3-18.魔力石がいるわけ
「ど、どこから、入ってきたのだ!」
振り向くと、そこには、ひとりの青年が立っていた。
青白い光に照らされている、その衣装は、豪華絢爛。身分が高いことが、ひと目でわかる。
「ここには、王家の者しか入れない、はずなのだぞ!」
身構える青年の、声が震えている。
警戒されているのはわかるが、何か仕掛けてくる訳でもない。恐れ。恐怖しているのが、そのぎこちなく身構える姿勢や、強張った表情からありありと伝わってくる。
「あの、俺たちは」
「来るな!」
ニコが一歩進むと、彼は二歩下がる。
王家の者しか入れないと言うのなら、彼は王家の者なのだろう。ぱっと見ではそれなりの年齢に見えたが、その頬は丸みを帯びており、まださほど歳をとっていないみたいだ。
「会話ができない」
「私が行ってみるわ」
諦めたニコに代わって、私が前に出る。
息を深く吸って、声を張り上げた。
「私は、イリス・ステンキル・ブロット。王家の者なら、知っているわね? かつての大魔道士が、この国の魔力不足を、解決するために舞い戻ったわ」
だだっ広い空間に、私の声が響く。
沈黙。
青年が浮かべているのがどういう表情なのか、ちょっと読み取ることができない。
「イリス、どうしたの?」
真剣に案じるトーンでニコが言うものだから、私の耳が、かっと熱くなった。
「王族なら、私のことを、知ってるかと思ったのよ!」
「そんなカッコつけても、イリスの見た目じゃ、なんか似付かわしくないよ」
「カッコつけたわけじゃ……」
「それにその、ポーズも」
私は前に掲げていた手を、さっと下ろす。
「うるさいわね! 王族ならきっと、私の名前を知っているのよ!」
「俺にしてくれたみたいに、ちゃんと説明しないと、せっかく話してもわからないと思うよ」
冷静な指摘が、恥ずかしさを増す。
私は、熱くなった額を、手の甲で拭った。悪気がない分、ニコの指摘は性質が悪い。
「ああ、もう!」
「本当に! お前たち、なんなんだよ!」
憤る私の声に、青年の声が重なる。
「説明しろ! 説明しないと、俺の、俺の、火が……ひえっ!」
ぼんっ。
青年の目の前で、火の玉が爆発する。
彼は、悲鳴をあげて後ろに倒れこんだ。
「何、何をするっ……! 俺は、王子だぞ!」
「ニコ、王子様に、何かしたの?」
「いや? 何も」
魔法で自爆した王子は、座ったまま、後ろに下がる。床に手をついて、ぱっと身を翻した。
「くそっ……近衛!」
「ニコ、行かせたらまずいわ!」
「わかってる!」
駆け出した王子が、そのまま転ぶ。ニコが何らかの魔法で、彼を転ばせたのだ。
その隙に、私たちは、王子のそばへ駆け寄った。
「な、何だよ、俺に何かしたら、国を敵に回すぞ!」
「何にもしませんよ」
「信じられるか! 今だって、今だって……」
ニコが風で、上から手足を押さえつけている。腕を動かそうとした王子は、「ほらな!」と声をあげた。
「俺を拘束して、どうするつもりなのだ!」
「どうもしませんって。冷静に、お話したいだけです」
「なら、離せ!」
「離したら、お逃げになりますよね? 困るのです、それでは」
倒れている王子の顔を、屈んで覗き込む。
王子は憎憎しげな顔をしていたが、やがて、表情が少し和らいだ。
「わかった。話せ」
諦めたのだ。私とニコは、顔を見合わせた。
「さらわれたところから、話したら?」
「そうね……私たちは、王都の現状を憂えてここに来たのです。というのも……」
魔力石を作るために、さらわれた。
そもそも、なぜ魔力石の需要があるのかというと、王城で配られる量では足りず、かと言って購入するには高価すぎるという理由で、買う魔導士がいたから。
そもそも魔力が足りていない状況を憂えて、王都の初代国王の像のところから、ここへ来た。
「……という、わけなのです」
「にわかには、信じがたいな」
今までの経緯を丁寧に説明すると、王子はかえって、怪訝そうに眉をひそめた。
