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2-6.手がかりを見つける手段

「どうしようね、イリス」

「そうねえ……」


 私たちは、サラに案内され、おしゃれな喫茶店に来ていた。リンゴ果汁を混ぜた紅茶や、ミントとレモンの飲み物など、ひと手間加わった飲み物と、それに合う茶菓子などを売っている。爽やかな味が、渇いた喉を潤す。こうして王都の人々は、味覚で暑さと渇きを乗り切っているのだ。


「わかったのは、内部から出て行った記録のない、行き倒れた人たちは、壁を越えてるかもしれないってことだわ」

「乗り越えるのは無理って、ヴァンさん、言ってたじゃない」

「ニコに、乗り越えられないと思う?」


 サラは、ニコをじっと見つめる。


「……それは、ニコラウスさんは、特別だから」

「俺が? そんなことないよ」

「ちょっとコツを知っているだけよね、ニコ」

「うん。だから、他にも俺みたいな人がいても、おかしくないんじゃないかな」


 壁を越えられないと思っているのは、魔法を上手く使いこなせていない人々だけ。私たちがかつて編み出した技術を、受け継いでいる者がいても、おかしくはないのだ。


「王都の西側から当たってみるのが、妥当な線よね」

「西側って言っても、すごく広いんじゃないの、イリス」


 ニコの懸念はもっともで、ほぼ正方形に近い形をしている王都の西側といえば、その一辺に当たる。指し示している範囲は、かなり広い。


「具体的な場所も、教えてはもらえなかったから、俺には予想もつかない」


 スミスとヴァンは親切にいろいろ教えてはくれたが、「王都での出門記録のない、王都の住民」が行き倒れていた詳しい場所については、話せないとのことだった。やむを得ない。彼らにも、立場がある。


「うーん……あら、これ美味しいわ」

「でしょ? イリスちゃんって、甘いもの好きなんだね」


 サラが勧めるので頼んだ軽食は、薄いパンに、さっぱりしたクリームと果物が挟まれたもの。甘さと酸味が程よいバランスであり、齧ると、ジューシーな果汁が口の中でパン生地と絡まる。

 甘いものは好きだ。頭を使うと特に。そのまま二口目を頬張っていると、ニコが「さすがに、手がかりが少なくない? 無理だよ」と匙を投げた。


「無理じゃないわ。手がかりがないなら、集めたらいいんだもの」


 その匙を拾い上げると、ニコが訝しげに眉を寄せる。


「どうやって?」

「私も、詳しくはないんだけど、方法はあるにはあると思うの」


 探偵的な行為は、あまり経験がない。若い頃こそ、魔法の腕を頼りに、困りごとの解決を任されたこともあった。しかし、研究者として認められてからは、そうした探偵的活動よりも規模の大きい、街や領単位の役割が多かったのだ。

 そもそも、街中でのトラブルの解決は、基本的には警備の人々が請け負っていた。警備の人々が担当しないものは、私的に取り組む探偵的な人たちが。私などに話が来るのは、ごく一部のことであった。

 言い訳が長いようだが、つまり私は、さほど捜査に詳しいわけではない。ただし、自信がないなりに、言えることもあった。


「また新しい魔法を練習しましょう」

「イリス……君の引き出しって、どれだけあるの?」

「いくらでもあるわ」


 魔法は、どんなことでも実現できる。叶えたいことを実現する魔法がないなら、新しく作れば良い。そういう意味で、私の引き出しは、限りなくある。


「……じゃあ、出る?」


 いつしか、茶菓子は食べ終わり、飲み物もすっかり飲み干してしまっていた。ニコの言葉で、それぞれに立ち上がる。


「サラ、今日はありがとう。また、『オアシス』に顔出すから」


 店の前で、ニコはサラに別れを告げる。


「ふたりは、このあとどこへ行くの?」

「宿に戻って、練習かしら」

「そうだね。おかげさまで、お腹も満たされたから」


 じゃあ、と挨拶をして背を向けると、サラが「待って」と声を出した。見れば、サラはニコの服の裾をはっしと掴んでいる。


「あっ……ごめんなさい」


 ぱっと裾から手を離し、サラは照れ臭そうに笑った。


「あの……迷惑でなければ、あたしも付いていきたいなって」

「いいけど……見ても何にも面白くないよ?」

「いいの。あたしが言い出したことなのに、ふたりに任せっきりなんて、申し訳ないから。せめて一緒にいさせて」


 サラがいると宿まで徒歩で行かなければならないのだが、それは断るほどの理由にはならない。宿まで少しある道を、私たちは先ほどの喫茶店の感想などを述べ合いながら、ゆっくりと歩いた。


「『オアシス』でも、ああいう特徴的な料理を作れたらなって」

「あの店は美味しいから、充分でしょ」


 美味しい料理の話に花が咲いているニコとサラの会話を流し聞きしつつ歩いていると、私はあるものに目が止まった。


「あ……ニコ、私あれ欲しい」

「あれ? お腹空いてるの?」

「そういうわけじゃないけど……買ってもらっても良い?」


 それは、焼いたパンを売っている店であった。大きめのパンをひとつ頼み、紙に包んでもらって受け取る。焼きたてのようで、まだ温かい。食べたら、外側は硬くて、中はふわふわで、きっと美味しいだろう。


「戻りました」

「おかえりなさいませ、お客様」


 例のごとく紳士的なラルドに迎え入れられ、私たち三人は、連れ立って部屋に戻る。


「どうぞ、入って」

「お邪魔します……そっか、ここって夫婦の部屋なんですね。なんか、どきどきしちゃう」


 サラはそっと部屋を覗き込み、そんなことを言った。私とニコは、ちらりと目を合わせる。私たちは夫婦ではないし、だからこの部屋は夫婦の部屋でもなんでもない。サラのどきどきは、実は間違っているのである。

