表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/73

3-4.ベンジャミンのパパ

「ニコラウスくん! 君、何したんだよ、今!」

「言われた通り、水を撒いただけです」

「言われた通りぃ~? 王都中に水を撒きまくって、水浸しにしてくれなんて、頼んでないんだけどぉ! 僕のパパが、事情を説明しろって、使いを寄越したんだよ~!」


 私たちは、やりすぎたらしい。「パパ」に呼び出しをくらったベンジャミンは、顔を真っ赤にして憤慨している。


「僕は……僕は、そんなことしている場合じゃないのに! 研究ができないよぉ!」

「なんの研究を、してるんですか?」

「お、気になる? イリスちゃん。王都のロマンだよ。失われた古代樹! 失われた印刷魔法! そういうのが僕の、専門なんだ」


 研究の話をし始めるベンジャミンは、目が生き生きしている。


「失われた印刷魔法?」

「そう! かつての魔導士は、素晴らしい魔法をたくさん知っていたんだ! 砂漠化が進む中でそれどころじゃなくなって、言い伝えられなくなったらしいんだけど、僕はそれを現代に蘇らせたいんだよぉ!」


 失われた印刷魔法って、昔同僚が考案した、火の魔法を利用して型を焼き付けるやり方だろうか。

 だとしたら、その現物を、ニコが持っている。

 隣にいるニコを見ると、あらぬ方向を見て、ぼんやりしていた。なるほど、ニコはベンジャミンのこの言動を、こうして適当に聞き流しているらしい。


「ねえ、ニコ」

「ん? イリス、どうしたの?」

「王都の地図って、持ってる?」


 同じ研究者として、参考になる資料くらいは、見せてあげたい。ニコから地図を受け取り、広げて、ベンジャミンに見せた。


「印刷魔法って、こういうの?」

「ははは、違うに決まっているだろう、庶民の持っているものなんか……うん? ん? ちょっと見せてくれ。これは……これはぁ!」


 私から奪い取った地図を、ベンジャミンは高々と掲げる。


「ほらぁ! 見ろ、僕の語る失われた魔法は、夢物語でもなんでもないじゃないか! わははははは!」


 目をぎらぎらに輝かせ、レンズが地図に付かんばかりに目を寄せる。そうして大声で笑うベンジャミンは、やはりどう見ても、変な人だ。


「ベンジャミンさん、俺たち、帰りますよ」

「いやっ! いや、待ってくれニコラウスくん。まず、この地図は僕が暫く預からせてもらう」

「どうぞ」

「そして、だ! 君たちは僕の代わりに、パパに事情を説明しに行ってくれ」


 ベンジャミンは最後に、厄介な問題を投下してきた。


「その手紙を持って行ってくれ。パパの使いが置いて行ったものだ。読めばわかる。じゃあ、僕は、この地図をじっくり読み込んで、使われている技術を、完璧に再現するからぁ~!」


