声を掛けてくる。

「ちが、ちがうの…、ご…め、うぅ…」

 涙を止めようとしても止まらず、由希子は顔を手で覆い嗚咽する。

「どうしたの?話したら楽になるかもしれないよ?」

 ベンチに腰かけ、身体を小さく折り、必死に泣き止もうとする由希子の背を擦りながら、壱岐が心配そうに声を掛ける。

「落ち着いたら話してみて?俺、ちゃんと聞くよ」

 そう言うと、壱岐は近くにあった自販機で缶コーヒーとお茶を買うと缶コーヒーを由希子に渡す。

「…コーヒー飲めない…」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を恨めしそうに上げて由希子が言う。その様子を見て、壱岐は思わず笑い出す。

「それはごめん。じゃあ、これは俺が飲むね。って言うかひどい顔!」

 ポケットからタオル地のハンカチを取り出すと、由希子の顔をガシガシと拭く。

「ううっ!ちょっと!雑!拭くならもっと優しく拭いて!」

 由希子が壱岐の手を掴み、顔から離そうとした瞬間、逆に手を引っ張られ、そのまま抱き締められた。

「あーもー。由希子さんをこんなに泣かせたのは誰なの?何があったのかちゃんと話して?」

 壱岐の匂いと体温に、由希子は何だか心の中のモヤモヤしたものが解けていくのを感じた。

(もう、誰かに話してみてもいいかな。誰かに話すなら壱岐くんがいい)

 由希子は壱岐の背中に手を回し、ポンポンと軽く叩いた。

「ありがとう、もう大丈夫」

 一度ぎゅっと力を込めて抱き締めると、壱岐は由希子からそっと離れる。

「本当に?」

 少しかがみ、由希子の顔を覗き込む。

「うん。大丈夫。話、聞いてくれる?ちっとも楽しい話じゃないんだけど」

「大丈夫だよ。ゆっくり話して」


 由希子は壱岐からもらったお茶を一口飲むと、ポツリポツリと話し始めた。


 就職が決まり、一人で上京してきた事。当時の恋人とは遠距離恋愛になったが、彼が数年後に自身の勤める会社の東京本社に異動することが決まっていた為、その時には一緒に暮らす約束をしていた事。最初の数年は仕事を覚える事と新しい生活に馴染むことに精一杯で、だんだん地元の友人とは疎遠になっていってしまったが、それでも唯一連絡を取り合っていた親友の事…。そして…三年前、帰省した時に恋人と親友の浮気現場から無言で飛び出したこと、その後追いかけてきた恋人から東京の本社に異動することをとっくに諦め、地元の企業に転職していたことを聞かされ、さらに親友と一緒に暮らしていると言われた事…。遠くにいるお前より、辛いときに一緒にいてくれた親友を愛していると言われたあの日の出来事。


「それでね、さっきこのメールが届いたの。親友だと思ってたあの子から」


 寂し気に笑うと、由希子はスマートフォンに届いたメッセージを壱岐に見せる。

 そのメッセージを読んで、壱岐は生まれて初めて怒りに震えた。


「親友の恋人を奪っておきながら、ちょっとした行き違い?由希子さん、こんなの許さなくていいよ。許す必要なんてない。メールも、返す必要なんてないよ」

 壱岐は思わず由希子の手を握った。


 由希子は震えるその大きな手を空いているもう片方の手でそっと包むと、俯いたまま微笑む。

「聞いてくれて、怒ってくれて、ありがとう。ずっと誰にも言えなかったの。もう傷つきたくなくて、人と距離を取ってたから」

 顔を上げ、まっすぐに壱岐の目を見る。

「全部話したら、本当に楽になった。結婚でもなんでも勝手にしてって感じ。周りに白い目で見られてるのなんて、私には関係ないし、スルーすることにする!」


 最後をダジャレで締めて無理やり笑い話にしようとする由希子の細い肩を抱き寄せたい、そんな気持ちを必死で抑え、壱岐は不器用な笑顔を作った。


「スルーすることにする…ね。全然うまいこと言えてないよ由希子さん」


 ペロッと舌を出しておどけて見せる、まだ涙目の年上のその女性を、ただただ猛烈に可愛いと、抱き締めて、この腕の中に閉じ込めて、ひたすら甘やかしたいと壱岐は思った。

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