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2-1.ゴードンの誘い

「おぉ、やってるやってる」

「上から見てもどこにいるかわかるの、すごいわね」


 それから、数日経った。私はいつものように、ニコに抱えられ、空から王都を見下ろしている。

 空中は、遮るものが何もない。普通なら照りつける日差しと強く吹き付ける風に悩まされるはずのものなのだが、随分と涼しく、快適である。それもそのはず、ニコはただ飛ぶだけではなく、周囲に氷の粒を放って涼しくし、なおかつ風も適度に抑えているのだ。

 なかなかの芸当である。今の王都でこれを披露したら、初めて会った時のジャックのように、お化けか何かだと思われてしまう。


「あそこが、リックとジャックでしょ」


 指差す先には、二つ並んで街を爆走している砂の渦がある。ジャックは、元々魔法の素養があったこともあり、あっという間に風の渦を起こせるようになった。喧嘩するほど仲が良いという言葉通り、あの二人はあれこれ文句を言いつつも、ああして一緒に作業をしている。


「あの辺りが、キータとミトス」


 なぜわかるかと言うと、彼らの区画だけ、地面がきらきら光っているからだ。キータが砂を巻き上げ、ミトスが洗い流した箇所は、水が乾くまでしばらくの間、輝いている。

 あの二人も、それぞれの特徴を生かして、上手く協力している。

 力を合わせる者もいれば、分担して、それぞれが作業に取り組む者もいる。やり方は様々だとしても、間違いなく言えるのは、砂出しのあり方が変わったことだ。


「こんにちは、ゴードンさん」

「お、じゃあお前は、明日から組に入ってくれ。今日は解散。……よう、二人とも」


 詰所に入ると、ゴードンは見慣れない若者と話をしている最中だった。相手を帰らせて、私たちの方に近寄ってくる。


「お話中でしたか。すみません」

「いや、構わん。近頃は、奴らの働きっぷりを見て、砂出しを志願する奴が増えていてな」


 魔法が使えない奴に絞ってあと五人採用して、三人組にするんだ、とゴードンは付け加える。


「教会の連中にも感謝されたし、砂出しの置かれる状況は、ずいぶん変わったんじゃねえかな」

「それなら、良かったです」


 魔法が使えない、蔑まれるべき存在だった砂出し達は、並みの人々より魔法が使える、憧れの存在になった。手作業で気の遠くなるような作業をしていたものが、魔法によって無駄がなくなり、より良い成果を上げられるようになった。


「魔法が使えない奴らに働き場を提供してやっていたつもりでいたが……彼らも魔法が使えるんだから、不思議なもんだよなあ」

「誰だって使えるんですよ、本当は。不思議ですよね」


 ゴードンは自分の両手を見つめ、握り、開く。その後、彼が顔を上げた時、その表情は口を引き結んだものだった。


「魔法は、人生を変える力があるんだな」

「俺も、そう思います。イリスに出会って、魔法が使えるようになって、人生がひらけた気がする」


 ニコが答える。ゴードンは、深く頷いた。


「奴らを見ていて、そのことはよくわかった。礼をしたいんだが、時間はあるか?」

「いつでも」

「なら、日没前に、ここへ来てくれ。俺の姪が働いている料理屋が、なかなか美味いんだ」

「良いんですか?」


 感謝されるということは、どんな形であれ、嬉しいものだ。砂出しの彼らの代わりに私たちに礼をしようという、ゴードンの気持ちを断る理由はない。

 私たちはゴードンと約束し、詰所を出る。


「砂出しの彼らも、もう自分たちで働けるようになったね」

「そうね」


 ニコの言う通り。最初の頃は、空から様子を観察し、必要に応じて手助けをしていた。そうした手助けも徐々に必要なくなり、砂出しに関して私たちのやるべきことは、ほとんどなくなったと言えよう。


「図書館に行きたいわ」

「ああ……なら、その前に、ご飯を食べていこう」


 こちらもすっかり常連になった料理屋「オアシス」に寄り、鮮やかなグリーンを見ながら食事をする。室内ではこんな風に、辛うじて元気に葉を茂らせている木々も、外では生きて行けない。

 いつかは王都が、緑豊かな以前の姿に戻れば良いと思う。そのためには、まだ、私たちは立場が弱い。

 美味しい料理に舌鼓を打ち、向かうは、図書館である。


「あら、道が綺麗になってる」

「砂出しの皆は、さすがだね」

「ほんとね」


 図書館の前の道路は、砂が掃き出され、かなり綺麗になっていた。壁面はまだ砂だらけだが、それでも、廃墟感は薄れている。

 ニコの言葉に、私は同意した。魔法を教えたのは私だが、それを応用して、実際に街を綺麗にしているのは彼らだ。おかげで王都のこの辺りは、以前よりも、ずいぶん過ごしやすくなった。


「ようこそ。……お入りください」


 図書館に入ると、静かな雰囲気に、ふわっと呑まれる。私の好きな感覚だ。落ち着いた声の司書は、以前と同じ、眼鏡の女性。手元に一旦視線を落とし、その後入室を促される。おそらくあの辺りに、先日魔力を登録した金属片があるのだろう。


