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1-9.砂出しのおしごと

 ざく、ざく。

 スコップの鋭い方を地面に刺し、足をかけて掘り起こす。

 ざく、ざく。

 掘り起こした砂を取り、持ってきた布袋に入れる。

 周囲の砂漠の砂が、風によって、王都を囲う壁を越えて内部へ侵入するのだ。そうした砂が行き場を失い、こうして、溜まっている場所がある。砂出しというのは、吹き溜まりの砂を袋に入れ、砂漠に返す仕事を言うそうだ。地味ではあるが、これをやらないと、いつか王都が全て砂で埋まる。その意味で、必要な仕事である。


「……気が遠くなるわ」

「イリス、気が滅入るから、そういうこと言わないで」


 ひとつの丘ほどに溜まった砂を、こんなに小さなスコップで、地道に掘り返す。あまりにも気長な作業に嘆くと、ニコに咎められた。

 私は、スコップから手を離した。掌がひりひりと痛む。手の甲で、額に滲んだ汗を拭った。

 ただ、黙々と、スコップで砂を集めている。布袋が砂でいっぱいになったら、その中身を砂漠へ持っていき、捨てる。戻ってきて、また砂を集める。その繰り返しか、砂出しの仕事だ。

 とりあえず、まずは今まで行われていた手法を踏襲しようと、指示通り行った。実際やってみて、私はますます、これは非効率的だと思った。


「これ、砂を全部風で巻き上げられて、外へ出せたら便利じゃない?」

「それは、そんなことができたらいいけど」

「私は、やり方を教えられるわ」


 魔法を使えば、もっと上手くやれる。別に、特別な才能やコミュニケーション能力がなくても、普通の力があれば、それは可能だ。広範囲を一気に処理するのは、さすがに難しいかもしれないが、少しずつなら。


「昨日、私と会った時のこと、覚えてる?」

「イリスが、倒れていたとき?」

「そう」


 私は、作業を続けるニコに、そう話しかけた。彼は作業の手は止めず、耳を傾けてくれる。


「あのとき、凄い風が出たでしょう」

「そうだね」

「あれは、私の力も含まれていたけれど、ニコがやったことなのよ」


 真偽のほどは、わからない。実際のところ、私の体内で飽和していた大量の魔力がニコの体を通って外へ出たというだけで、ニコ自身の使った魔力はそう多くはないだろう。

 だけど私は、それがニコの成果であると断言した。魔法を使う時に必要なのは、自信である。自分の能力を信じ、魔法によって成し遂げられることのイメージを、具体的に持つこと。


「やってみない? この間みたいな風の渦を、そうね……あの、角のあたりに、細く、長く出すの。こんな感じで」


 私は人差し指でぐるぐると、渦の形を示す。細く、そして長く。力を無駄にせずに威力を発揮したいのなら、焦点は絞った方が良い。


「そうすると、粒に砂が乗って、巻き上がるから。渦の端を、壁の向こうに持っていくと、勝手に砂は外に出るわ」


 渦を途中で曲げ、端を壁の外へ。指で宙に図を描きながら、ニコに説明する。できるだけ具体的に、イメージすることが大切だ。


「ちょうど、あのあたりで渦が曲がるようにするといいわね」


 具体的な場所を指し示し、渦のイメージを現実世界に持ち込む。ニコの顔を見ると、腕を組み、難しい顔をしていた。


「……できたらすごいけど」


 けど、の後には、「自分にはできない」という諦めが続くのだ。大きなことを試みようとするとき、人はまず、「できない」と思い込む。できないからやらない。そうすれば、失敗もしないからだ。


