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2-2.サラの頼み

「悪いな、わざわざ来てもらって」

「いえ。もう仕事は良いんですか?」

「ああ。最後の奴も、さっき報告に来たからな。本当に……今までは遅くまで砂掘って、それでも袋いくつか、が当たり前だったのに、大変な変化だよ」


 ゴードンは机上を整理し、立ち上がる。肩を軽く回してから、私たちと共に外に出た。扉に鍵をかけ、大股で歩き始める。


「姪の働いている店は、値段は手頃なんだが、店主の腕が良くてな。美味いんだよ」

「そうなんですね」


 ゴードンの歩く速さには、なかなか追いつけない。小走りで後ろについていると、ニコが私の腕を取った。

 体が僅かに浮き上がり、ニコに引かれて前に進む。走らなくて良くなった私は、ニコのいる隣を見た。


「……こんなこともできるのね」

「イリスが、新しいことを想像して実践する力が大事って書いてたでしょ。やってみた」

「それは……」


 それは、自分の本に書いた内容である。確かに書いたし、今でもそれは正しいと思っているものの、こう自慢げに話されると恥ずかしいのはなぜだろう。

 蒸し返されて俯く私を、ニコは運ぶ。歩かなくても前に進むのだ。体力のないこの肉体には、ありがたい配慮である。


「ここだ。よう、サラ」

「あれ? ここは……」


 ゴードンが、慣れた様子で扉を開けて入っていく。その店は、「オアシス」。言わずと知れた、私たちもよく通う、料理屋である。


「いらっしゃい、おじさん! あら……こんばんは」


 いつもの、水色の髪の店員。彼女はちょっと目を見開き、そのあとにこりと笑う。


「ん? 知り合いなのか?」

「俺たちも、よく来ているんです。このお店、ご飯が美味しいので」

「そうだったんだな。旨いよなぁ、何食っても旨い」


 四人掛けのテーブルに案内され、ゴードンの向かいに、私とニコで並んで座る。早い時間であることもあって、まだ店内に他の客の姿はなかった。


「ありがと、おじさん。今日は何にする?」

「そうだなぁ……何か食いたいモンはあるか?」


 ゴードンはメニューを眺め、そう聞く。私は首を左右に振った。


「せっかくですから……ゴードンさんのおすすめは、なんですか?」

「俺か? やっぱり肉だな、肉。特にないなら、俺が適当に頼むぞ」

「お願いします」


 ゴードンはてきぱきと、いくつかの料理を注文する。店員は注文を受け、厨房へ下がった。


「あの方が、ゴードンさんの姪御さんだったんですね」

「そうだ。器量良しだろう? 兄の、娘なんだよ」

「お兄さんがいらっしゃるんですね」


 ニコとゴードンの世間話を聞きながら、私はニコが出した水を飲む。冷たくて美味しい。


「ああ。俺とは違って、できた兄だよ」

「そうなんですね」

「俺の兄は、騎士様だからな」

「なるほど。それで、ゴードンさんが今の仕事をしているんですか?」


 兄は、騎士。元々騎士の仕事であった砂出しを、騎士ではなさそうなゴードンがしている理由が、つながった。

 身を乗り出して聞くと、ゴードンは一拍間を置き、「おう」と答える。


「初めは兄が統括していたんだが、やっぱりあれは、騎士の仕事じゃないって話だ。弟の俺に白羽の矢が立った。街の警備をしてたから、土地鑑もあってな」

「へえ……」


 国の仕事として行っていたものを、軌道に乗ったら市民に任せるというのは、まあある話である。

 騎士といえば、実力主義で、ある程度の身体能力と魔法の腕があれば、市民でもなれる者はいる。もちろん、代々騎士であるという家系もあるにはあるが。兄が騎士で自分は市民であるというゴードンの立場も、おかしなものではない。


