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2-4.聞き込み調査

「その誘拐事件のことって、サラは、詳しく知ってる?」

「全然。行き倒れた人が見つかったときに、あれは誰かの家の家出した息子だった、とか噂になるだけ」

「……そう」


 サラの話を聞いていると、それは連続した誘拐事件であるようにも捉えにくい。


「誰に聞きに行ったらいいのかしら……」

「その……砂漠でその人たちを見つけるのは、警備の人たちみたいよ」


 この王都に入ってくる時、門のところで会った警備の兵を思い出す。なるほど。彼らの仕事には、王都周辺の砂漠の見回りも入っているのか。


「聞きに行ってみる?」

「そうね」


 私が頷くと、ニコの視線はサラに向いた。


「俺たちは、警備の人に聞きに行くけど……どうする? 嫌なことを思い出すなら、一緒に行かなくても……」

「ううん、行きます。あたしが発端なのに、二人に任せて帰るなんて、さすがにできないから」


 サラの目尻はまだ赤いものの、涙は乾き、すっきりした笑顔を浮かべている。気丈な女性だ。


「でも、歩いて行くと暑いから、飲み物買っていかない? 美味しい果実水があるのよ」

「いいわね。知りたいわ」


 軽やかに歩くサラの後を追うと、小さな店に出た。店先に、色とりどりの果物が付けられた水が並んでいる。


「おすすめで良い? えーっと、これを三つ」


 そのうちのひとつを指して、サラが注文する。店主が要求した料金を、サラは懐からさっと出し、直ぐに払った。


「え、俺たちの分は出すよ」

「ここは出させて。おじさんほどじゃないけど、私からのお礼」


 ニコの申し出を断り、私とニコの手に、受け取った容器を押し付けてくる。


「飲んでみて」

「……あ、リンゴの匂いがする」


 口に含むと、淡いリンゴの香りが、すっと抜けて行った。残った爽やかな甘みも、ふわっと消えて行く。


「不思議な飲み物だね。見た目はただの、水なのに」


 ニコも、容器の中を見ながら、そう感想を述べる。太陽に熱されて火照った体に、リンゴの香りと甘みは心地よく、皆、あっという間に飲み干してしまった。


「美味しかった。初めて飲んだよ、ありがとう、サラ」

「お礼なんて。あたしの方こそ、もっとお礼を言いたいのに。おじさんもそうだけど……あたしの抱えた問題に、真面目に向き合ってくれた人って、そんなにいないから」


 ニコとサラはすっかり打ち解けて、あれこれ会話を交わしながら歩く。よく喋る二人は、会話のテンポが合うらしい。口を挟むのも興醒めな気がして、私は景色を眺めながら、少し後を歩いた。

 誘拐されて、砂漠で死んで発見される事件が、本当にあるのだとしたら。どんなことがあって、そんな結果に終わるんだろう。もしこの肉体がその被害者だったとしたら、どんな辛い経験を、したのだろうか。

 私には、肉体の記憶は全くない。今はまだ想像する手がかりは何もなくて、同情すらできないが……真相を解明して、その死を悼んであげたいと思う。


「行き倒れ? まあ、確かに時々、そういう奴はいるよ。可哀想に、な」


 ニコが声をかけたのは、門のところにいる警備員である。暇そうな時を見計らって話しかけたので、話を聞くことはできたが、彼自身もそれほど多くのことを知っているわけではなさそうだった。


「彼らが行き倒れている理由を、知りたくって」

「砂漠だぜ? 偶にいるんだよ、甘く見て、何の準備もしないで出て行っちまう奴らが。俺たちだって見かけたら止めるけど、よくわからねえが、その隙を縫って砂漠に出てるんだろうなぁ」


 軽快な口調の青年からは、全く危機感が感じられない。門にいる自分たちが見ていないのに、複数の人が砂漠で行き倒れているのなら、もう少し、深刻に受け止めても良さそうなものだ。


