2-13.ゴードンの口利き
「教会の鐘? なんでまた、お前達、そんなところに」
「それがですね……」
ゴードンと会ったのは、サラとここで待ち合わせた日以来だ。その後の顛末を彼も詳しく知っていたわけではないらしく、サラのトラウマの話から、砂漠で行き倒れる人々について調べることになったと知ると、「すまねえなあ」と本当に申し訳なさそうに言われた。
「サラの話が、そうなってんのか」
「別に、彼女のためだけではなくて。俺たちも、不本意に砂漠で行き倒れるなんて人がいるのなら、なんとかしたいと思って」
「……行き倒れる奴が、過去に誘拐された子供だったって噂はあるが、居なくなってから出てくるまで、数年経ってるんだよ。本当にそいつかもわからねえし、俺はサラの話を聞いてくれたってだけで、充分ありがてえよ」
居なくなる方にも何か事情があったんじゃねえのか、と付け足す。ゴードンの言うことは、もっともだ。
「せっかくなので、彼女の悩みを、真剣に解決してみようと思いまして」
「そうか……まあ、何にせよ、そのために教会で張り込みたいってわけだな。良いんじゃないか? 教会の神父様に、俺からだって取り次いでもらえれば、多少の便宜は図ってもらえると思うぞ」
ゴードンの名を使う許可を得て、私たちは詰所を出ようとした。
「あっ! イリスさん、ニコラウスさん!」
鼻先で扉がぱん、と開き、顔を出したのは、リックであった。
「リック。どう、調子は?」
「最高ですよ! 俺最近、砂出しと大工の仕事を掛け持ちしてて、良い感じなんです!」
鼻の下を指で擦り、自慢げに言う。リックの後ろから、もうひとつ、赤い髪が覗いた。
「イリスさん達、こいつにひと言、言ってやってくださいよ」
「あら、ジャック」
リックの双子の弟であるジャックは、眼鏡のレンズを上げながら、不機嫌そうに眉尻を吊り上げる。
「大工の掛け持ちなんて、嘘っぱちです。詐欺ですよ。詐欺」
「そんなことねえよ、元々脆かったとこを、直してやってるんだろ」
「違うね」
リックとジャックの間に、火花がばちんと散る。
「どういうこと? 何が詐欺なの?」
ニコが仲裁に入ると、二人同時に、「それは!」と話し始める。
「ごめん、俺、同時に話されても聞き取れないから。ジャックからどうぞ」
「詐欺なんですよ! 砂出しで魔法を使うのはいいんです、大きな風を出して、砂を巻き上げますよね」
「そうだね」
ニコは優しく相槌を打ちながら耳を傾ける。
「風の加減で、屋根が崩れたり、うっかり窓枠が取れたりするんですね」
「まあ、そういうこともあるよね」
「リックは、こいつは……そういうことがあった時、善人みたいな顔して、金取って直すんですよ!」
「元々壊れかけてたとこを見つけて、破格で直してやってるんだから、いいだろ!」
顔を真っ赤にして言い合うふたりは、眉毛の角度や耳まで赤くなっているところなど、そっくりだ。雰囲気は違うものの、こうしていると、たしかに双子である。
「それは……」
「リックお前、大工との掛け持ちって、そんなことしてたのか!」
困ったように眉尻を下げて取りなそうとするニコの言葉に被せて、ゴードンの怒号が響いた。詰所の壁がびりびり震えたのではなかろうかと思われる、大声。思わずびくんと、肩が跳ねた。
ゴードンに怒鳴られたリックは、一気に青ざめ、しゅんと肩を落とす。赤くなったり青くなったり、忙しい人だ。
「いや、俺は、良かれと思って」
「良かれと思ってんなら、自分で壊したモンくらい、金取らずに直せ! 砂出しの作業服着てそんなことして、他の奴らに迷惑がかかるだろが!」
「……すみません」
青菜に塩のリック。どうもリックを見ていると、大家族の彼の家は、お金が足りていないように見受けられる。
「あっ」
「何、イリス」