「仮にそうだとして、なぜお前たちは、身の危険を冒してまでここへ来るのだ?」
「許せないからですよ。王都の魔導士の、あり方が」
「それは……」
王子が、言葉を飲み込む。
「教えていただけませんか? なんで、こうなっているのか」
「……教えてやる。だから、離してくれ」
ニコが、私を見る。その神妙な面持ちは、信ずるに値すると思った。
頷くと、ニコは王子を解放する。
王子は立ち上がり、首や肩を数回回した。それから、大樹の方へ、ゆっくり歩いていく。
「父が先日即位した。その時に、俺も初めて聞いた話だ」
父とは、彼の父である、国王を指している。国王が代替わりして、年号が変わったのは、最近の話だそうだ。
「この大樹が、魔力石を生み出している」
「そうみたいですね」
私は、その後を歩きながら頷いた。先ほど、ニコが試した通りだ。
「この樹は、この国に魔力を振りまく、生命の木だった。しかし今では、延命措置をなされているに過ぎない」
王子の手が、樹皮をなぞり、ある一箇所で止まる。よく見るとそこには、何か金属のようなものが、ぐるりと巻かれていた。
「父の、その父。つまり、祖父の時代の話だ。この国に、他国の、著名な占い師がやってきた」
彼の祖父の時代といえば、私が生きた時代と、そう変わらない。著名な占い師と言われて、思い浮かぶ顔がいくつかあった。魔法は、未来を予知はできない。当時は、未来をぴたりと言い当て、危機を回避する力を持った占い師が、たびたび重んじられていた。
「その占い師が、この王都に、危機が訪れると言った。大量の魔力を吐き出す大樹が、枯れてしまう、と。それを防ぐには、この輪を使って、大樹の生命を永らえさせる必要がある、と」
「なるほど」
ありそうな話だ。
私は、年鑑の記述を思い返す。魔導士の話す眉唾物な主張を信じ、多額の金銭を投資していた国王のやることだ。著名な占い師の言葉を、信じないはずがなかろう。
「それで祖父は、占い師の示した国から、この輪と、大量の魔力石を買い取った」
「いくらかかったんですか?」
その具体的な金額を聞いて、私は驚いた。何を買うにしたって、法外な金額だ。
「そんなお金、国にあったのね」
「ない。だから、分割払いという形を取ったのだ。それでも当時は豊かだったから、そのうち返せる見込みだった。ところが、途端に土地が萎え始め、やがて砂漠化が始まったらしい」
砂漠化すれば、売れる作物も当然、少なくなる。返すのが苦しくなったのだろう。
「壊れて不足する魔力石を、今でも買い続けている。その額も、馬鹿にならない」
借金地獄じゃないか。
私は、くらくらした。
「だから、魔導士たちにあんなに高値で魔力石を売っているのね」
「ああ。かつての姿を維持するには、彼らの魔力を、こちら側に注ぎ続けてもらうほかない」
「諦める手は、ないの?」
「ない。王家の威信に関わるじゃないか」
そして、統治する者としてのプライド。
そんなもののために、王都から他国へ、莫大な金銭が流れている。
「せめて買い足す分だけでもなくなれば、返済の見込みはあるのだが」
「詳しいのね」
「……父にその話を聞いてから、自分なりに調べた。いずれは、俺が継ぐ国だ。現状は知っておきたい」
王子の話で、大体の経緯はわかった。
「占い師が、その国と一枚噛んでいるってことは」
「あったかもしれない。しかし、今となっては、どうにもならない。払わねばならぬものを払わなければ、我が国を攻め入る口実になる」
「あのさ」
私と王子の会話に、ニコが加わった。見れば、ニコは大樹に寄り、その幹に手を当てている。
「俺、魔力を通してみたんだけど」
「なにを! そんなことをして、何かあったらどうする!」
「それで?」
声を荒らげる王子を、私は制して、先を促す。
「この輪、イリスがつけられていたのと、同じものだと思うよ」
ニコは、幹に巻きつけられた金属の輪に触れながら、そう話した。