「何にせよ、俺は担当じゃないから、噂話に毛の生えた程度のことしか知らない。その辺りのことは、俺じゃなくて、砂漠のパトロール部隊に聞いてくれ。あっちに待機場があるから」

「……わかりました」


 担当ではないという彼は、雑に手で示し、私たちにそちらへ行くよう促す。


「……思っていたのと違う反応だったわ」

「ああなの。行方不明になって、暫くして砂漠で死んでいるのが見つかるなんて、おかしいと思わないのかしら」


 サラは唇を尖らせ、そう文句を言う。


「なのに、見つかった人の家族が抗議に行っても、ああやって流されるのよ。これから行くパトロール隊だって、きっと同じ」

「……どうしてかしらね」

「知らない。皆、いろいろ不満を伝えるのに、全然改善されないって。お客さんの中には、いつも文句を言っている人もいるわ」


 王都が砂漠化し、人々の今までの生活は全て崩れ落ちた。内部からの不満は多く、それをひとつひとつ取り上げるわけにもいかないのだろう。

 辛い過去を負ったサラには同情するが、彼女の言い分が、果たして本当にあり得る話なのか。それもわからない。


「でも、聞いてみないと、わからないから。行こう、二人とも」

「……そうね、ニコ」

「はーい」


 砂漠パトロール部隊の待機所は、そこから暫く歩いたところにあった。


「うわ……」


 最近の砂出しの働きにより、周囲の砂はない状態ではあるが、外には乱雑に物が積まれ、窓や壁には砂が張り付いている。手入れがされていない印象が強い。

 それだけではない。扉の外から声をかけても、ノックをしても、誰も出て来ない。


「開けていいと思う?」

「いいと思うわ」


 不安げなニコを私が後押しし、彼は砂だらけの取っ手に手を掛ける。ぎし、とそのまま壊れそうな不穏な音がして、ゆっくり、扉が開いた。


「こんにちは~……」


 薄暗い部屋の中を、ニコが覗き込み、恐る恐る声をかける。


「なんだ? お前達」

「ひぃっ!」


 野太い声は、室内からではなく、背後から掛けられた。私たち三人は、揃って飛び上がる。

 振り向くとそこには、大きな荷物を背負い、ゴーグルを掛け、砂まみれの男が二人。今まさに砂漠から帰ってきたという風情で、立ちはだかっていた。


「あれぇ? 『オアシス』のサラちゃんじゃん」


 片方の男がゴーグルを上げ、その緑の瞳でサラを見る。隣にいるごつごつした男性と比べると、細身でしゅっとした印象だ。


「あ、こんにちは」

「どーしたの? こんなむさ苦しいところに来たって、何にもないよ」

「パトロールの方々に聞きたいことがあって。スミスさん、パトロールのお仕事をされてたんですね」


 サラは、この細身の彼と知り合いらしい。青年は頷き、帽子を取ると、金髪が現れた。


「まあねー。わざわざこんな仕事してるって、外では言わないからさ。俺たちだって、悪く思われてるのは、知ってるし」

「スミス。外で滅多なことを言うんじゃない。……話は中で聞く。汚いところだが、入れ」


 対して、まだゴーグルを掛けたままの、体格の良い男性が、低い声で言う。熊さん、みたいだ。昔、どこかの森の中で、彼みたいな体格をした、毛むくじゃらの獣を見た。

 大きくて、のっそりしていて、可愛いと思ったけれど、ずっと見ていたら牙をむき出しにして魚を獲って食べていた。野蛮なのだ、あの野生の獣は。


「イリスちゃん、入るよ!」


 彼の後ろ姿を熊と重ねながらぼんやり眺めていたら、サラに背を叩かれる。


「あ、うん」


 私は皆に続き、待機所へ入る。足を踏み入れると、地面がじゃり、と砂の音を立てた。室内なのに、まるで外みたいに砂が積もっている。


「……けほ」


 喉がいがらっぽくて、思わず小さく咳をした。なかなかな環境である。

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