「いや、思いついちゃったことがあって……でも、今はちょっと」
この張り詰めた空気の中で、言うべきことではなかった。うっかり出た声をごまかそうとしたが、ニコだけでなく、ゴードンとリック達も私を見ている。
「いや……リックって、大工を兼ねてたってことは、多少のものは作れるんでしょ?」
「はい、まあ。そんな、凄いものは作れませんけど」
「ほら……ニコ、例の像の広場のこと」
「ああ、あれか」
今言うべきなのか測りかねてニコに囁くと、彼はすぐ察して、頷いた。
「いいんじゃない? 言ってみなよ」
「初代国王の像のところに、広場があってね……」
広場の池をとりあえず復活させたので、その周りにベンチや日よけを作って、憩いの場として復活させたいという話をする。
聞いているうちに、ゴードンは「ふーむ」と唸り、リックは目を輝かせ始めた。ぴりぴりしていた空気が解けて行って、私はほっとしながら説明を続ける。
「それ、俺に任せてくれるんですね!」
「そういうのもありかなって、思って。リックがお金に困っているなら、それを砂出しの空いた時間にやってもらえば良いかな、とか。……まず、お金の出所を確保しないといけないけど」
「それなら尚更、教会に行くべきだな。王都民の皆のためになることだと思えば、教会の方で、多少の金は出してくれるだろう。初代国王の像の復旧に関わったとなったら、教会にも箔がつくしな、そういう方向で話をしてみたらどうだ?」
ゴードンのアドバイスは、ありがたいものだった。私とニコが揃って頷くと、ジャックが「甘すぎませんか」と声を尖らせる。
「リックがやってたことは、詐欺みたいなもんですよ。そんな、お咎めなしに、新しい仕事を紹介して……信頼してるんですか、リックのこと?」
「してるけど……」
「できませんよ、ちゃんと働くか、知れたもんじゃありません」
「お前……!」
失礼な物言いに、リックは青筋を立てる。
「まあ、確かにね」
「えっ、イリスさん……」
ジャックの発言を私が支持すると、リックは悲しそうにこちらを見る。捨てられた犬のようだ。
「なら、ジャックもお目付役としてついてくれれば安心だわ。合図を送る魔法を教えてあげるから、リックが変なことしたら、ニコにそれで知らせて頂戴」
「僕ですか?」
「そう。しっかりしたジャックが横で目を光らせていて、しかもすぐにニコに伝わるんだったら、そういう微妙な行為はしにくいでしょ」
現にリックは、私の提案を聞いてから、暗い表情をしている。「お咎めなし」が問題になるのなら、それがリックにとって、一番のお咎めだ。
「でも、僕は他の仕事もあって」
「二人が空いている時だけでいいわよ。私たちも作業するし、そんなに広い場所でもないから、ゆっくり進めましょう」
「それなら……」
ジャックが頷けば、リックの逃げ場もなくなってしまう。リックは渋々、「わかりました」と言った。リックもジャックもいがみ合っているが、喧嘩している様子を外から見ていると、上手くバランスを取り合っているように見える。きっと、大丈夫だろう。
「とりあえず、教会に行ってくるわ」
「進捗状況を知らせに、また来ます」
「おう」
不機嫌なリックと呆れるジャック、二人の様子をさほど気にしていないゴードンを残して、詰所を出る。教会は、歩いて行くと遠いが、空を飛べばそうかからない。これから話をしに行っても、夜まで十分な時間がありそうだ。
「早速行こう、イリス」
「そうね」
向かうは、教会。教会の一画を夜間借りることと、広場整備のための支援を受けることが目的だ。
なんとなく、懐かしい気分がした。研究をしていた頃は、それに必要な金銭を得るために、国王や周囲の役人たちに交渉をしたこともあった。そこで得たやり口が、少しでも活かせると良いのだけれど。




