第二章 エレベーター 2
終業後、由希子はいつも通り壱岐の働くコンビニに向かった。すると、コンビニの袋を手に下げ、店の前に立っている壱岐を見つけた。
由希子に気づいた壱岐ははにかむ様な笑顔を浮かべ、手を振りながら由希子の元に走ってきた。
「よかった会えた~!考えたら連絡先も交換してなくて、どうしうようかと思った」
「ああ、そう言えばそうだったね。今スマホの電池切れちゃってるから書くね。えーと、何か書くもの、あ、名刺でいいか」
由希子は自分の名刺の裏に電話番号とメッセージアプリのIDを書くと壱岐に渡す。
壱岐は名刺を受け取ると一瞬驚いたような表情をするがすぐに表情を戻す。
「へぇ、由希子さんってこの会社に勤めてるんだね!すごい!有名な会社じゃん」
由希子は肩を少し上げて苦笑する。
「別に私がすごいわけじゃないよ。それより、どうしたの?バイトは?」
いつもなら勤務中であろう時間に私服姿で店の前にいた壱岐を不思議に思った。
「今日は前の時間の人に代わって欲しいって言われて、時間交代したんだ。だから、由希子さん来たら一緒に帰ろうと思って、待ってた。はい、これご所望の期間限定チョコ」
壱岐は持っていた袋をトンっと由希子の頭の上に乗せる。
「え?うそ、ありがとう!あ、お金払うね」
「いいよいいよ!俺が由希子さんにあげたかったの。受け取って」
「でも、悪いよ」
「じゃあ、今度由希子さんがなにか奢って!それでいいでしょ?」
壱岐が唇を尖らせてそう言うと、由希子はなんだか温かい気持ちになった。
「わかった。じゃあ、ありがたくいただきます。ふふ、ありがとう」
二人は微笑み合うと帰路に着いた。
◆
マンションに着き、エレベーターを待っていると、この時間には珍しくエレベーターホールには後から何人かの集団がやってきていた。
ちょうどエレベーターに乗れるかどうかという人数だ。
後から来た集団は友人同士らしく、これからどこかの部屋に集まるようで、少しテンションが高かった。
エレベーターが来ると壱岐は由希子の手を掴んで奥に立たせると、自分が集団との壁になる様に立った。
後から集団が次々エレベーターに乗り込むと、壁と壱岐の間に由希子が入り込む様な体勢となり、密着した身体から互いの体温を感じ、由希子も壱岐も息が止まりそうになった。
「ごめんね。由希子さん、苦しくない?」
(ち、近い、こんなに人に近づくなんて久しぶりすぎて、恥ずかしい)
由希子は壱岐との距離の近さと体温に顔が火照っていくのを感じた。
「由希子さん?」
心配そうな声の壱岐に、由希子は赤くなった顔がバレないように俯いた。壱岐の吐息が由希子の髪の毛を擽る、耳元から聞こえてくる壱岐の少し速い鼓動に自らの心臓が速くなっていく感覚がした。
「だ、大丈夫。壱岐くんこそ、大丈夫?」
「俺は大丈夫。…なんなら嬉しい…」
ぼそっと本音が出てしまう。
「え?最後なんて?」
本音の部分が聞き取れなかったのか、由希子がパッと顔を上げる。耳まで赤くなっていた。
「ううん、なんでもない」
目が合って、ニコッと壱岐が笑うと、集団がエレベーターを降りて行った。
エレベーターに残された二人は解放感にふぅっと溜息をついた。
エレベーターの扉が再び閉じる。
「ねぇ、壱岐くん?」
「何?由希子さん」
「手、なんかまだ握られてるんですけど?」
「うん、知ってる。由希子さんの手って小さくて可愛いね」
集団はいなくなり、エレベーターには二人だけ。なのに何故か壱岐は由希子の手を掴んだままだった。
エレベーターが八階に着き、扉が開くと何事もなかったかのように壱岐は由希子の手を離した。
「おやすみ、由希子さん」
微笑みながら由希子を覗き込む壱岐に、再び由希子の心臓はその鼓動を速めたのだった。
「お、おやすみ…」
小さな声で呟いた由希子に微笑み、壱岐は自分の部屋に帰っていった。
由希子も自分の部屋に入ると、扉を閉める。
「なに?なんなの~。年上をからかってるの…」
玄関のドアにもたれ掛かりながらズルズルっとその場にしゃがみ込み、顔を覆った。