表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/73

2-10.広場復活計画

 ニコは再度風を出し、彫刻の細かな部分に溜まった砂を掃き出してから、いよいよ水を入れ始めた。

 底の方から、ふつふつと水が湧いてくる。初めはなかなか上がらなかった水位も、水を入れるうちに徐々に上がり、透明な水が、幹を濡らし、枝を覆い、像の足元まできっちり満たす。


「……こんなもんかな。どう? イリス」


 これだけの量の水を一度に出しても、ニコは疲れた様子もない。


「すごいわ、……以前の姿を、思い出すわね」


 水面が、日光をきらきらと反射している。その上に、堂々と佇む初代国王の像。その神々しさは、かつての趣を、思い起こさせるものであった。

 私は池から数歩離れ、遠目に見えるところで腰を下ろす。この辺りに、ベンチがあったのだ。座って見ると、なおさら、懐かしいイメージが蘇る。


「この辺りに座って、本を読んでいたの」

「そうなんだ」

「あの……ニコが読んでくれたっていう、『水中で息ができる方法』も、この池を見ながら、構想を練ったんだわ」


 私にとってお気に入りの場所のひとつ。それがこうして、目の前で再び息を吹き込まれたのは、純粋に、嬉しいものだ。

 そのまま郷愁に浸っていると、ニコが隣に座る。


「砂漠化する前の王都は、綺麗だったんだね」

「そう。ここから見える景色も、もっと彩り鮮やかで、素敵だったの」


 今は、どこを見ても、砂色一色。そうなってしまったのは仕方ないことだろうが、寂しさはある。


「……でも、水の色が、なんだか違うわね」

「そうなの?」

「ええ。水の下にああいう木の彫刻があるのは、全く見えなかったわ。もっと水は、青みがかっていて、透明感がなかった」


 記憶の風景と重ねるうち、その違和感に気づいた。ニコに文句を言うわけではない。ただ、その水の質感が、記憶にあるものとは異なっていた。

 私はこうして、実際に砂を掘り進むまで、像の下に木があるとは、全く知らなかった。外から見ただけでは分からなかったのだ。


「水が特別だったのかも」

「特別な水なんて、あるの?」

「うーん……王都にあるかは、わからないけれど。あるにはあるわ、いろいろと」


 いくら待っても、水が吹き上がる様子はない。それなら、水に何か特別な要素があったというのは、妥当な仮説であろう。


「例えば、山の中の水には、金属が溶け込んでいることもあるのよ。昔ね、山の中の池で、青く光る様子も見たことがあるわ」

「へえ……綺麗なんだろうね」

「綺麗だったわ。ニコもいつか、見られるといいわね」

「案内してよ、イリス」


 自然現象ならば、百年くらい経ったところで、変わらないものもあるだろう。人間にとっての百年と、自然にとっての百年は、違うものだ。

 かつて見た美しい風景を、ニコと一緒に見て回る。そんな旅も、良いかもしれない。


「……いつかね」


 私が魔法を使えるようになったら、ニコと並んで、旅をすることだってできるだろう。何が起こるかわからない旅路で、私のような足手纏いを連れて行くのは、危険である。

 魔法を使えるようになりたい動機が、またひとつ、積み重なってしまった。


「でも、金属が溶け込んでいたからって、水が吹き上がることとは関係がないから……未知のものなのかもしれないわね」

「イリスに、知らないことなんてあるの?」

「あるわよ。たくさん。人を何だと思ってるの?」


 驚いた声を出すニコに、こちらが驚く。わからないことなんて、山ほどある。そこまで自惚れてはいない。


「特にここの水は、調べることを禁じられていたから。私も忙しかったから、禁を破ってまで調べようとは思わなかったのよね……でも、気になるわ」

「誰が知ってるんだろうね」

「管理していたのは王城付きの人たちだから、行けば資料があるだろうけど……今の私たちは、王城には入れないから、わかるのはまだ先ね」


 そう、とニコも軽く相槌を打つ。立場が伴わないものは、仕方がない。魔法を使えば忍び込めないこともないが、そこまでして、今すぐ知りたいものでもないのだ。

 それにしても。