 テンションを乱高下させながら、地図とワルツを踊るベンジャミン。口を挟む気にもならず、私とニコは手紙を取って、外に出た。


「王城の隣の塔にある、魔導士長執務室だって」

「ベンジャミンさんのお父さんが、副魔導士長なんだよね。いいのかな、俺に任せてるってことは、内緒にするって言ってたんだけど、彼」


 呟くニコは真面目な顔をしているが、口角が少し上がっている。


「あの人、憎めないわね」

「そう。おもしろい人だよね」


 水を向けると、ニコの口角は、さらに上がった。

 王都の魔導士がどういう人たちか知らないが、ベンジャミンの研究にかける熱心さには、共感できるものがある。

 ニコが大人しく雇われている理由も、なんとなくわかった。ベンジャミンは困った人だが、悪い奴ではない。


「さあ、叱られにいきましょう」

「王都の偉い魔導士に会うの、俺、初めてだよ」

「ベンジャミンさんも偉いらしいじゃない」

「あの人は例外でしょ……」


 ニコの言わんとしていることも、わかる。

 私はなんだかおかしかった。有能な魔導士は、誤解されやすい。久しぶりにその例を、目の前にした気がする。

 ベンジャミンを見ていると、心が和む。今まで王都で出会ってきた人は皆良い人だったが、私はどちらかというと、明らかにベンジャミン寄りの人間だ。


「立派な建物だねえ」


 王城とは離れた形で、魔導士長の執務室がある塔は立っている。内部が連続していないのは、警備の都合上だ。

 塔の警備をしている者に手紙を見せ、中に入った。螺旋階段を上っていくと、途中に執務室がある。

 私たちを案内してくれた男性が、重厚な扉をノックした。


「入れ」

「失礼致します」


 ものものしい雰囲気。

 執務室には、ふたりの男性が待ち受けていた。


「お前達は……?」

「ベンジャミン・バルバトソンの代わりに参りました。ニコラウス・ホワイトと、こちら、イリスです」

「ベンジャミンの代わりだと? あいつはどうした」


 口ひげを生やした男性が、前のめりに問うてくる。髪の縮れた感じや、目元が、ベンジャミンに見ている。こちらが、ベンジャミンの父だという、副魔導士長だろう。


「失われた印刷魔法の手がかりを見つけたということで、私たちが代わりに寄越されました」


 事実を述べると、「あいつ……!」と両手で頭を抱えて天を仰ぐ。親子揃って、動作が大袈裟だ。


「君たちは、どういった立場なんだね? 見かけない顔だが」


 威厳たっぷりに語りかけてきたもうひとりの男性の襟元には、金色のバッジが燦然と輝いている。あれは、魔導士長のバッジだ。


「ベンジャミンさんに、雇われています」

「雇われている? 雇える魔導士など、いないはずだが」

「俺たちは、砂漠から呼ばれて来たので」

「なんだって? あいつ、そんなことまでしていたのか!」


 また副魔導士長が、頭を抱えて背中を反らす。


「……ベンジャミンの仕事を、肩代わりしているということか?」

「そうなりますね」

「ああ、なら、君たちを寄越した彼の判断は、結果的に正しかったわけだ。落ち着きなさい、マルゴ。我々が聞きたいのは、さっきの雨についてだからね」


 マルゴと呼ばれ、副魔導士長は姿勢を正す。

 魔導士長は、手に持ったペンで、机をかつかつと叩いた。


「いったいどこから、あれだけの魔力を持って来た?」

「どこから、と申しますと」

「先ほどの雨は、王都のこちら側、全域に広がっていた。そうだな?」

「はい」


 ニコと私は、揃って頷く。


「そんな範囲の魔法を、ひとりの魔力で補えるはずがない」

「そう……ですね」


 はずがない、というのは言い過ぎだ。魔導士長でもその認識ならば、多少王都のこちら側の方が魔法の知識があるとはいえ、大差ないことがうかがえる。

 ちょっと私はがっかりした。と同時に、自分の知識はこちら側でも十分に価値があると察し、その点では意欲が湧いた。


「何らかの不法な手段を用いたに違いないと考え、呼び出した次第だ。ベンジャミンのことだからな」

「あいつは、魔法のためなら、法外なことをしかねない」


 たしかに、そういう危うい雰囲気はある。それでこそ研究者だ。


「例えば……魔力石とか」

「使ってませんよ、そんなもの」

「そんなはずはない。あの魔法は、そうでもしないと使えないだろう。ベンジャミンは、我々に渡した以外の魔力石を、隠し持っているはずだ」


 地下室で使われた魔力石は、ニコからベンジャミンを通して、王城の魔導士たちまで届けられたわけね。


「ベンジャミンさんが隠し持っているかはわかりませんが、俺たちは使っていませんよ」

「しかし……」

「ニコ。見せてあげましょう」


 信じない人には、実際の様子を見せるのが手っ取り早い。私が声をかけると、ニコは頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