「ターニアさん、こんにちは」


 さすがのニコは、彼女の名前を認識していたようだ。名前を呼ばれ、目を僅かに見開いた彼女は、にこりと微笑む。真面目そうな仏頂面からは想像もつかない、柔らかな微笑みだ。


「イリスは、また目的があるんでしょ?」

「ええ。ニコはどうする?」

「この間みたいに、魔法の本を読んでるよ」


 ニコは、入り口近くの書棚を示す。実践的な魔法、魔法理論などが書かれた本の並んだ棚。


「それが良いわね。付き合わせて悪いわ、ありがとう」

「このくらい、構わないよ。じゃあ、またあとで」


 ニコの後ろ姿を見送り、私は歴史書の棚に向かった。


「ええとーー……確か、二十年前って話だったわね」


 先日のゴードンとの会話を思い返し、棚を眺める。彼は、砂漠化が始まったのは、二十年前ほどだと話していた。最新のものから、二十年分の年鑑を数える。多少の前後はあると思うが、二十年前なら、この辺りだろうと見当をつけた。

 ページをめくると、そこには特に砂漠化の記述はない。国王が魔導士の研究に支援をする、という構図は変わらないものの、大きな成果はないようだった。


「……あれ?」


 次に手に取った年鑑の冒頭は、「砂漠化対策を提案した魔導士への支援」と書かれていた。ここでは既に、砂漠化が始まっている。

 何度前後のつながりを見比べても、そこには砂漠化の原因となる記述もなければ、砂漠化が始まったという記録もなかった。


「……最低だわ」


 都合の悪いことを多少脚色して書く、ということは、国から出ている書籍である以上、あり得るとは思う。

 しかし、事実を書かないのは、また別の問題である。要するにこの時の国王……あるいは、年鑑の担当者か、誰であるかわからないけれど……は、都合の悪い事実を書かずに済ませたのだ。

 おそらくは、前国王。それも亡くなり、新しい王による統治が始まった、ということではある。


「……」


 私は静かに、ページをめくる。砂漠化以降の進展を、確認しようと思ったのだ。しかし時折「王都周辺が◯◯まで砂漠化」という記述が見つかるのみで、砂漠化に対してどうするか、という対策を練った記録はなかった。

 対策を取らなかったのか。それとも、考えはしたが、解決に至らなかったのか。何にせよ、有効な手立てが生まれぬまま、砂漠化するに任せていたように読み取れる。


「……あ、砂出し」


 十年ほど前の記述で、「王都の砂漠化対策として砂出し部隊を編成」との記録が出てくる。初めは、王城に勤める騎士団の一部を借り出したものだったらしい。

 その後は、水不足への対応、食料の調達に関する方針など、砂漠化に対する、その場しのぎの対策が続く。


「……大体、こんなところね」


 詳しく読み込んだわけではないが、私は一通り最後まで目を通した本を、ぱたりと閉じた。

 いきなり始まった砂漠化には、何らかの原因がある。それを追及せず(あるいは、都合が悪いからと隠蔽し)、目先の対策に追われて根本的な解決もできないまま、今まで何となくやってきた国であることが、よくわかった。


「砂漠化ね……」


 歴史書の空白を信じるなら、砂漠化が進んだのは、一年かそこらの短期間である。何か理由があるはずなのだ。


「イリス?」

「えっ! ……あぁ、ニコ」

「そろそろ行かないと。日が暮れちゃうよ」


 いきなり話しかけてきたニコは、そう言って図書館の出入り口を示した。そうだった、この後はゴードンとの約束があるのだ。


「ごめんなさい。行くわ」


 本を棚にしまい、ニコに歩み寄る。


「ありがとう、ターニアさん。いろいろお話を伺えて、参考になりました」

「いえ……よろしければ、またぜひ」


 分厚い本を胸元に抱えたターニアは、目尻を垂らして微笑む。


「司書の人ともこんなにすぐに仲良くなって、すごいわね、ニコ」

「そう? 普通だよ」


 私が図書館に通っていた頃は、連日訪れて、漸く司書の女性と話す仲になったというのに。たった二回の訪問で、にこやかに話す仲になれるなんて。


「優しい人だったよ。俺、イリスの書いた魔法書、探してもらったんだ」

「えっ……」

「ああ、大丈夫。妻と同じ名前だから気になる、って言ったんだ。イリスが、『そのイリス』だなんて、話してないよ」

「いや、そうじゃなくて……」


 自分の書いた魔法書。心当たりは、いくつかある。


「面白かったよ。『水中で生きる方法百考察』だよね。小さい頃、魚になりたかったって」

「冒頭からしっかり読んでくれてありがとう……」


 当時の私は、ベーシックな魔法書はいくらでもあるからと、人があまり書かない分野の魔法について記していたのだ。自分が幼い頃抱き、「叶わない」と無碍にされた、純粋な夢を叶えるための魔法について。


「面白かったよ。いろいろな意味で」

「……そうよね」


 書いているうちに筆が乗り、今思い返せば恥ずかしいようなことも、文字で残ってしまっている。

 溜息をつく私の体が、ふわりと持ち上げられた。


「じゃあ、行こうか」


 横抱きの姿勢で、ニコは空に浮かぶ。夕暮れ時の空は、大きな虹色に染まっていた。

 私の乱れた心が僅かに癒され、そして私たちは、詰所の方へ向かっていく。

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