 こうして私の知る趣を取り戻した池を見ていると、その周りのものも、懐かしくなる。人々の憩いの場となっていた、ベンチ。そこに流れる、ゆったりとした空気。


「……ここに、ベンチを置いて、うまく日陰を作ったら、皆の憩いの場になるかしら」

「暑いからねえ……日陰ならまあ涼しいし、あとは冷たいものとか置いてたら、来たいかも」


 目の前にある砂だらけの風景と、記憶の中の光景が重なる。


「……ちょっと、やってみても」

「イリスがしたいなら、俺は協力するよ。おもしろそうだし」


 皆まで言わずとも、ニコは賛成してくれる。ありがたい。この活動は、ニコのためでも、サラのためでも、誰のためでもない。完全に、私の郷愁のための、わがままだ。

 申し訳なさも感じつつ、同時に私は、少しわくわくしていた。


「何もないところから、人が集まるように工夫して作るの、楽しそうだよね」

「ニコもそう思う? 私も今、そう思ってたの」


 出来合いではなく、ゼロから作り上げる、居心地の良い場所。想像力を存分に働かせられる状況に、心が浮き立つのを感じていた。


「ベンチはいくつくらいあるイメージ?」

「あそこと、そこに……」

「日陰のことを考えるなら、円形に椅子があった方が良いよね。大きな傘を作ってさ」


 砂の上に広場の見取り図を書きながら、配置を練る。考えてみれば、王都の中に、参考にできる広場はない。外は暑いので、皆屋内で食事を取り、過ごしているのだ。


「大きな日傘を作るのは?」

「……でも、やっぱり真ん中の池は、陽を浴びてて欲しいわ。だから、大きさは中くらいで、こんな風に……」


 目的があると、それまで考えもしなかった思いつきが湧いてくる。この、新しい発想が生まれる瞬間が好きだ。あれこれと意見交換しているうちに、私たちの影の向きは、徐々に傾いていく。


「……ああ、イリス。もう日が傾いてきたよ」

「ほんとね。気づかなかったわ」


 炎天下でも倒れずに長時間語り合っていられるのは、ニコが先日身につけた、周囲を涼しくする魔法による。今回は、それが裏目に出た形だ。気づけば、夕方が近づいてきていた。私たちの今日の本務は、この後の時間にある。


「オアシスに寄って、夕飯を受け取って、一回宿に帰って少し昼寝しようか」

「オアシスで、夕飯を受け取れるの?」

「らしいよ。サラが言ってた。頼んでおけば、持ち出せる弁当の形にして、出してくれるんだって」


 それはありがたい。ニコと私は、宙に浮き、空からオアシスを目指した。


「あっ、いらっしゃい! ニコラウスさん、お弁当ね?」

「ああ。そうなんだ。できてる?」


 私たちが揃って扉をくぐると、サラは、今日も笑顔で出迎えてくれる。その口調が少し砕けていて、声が少し高く変わったのは、私たちが知り合いになったからだろうか。


「これ。……あたしが、作ったの」

「サラが?」

「そう。店主が、知り合いなら、料理も練習してみたらって言ってくれて。魔法使えないから、簡単なのだけど」


 エプロンを首から下げる紐をつねりながら、視線を逸らしてサラは言う。どこか気まずそうな態度は、ニコが「ありがとう!」と声をかけることで、安心したものに変わった。


「わざわざ作ってくれたんだね、俺たちのために」

「うん。良かったら、感想教えて」

「だって、イリス。ありがたく頂こう」

「ありがとう、サラ」


 淡い水色の包みは、サラの髪と同じ色。ニコがその包みを手から提げ、私たちは宿に戻る。

 部屋に戻ると早速、ベッドに横たわるニコ。


「……夜までに、少し英気を養っておかないとね」

「そうね」


 砂漠で行き倒れる人々の手がかりを掴むために、夜通し見張る。ニコが眠りながらでも魔法を展開できるようになるまでは、それが最善手だと考えたのだが。実際、「夜通し」というものがどれだけ現実的なものなのか、私にもよくわかっていない。


「おやすみ」


 私もニコの隣に横たわり、目を閉じた。外はまだ明るい。眠れないかと思ったけれど、頑なに目を閉じていたら、だんだんと体がぽかぽかしてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