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3-19.大樹の解放

「私がつけられていたもの、って……」

「魔封じ、って言うんだっけ。俺が通した魔力が、ここで完全に、止まってる」


 コンコン。

 ニコが金属を小突くと、軽い音がする。


「魔力石を当てても、この上では、反応しないんだ」


 暗い魔力石は、金属より上部に当てても、色は変わらない。金属よりも下に当てると、再度、青白い光を取り戻した。


「この輪が、衰えた大樹の根に変わって、地下から魔力を吸い上げている、と聞いているが」

「うーん……そういう効果もあるのかなあ」


 王子の言葉に、ニコは首をひねる。


「上がってきた魔力が、堰き止められている感じがするけど」

「堰き止められている、って……なら、この輪は」

「逆の効果を、もたらしているっていうのか?」


 王子が、金属の輪を、きっと睨みつけた。


「俺たちは、この輪を維持するのに、細心の注意を払っているんだぞ? 壊れたら、木は枯れてしまうから、と」

「それは無駄な努力だったかもね」


 ニコの予感が本当ならば、むしろ、真逆の努力である。残念なことだけど。


「外してみましょう」

「そうだね」

「ならぬ!」


 王子の制止の前に、金属の輪が、半分に割れる。


「すごいわね。どうやって外すの?」

「コツがわかったんだ。作った人の魔力に、自分の魔力を馴染ませると、うまく割れる」


 見事な半円形に割れた金属を、王子が屈んで、拾い上げた。


「なんてことを……! どうするんだ、これで木が枯れたら、お前たちは死罪を免れぬぞ!」

「見て、イリス」

「青い光が、上がってきてる……」


 根元に溜まっていた光が、じわじわと、幹の上部を侵食していく。見下ろしていた視線は、見上げるように。枝の一本一本に、その光が、馴染んでいく。


「戻せ、今すぐに!」

「ニコ、あの葉っぱ!」


 私は、枝の先まで到達した光を指した。青白く染まった葉から、光が、ふわっと噴出する。


「すごい……」


 次々と、青い光が、葉から舞い散る。細かな光の粒子が、私たちの上に降り注いだ。

 ふわふわと舞い降りる青白い光は、そのまま、大樹の周囲に降り積もる。


「すごいわね、ニコ」

「ああ。こんな美しい光景、初めて見た」


 大樹と、青い池。

 ぼんやりとした幻想的な光が、敷き詰められた魔力石を埋め、少しずつ、その範囲を広げていく。

 ニコの手が、私の腰に添えられた。そして、強めに引かれる。


「なに?」


 見ればそこに、王子が立っていた。両手に、割れた金属の破片を持っている。


「どうしてくれるんだ! 俺は、俺はこんなこと、父に説明できないぞ!」


 光の中で、彼の目元は、強張っている。恐怖なのか、緊張なのか。破片を握る手は、力を込めすぎて、白くなっている。

 予想外のこと、理解できないことを目にした時、人は恐怖するのだ。

 私はニコの手から離れ、一歩、踏み出した。


「説明しなくても、きっとわかりますよ。その金属の輪は、大樹を封じるためのもの。ここから溢れた魔力が、きっと、台地に染み渡って、豊かな土地を作っていたのですよね?」


 私は魔力を感じられないけれど、それでもこの光が、何らかの力を湛えたものであることは見て取れる。

 地の底から、根を通じて、魔力を吸い上げ。それをこうして、辺りに振り撒いていたのだ。


「王都の砂漠化は、これが原因だったってこと?」

「私は、そうだと思うわ。本来はここから、さっきみたいな水路を伝って、土地の魔力を高めていたんじゃないかしら」


 溜まった青い光は、床の微妙な凹みに合わせて、筋を作って行く。私たちが先ほど出てきた穴のところにも、その光は、流れて行った。


「俺たちが、説明しに行ってもいいですけど……」

「嫌だわ。国家の救世主、なんて祭り上げられると、面倒くさいのよ」


 この王都の問題の大元に、砂漠化が座している。魔法の知識が不十分にしか広まっていないのも、魔導士たちが、そこにかける余力がないから。余力がないのは、砂漠化に追われているからだ。


「私は、イリス。そっちは、ニコ。王都の誰かが知っているから、困ったことがあったら、声をかけてね」


 王子はまだ、焦った顔をしている。何が起きたのかも、私の言葉も、理解はしていないだろう。

 それでいい。魔導士として身を立てることと、今ここで名誉を得ることは、別の問題だ。名乗っておけば、手柄は後から、付いてくる。


「来た道を帰りましょう」

「いいの?」

「いいわ。本当に面倒なのよ、王城の流儀って」


 国王に目通りするための作法、礼を受ける時の作法、会話の作法。王城で王族と会話をするときには、本来事前に、そうした作法を叩き込まれる。

 そういうの、苦手なんだよね。


「さよなら」


 私とニコは、呆然としている王子を置いて、先ほどの穴に戻る。


「ああ、ここも綺麗だね」

「もう、明かりはいらないわ」


 大樹から溢れた青い魔力が、水に溶け込み、淡く光っている。


「行こうか」


 私は、ニコに抱き寄せられる。青い光の海の中へ、私たちは、頭をつけた。

 来た道を、帰るだけ。私たちの歩く速度より少し早く、光が水に混ざりこんでいくので、視界には困らなかった。


「王子様、驚いてたね」

「私も驚いたわ。占い師にまんまと騙されて、台地に魔力を供給する大樹を封じて、砂漠化を招いていたなんて」

「ああいう樹を、イリスは、見たことがあるの?」

「あれは、初めて見たわ」


 大樹は、王都のすべて。

 意味深な言葉の意味も、今ならわかる。


「ああ、着いた」


 頭上から、眩い光がさしてくる。青い光とは違う、日光。私とニコは、池の淵から、外へ上がる。

 背後から、ぷしゅ、と水の音がした。


「噴水が……」


 振り向くと、水面から、盛大に水が噴き上がっている。水の粒に日光が反射し、虹色に光っている。


「そういう仕組みだったのね」


 初代国王の足元に作られた、大樹の彫刻。その中には、水中の魔力に反応して、水が噴き出す仕掛けがなされていたのだ。


「綺麗だね」

「昔のままだわ」


 青く、底の見えない水面。噴き上がる水。悠然と佇む、国王の像。

 そして。


「イリスさん、ニコラウスさん? 何で、池から出てきたんですか!」

「イリスちゃん、びしょびしょじゃない! ああ、二人とも!」


 驚くリックと、サラの声。

 日はまださほど高くはなく、この広場にも、人はまばらだ。それぞれが、思い思いにベンチに腰掛け、涼を取っている。


「今、乾かすから」


 ぶわ、と熱風が下から吹き上げる。服の裾が舞い、乾燥して元に戻った。


「……ありがと」

「こちらこそ。良い経験をしたよ」


 さっぱりした表情で、ニコは笑う。

 青い水面が、彼の後ろで、きらきらと輝いていた。

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