「お父様が騎士なのに、姪御さんは、ここで働かれているんですか……大変ですね、王都での生活も」


 ニコがしみじみと言う。田舎から稼ぎに出てきた彼は彼で、思うところがあったのだろう。


「あたし、魔法全然使えないんですよ。勉強して家庭教師にでもなれって言われたんだけど、魔法が使えないと、なれないんですよ、やっぱり。はい、注文の料理でーす」


 大皿を器用にいくつも運んで、軽い音を立てて机に置く。普段の積極よりもさばけた調子なのは、親族であるゴードンが近くにいるからだろう。


「おじさんが就職先の面倒見てくれて、ここで働いてるんです。魔法が使えなくっても、ちゃんと働けばいいって、言ってもらえて」

「そうなんですね。良いおじさんですね」


 相槌を打つニコ。私は自分の取り皿に料理を取り分け、冷めないうちに口に運んだ。チーズがとろりと溶け、美味しい。


「そういえばおじさん、最近砂出しがやばいって、噂になってるわよ。なんか、街中で大きい砂嵐を起こして、砂を出しまくってるって」

「ああ。噂になってるか」

「魔法を使えない人が頑張ってるんじゃなかったの? ちょっと、がっかりなんだけど」


 まだ客がいないからか、店員のサラはそのままテーブルの横で話し続ける。

 砂出しの変化は、既に人々の間で噂になるほど、目についているようだ。それで良い。あれだけ砂を巻き上げていて、その変化に気づかないはずはないのだから。

 ほくそ笑みながら、私はサラダに混ざったリンゴを齧る。しゃきしゃきとした、心地よい食感。爽やかな酸味のある液体が掛かっていて、これもまた美味しい。


「魔法を使えない奴らばかりだったのに、皆使えるようになっちまったんだ」

「えぇ? そんなはずないじゃない」

「あるんだよ。この二人のおかげでな」


 じゃがいものスープは、冷たい喉越しがなんとも言えず良い。


「……イリス、聞いてた? 俺たちの話だよ」

「え?」


 ニコの言葉に食べる手を止め、視線を皿から上げる。三対の瞳に、しっかり見つめられていた。


「……聞いてなかった」

「ふふっ。食べるのに夢中だったもんね」


 口元を押さえ、サラが笑う。ニコが眉尻を下げ、困ったような笑みを浮かべている。


「だからお前も、魔法を教われば変わるかもしれんぞ。まだ若いんだから、いくらだって成長できる」

「頼まれたら、教えますよ。魔法は誰だって使えますから」


 話の流れがよくわからないが、とりあえずそう伝える。本当だ。砂出しの皆に魔法を教えたのに、ゴードンの姪に求められて、教えない理由はない。


「あー……それで今日、二人を連れてきてくれたのね。ありがとう、おじさん。だけど、……うーん、どうしようかな」


 サラは片頬に手のひらを当て、首を傾げる。愛嬌のある仕草だ。


「私、魔法が使えない理由って、はっきりわかってるんだけど……ちょっとここでは、話せないかも」

「そうか……詰所は?」

「あそこ、砂出しの人たちが来るでしょ? 知らない人が出入りするところでは、ちょっと……」


 伏し目がちになるその睫毛が、うっすらと翳る。そのアンニュイな雰囲気は、本当に困っているのだ、と感じられた。


「私たちの泊まっている部屋だったら、知らない人は来ないわよ」


 困っている人は、助けたいのだ。思わずそう口に出すと、サラは「いいの?」と瞬きした。


「イリスがいいなら、俺は構いませんけど」

「いいわ。その……話したいなら、だけど」


 話しにくいことを、無理に聞き出す道理もない。


「……聞いてもらいたいかも」


 少し迷う仕草を見せたサラが、そう呟く。


「なら、ゴードンさんに予定を言ってもらえれば、いつでも。私たちは、最近は仕事があんまりないので」

「そうだな。奴らも軌道に乗ってきたから……ありがたいこった」


 ゴードンが、水をぐいっと飲み干して言う。ゴードンの前にあるお肉も美味しそうだ。手を伸ばし、皿に取り分けた。


「あたし、明日はお休みをもらってるの。明日、行っても良い?」

「もちろん。詰所で待ち合わせましょう」

「わかったわ」


 肉汁あふれる肉を噛みしめる私の代わりに、ニコが答える。


「悪いな、世話になってばかりで。今日は奢るから、せめて好きなだけ食べてくれ」

「ありがとうございます! じゃあ俺、これと……これも」


 早速メニューを見て、ニコが追加注文をする。


「かしこまりましたぁ! 今言ってきますね」


 サラは笑顔で頷き、厨房へ戻る。その後は一頻りゴードンと砂出しについて語り、たらふくご飯を食べ、満足な時間を過ごした。

 帰る頃にはもう遅くて、眠い目を擦りながら銭湯へ行き、宿に戻ったらすぐ寝てしまった。

 その日の大蛇はいつもよりも力強く、耳から食べられる夢を見た。起きても耳がじんじんしたから、ニコに聞いたけれど、「何ともなってないよ」と言われた。毎日悪夢ばかりで、不思議である。これも、この肉体に入ったから起きる問題なのだろうか。

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