 嘘をついていることにぴりりとした罪悪感を覚えつつ、私はベッドに座った。ニコは結婚を望んでいるのだから、ついた嘘による誤解は、いつか責任をもって解いていかなければならない。


「サラは、その椅子に座って。はい、紅茶。ラルドさんが淹れてくれたよ」

「ありがとう」


 ニコは、カップを三つ、サイドテーブルに置く。私は並んだカップのそばに、抱えていたパンを置いた。がさがさ、と紙包みを剥がす。


「え、やっぱり今食べるの?」

「違うわ。使うのはこっち」


 パンを包んでいた紙を広げる。充分な大きさだ。これをドーム状にし、端の部分を詰めて袋のような形状に変える。


「なにそれ?」

「言い訳しておくけど、私は何かの捜査をすることについては、あまり知らないのね。だから、今から試すことは、少し現実的ではないかもしれないの。でも、手がかりを探すには、有効……かもしれないわ」

「イリスにしては珍しいね、そんな自信なさげな言い方をするなんて」


 ニコはからかうような口調で言う。


「手法に関して、ね。もっと効率的なやり方があるのかもしれないから……もし何か思いついたら、教えて」

「わかった」


 長い前置きを終え、私は紙袋を顔の前に掲げる。


「あ、じゃあサラ、この紙袋の開いているところに、口を当てて」

「……こう?」

「そう。で、ニコは、袋の下の辺りに、手を添えてみて」


 座っているサラが、口に紙袋を当て、ニコがそれに触れている状態。そこで私は、指示をひとつ加えた。


「サラ、何か大きな声で言ってみて」

「え? 何を?」

「なんでもいいわ。いらっしゃいませ、とか」

「……いらっしゃいませー!」


 サラは息を吸い、お店で聞くのと同じ、響く声で挨拶をした。


「どう? ニコ」

「……なんか、びりびりしたけど」

「そうよね。ありがとう、サラ」


 私はサラから、紙袋を受け取る。


「たぶん、難しいイメージなんだけど……今、紙がびりびりしたのは、空気が震えているからなのね。サラの声が空気を揺らして、それで紙が揺れたの。空気の揺れっていうのは、そんな風に、実際に物を揺らすことができるのよ」

「……サラの息で、紙が揺れたってこと?」

「それでもいいわ。空気の揺れで、物が動く、ってイメージを持ってくれれば」


 ニコが魔法に向いているのは、こうして、自分の理解を言葉にしてみる点である。具体的にイメージができるのであれば、私の言葉を借りるより、自分の言葉で考えた方が良い。


「でも、今サラが出した声で出た息って、大した勢いではないはずでしょう?」

「そうだね」

「紙のびりびりは、息の勢いよりは、感じ取りやすかったんじゃないかしら」

「まあ……そうだと思うよ」


 ニコの理解に合わせ、私は話す内容を調整する。


「つまりね、空気の揺れは小さなものでも、その揺れは、紙みたいなものがあれば、感知しやすくなるのよ」

「魔法で、その紙みたいなものを作るってこと?」

「そう!」


 次に言いたかったことは、ニコが先回りして言ってしまった。


「街の西側に、大きな空気の膜をイメージするの。そこを通り抜けたら、空気が揺れて、それがニコに伝わるのよ。ニコは離れていても、そこを人が通過したって、わかるの」

「あー……やりたいことはなんとなく、理解した」

「わかってくれた?」

「イリスの突拍子もない発想には、だいぶ慣れてきたからね」


 ニコが、悪戯っぽくウインクした。そんな茶目っ気のある姿は、初めて見る。


「ただ、具体的にイメージできないことは三つあるよ。ひとつは、空気の膜ってどう考えたらいいのか。ふたつめは、王都の西側全部を覆えるのか。みっつめは、それは寝ている間にも展開できるのか」

「寝ている間に意識的に魔法を使うのは、もう少し熟練しないと無理だと思うわ」

「だとしたら……ある程度の時間帯の予想をつけないと、俺は眠れないことになるね」


 今はまだ、行き倒れる人が外へ出るのが、昼か夜かもわかっていない。突き止めるためには、朝も夜も関係なく、起きて膜を張っておかないといけない。彼の言う通り、それは非現実的だ。


「行き倒れる人が壁を越えるとしたらいつか、ってことよね」

「そう。そこを狙って魔法を使うんじゃなければ、今の俺にはできないと思う」

「その通りだわ」


 うーん、と俯いて考え始めたその時、サラが「それは」と声を上げた。


「それは、夜じゃないかしら。それも、人目につかない夜遅く。日中は壁際にも人が歩いている筈だから、壁を越えようとしていたら、間違いなく目立つもの。なのに、今まで『壁を越えようとしている人がいた』なんて噂、聞いたことがないわ」

「……それもそうだね。なら、人気の少ない夜に時間帯を絞ろうか」

「そうね」


 ニコがその意見を支持する。私もそれに同意した。「オアシス」に勤めるサラは、客の噂話もよく耳に入るだろう。そんな彼女に「壁を越えようとした人がいる」という類の噂話が入っていないのだとしたら、人目につかない手段を取っている、という可能性は十分にあり得る。


「じゃあ、みっつめの問題は、もういいや。あとふたつを、解決しよう」


 ニコは姿勢を変え、紅茶をひとくち飲む。

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