「ニコならできる」


 できない、と続く前に、私は言った。


「昨日、水筒の水を、溢れさせたでしょう? そのあと、花瓶だけじゃなくて、桶の分まで水を出せたじゃない」

「そうだけど……今度のは、規模が違うから」


 俯くニコ。私はその背を、ばん、と軽く叩いた。


「水筒のときと同じ。できないって、思い込んでいるだけだから」

「そうかなあ……」

「そうよ。奇跡は何度でも、起こせるの。いいじゃない、やってみましょうよ」


 気持ちのハードルを乗り越えれば、その先には、成長しかないのだ。


「うん……まあ、やってみるよ」

「ちゃんと、具体的に想像してね。あの砂の山から、こう風の渦が出て、砂を巻き上げて、それが曲がって……で、壁の向こう」


 うまく行くには、成功のイメージを、細かに持つことが大事。ニコは、私の指先の動きを目で追い、頷いた。


「わかった」


 ニコは砂の山を見据える。集中した眼差し。ひゅう、と一陣の風が頬を撫でる。小規模な竜巻状の渦が、砂山の頂上から発生し、砂を巻き上げて大きくなっていく。


「上手いわ」


 砂を巻き込んだ、黄土色の渦。それは頭上に伸び、そして先ほど示したポイントで、ぐぐ……と曲がろうとする。


「ああ、ちょっとしんどい」


 ニコが呟く。と、風の渦がぶれ、目の前が黄土色に染まった。


「げほっ」


 吸い込んでしまった砂にむせる。途中で集中が切れ、壁の外まで出せなかった砂が、私たちの頭上に降り注いできたのだ。私は、頭の先から足元まで砂を被った。ニコも同じで、髪の上に小さな砂丘ができている。


「どこで曲げるのか迷ったら、急にしんどくなった」


 ニコは頭を揺らし、積もった砂を落とす。


「一気に体内の魔力がなくなったからかしらね」


 人の体にはたくさんの魔力が含まれている。日常生活で使う程度の魔法なら、その1割も消費しない。ただ、大きな魔法を使い慣れていないと、一気に魔力がなくなったことで不調を感じることがある。体がびっくりするのだ。


「かえって、砂をばら撒いちゃったよ」

「でも、できたじゃない」

「……まあ、そうだね」


 失敗したにも関わらず、ニコの表情は明るい。


「渦をうまく動かすと、ばら撒いた砂も集められるわ」

「あのあたりに作って、大きく円を描けばいいのかな」

「そう! そのイメージよ」


 ニコが自ら進んで、魔法のイメージを話し始める。自分で具体的にイメージできれば、その成功率は高くなる。こうなれば、上達は早い。


「やってみたら」

「そうだね……渦がここに戻ってきたら、どう曲げればいいのかな。曲げるイメージがつかない」

「こう、縦に長く伸ばしてから……中央を折る感じが良いと思うわ」

「ああ。なるほど、先に伸ばせばいいんだ」


 納得した様子のニコは、再度砂の山と向かい合う。もう、「やってみて」と励ます必要もない。空気が動き、先ほど同様の小さな竜巻が現れた。少しずつ移動し、飛び散った砂をも吸い上げていく。なかなかの持続時間だが、ニコに疲れの色はない。集中しているのだ。

 長く伸びた砂の渦が、中央部分で、ゆっくり曲がる。その先端が、壁の向こうに飛び出した。地面に接した竜巻の根元が徐々になくなり、砂は、渦の終わりの方へ押しやられていく。広がった渦の一番端が、濃厚な黄土色に染まり……どさっと、重い音を立てて、砂の塊が壁の外へ落下する。


「……できた」


 砂の山は、跡形もない。地面に残っているのは、多少の砂粒だけ。あんなに積もっていた、大量の砂を、ニコは魔法で取り払ったのだ。


「ほら、あなたはできるのよ、ニコ」

「すごい……できたよ、イリス! ありがとう!」


 視界が暗くなった。ニコは勢いよく私に抱きつく。喜びが爆発して、飛びついてきたのだ。そのくらい嬉しかったのなら、まあいいんだけど……今の私の身長は低く、こうすると、ニコの胸板あたりが顔に押し当てられ、何も見えない。ついでに、服は砂だらけで、なんだか煙っぽい。


「砂っぽいわ」

「あ、ごめん」


 文句を言うと、ニコは離れた。改めてその表情を見上げれば、晴れ晴れとした、明るい表情。


「やることが、もう全部終わっちゃったよ!」

「そうね」


 私たちが今日命じられたのは、この辺り一帯の砂の掃き出し。もっと言うと、「数日はかかる」と言われた作業を、この短時間で全て終わらせてしまったのだ。

 ここで働く作業員たちは、皆魔法を使わず、スコップ一本で、砂に立ち向かっているのだろうか。大体、集めた砂を壁のすぐ外に捨てていたら、また風でもどってくる。だからいつまで経っても砂はなくならず、人手は足りないのだ。全員がもう少し魔法をうまく使えたら、効率が上がり、空いた手を他に回せるのに……勿体無い。


「作業が終わったって、報告しないと」


 私は、ニコひとりが楽をしたくらいでは、満足できない。きっと疲弊している他の作業員にも良い方法を教えてあげたいと思いながら、詰所へ戻る道を歩き始めた。

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