表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/73

1-27.イリス式スパルタ指導

「こんにちは、ラルドさん」

「おや……今日はお早いですね。おかえりなさい」


 ラルドとの挨拶も、ずいぶんと抵抗なくできるようになった。にこやかに声をかけると、にこやかに返ってくる。これほど単純なことが、しかし私は苦手なのだ。


「今日も綺麗な花ですね。いつもありがとうございます」

「ああ……こんなご時世ですからね。花を見ると、心が和むのですよ」


 ラルドは、ニコが指摘した赤い花に目をやり、目尻を下げる。

 単なる世間話でも、ニコは私より一言多い。その一言が、関係を作る上では大事なのだろうなあ、と思う。思うことと、できることは全然違うんだけどね。その点では、私は完全にニコに劣っている。現代の常識から外れた私が、この街にそれなりに適応できたのは、間違いなく彼のおかげだ。



「……さて」

「魔法を使うのに、部屋で良かったの?」

「良いわ。大掛かりな魔法を使ってもらうわけじゃないもの」


 部屋に戻り、私はベッドに腰掛けて、まだ立っているニコと向き合う。


「ところで、この部屋、暑くない?」

「……まあ、そうだね。もう慣れたけど。それ用の服も買ったし」


 王都の空気は乾燥していて、日陰は涼しい。外と比べれば室内は過ごしやすいものの、窓から差し込む日光によるものか、それなりの暑さがある。

 ニコは、先日購入した王都仕様の涼しい服を示し、そう答えた。


「でもね、空気を冷たくする方法があるのよ」

「そんなものがあるなら、皆涼しくしてると思わない?」

「どうして広まっていないのかしらね。私が考えたときには、教えた人は皆やっていたのに」


 暑い夏、寒い冬。季節の移ろいは美しいが、それぞれの気候に応じて、せめて身の回りは快適にしたい。そんな願いから、私は二種類の魔法を取り混ぜて、温度を変えることもよくしていた。

 研究仲間には方法を教えて、夏には冷えた研究室で、温かいスープを飲んでいたものだが……一般化はしなかったらしい。残念ながら、こんなことばかりだ。


「イリスが、考えた……?」

「それで、方法はね」


 顔を引きつらせておののくニコの大袈裟な反応をよそに、私は話を続ける。

 温度自体を、魔法で操作することはできない。魔法を使うとき、何かを出すことはできても、例えば熱を吸収して温度を下げるような、「収める」ということは難しい。

 ただし、風を出し、その風に微細な水(氷なら尚良い)を混ぜることによって、その風が当たる部分の温度を下げることは可能なのだ。広範囲に影響を与えるなら、それなりの魔力と精神力を要する。ただし、この部屋程度なら、ニコひとりでも充分冷やせるはずだ。


「氷って出せる?」

「それは、一応……こんな感じで」


 音も立てず、ニコの出した手のひらに小ぶりな氷が現れる。ごろんとした、歪な形の氷。


「ちょうだい」

「え? いいけど」

「……ふめたくて、おいひい」


 ニコにもらった氷を、ぽんと口に放り込んだ。がりがり。奥歯を使って、冷たい氷を齧る。口内がひんやりと冷えて、心地よい。


「もっと小さくして。見えないくらい」

「えぇ……見えないくらい……?」


 がりがり。

 ニコは難しい顔をして、また手のひらに氷を出す。先程よりは小さい、豆粒ほどの大きさ。氷は、ニコの手の温度に温められ、すぐに溶け始めた。


「……イメージがつかない」

「そうねえ。この辺りにたくさんある、砂の大きさを目指しましょう」

「すぐ溶けちゃわない?」

「いいのよ。それで涼しくなるんだから」


 氷の残滓をごくりと飲み込む。冷たさが、すっとお腹まで落ちていった。うん、快適。

 ぱらぱらと軽い音がして、ニコの足元に砂粒のような、きらきらと輝くものが落ちる。一瞬のうちに、それはすっと消えて床に染み込んだ。


「そうそう、そんな感じ」

「これ……疲れるね……」

「イメージするものが、細かくて見えないから」


 想像力を働かせながら魔法を使うのは、頭の疲れるものだ。しかも今回、ニコは見たこともない、目に見えないものを想像して作り出そうとしている。


「ちょっと、休憩」

「だめ。続けて」

「え?」


 椅子に座って休もうとしたニコを、そう言って止める。きょとん、とした顔で見られた。

 辛くなってきた段階を超えて、魔法を使い続けることは、なかなかに疲弊するものである。それを知っていて、敢えて続けさせることには、別の意味があった。


「窓から入ってくる光を見ると、埃が見えない?」

「見えるね」

「次はこの大きさまで、小さくして」

「しんどいね……」


 埃に混じって、きら、と何かが光る。ニコが出した氷の粒は、すぐに溶ける。儚いのだ。


「イリス、ちょっと」

「次は、今の半分をイメージして。次はその、半分。それで終わりで良いわ」

「わかったよ」


 ここまで来ると、起きていることは、もうほとんど目では認識できない。成功したか、失敗したかの判断は、ニコにしかできない。


「……気持ち悪い」

「手を貸して。魔法を使ったままね」

「……うん」


 ニコが気持ち悪いのは、いつもと違う魔法の使い方をしたからだ。私は一瞬、ニコの手を魔孔に触れさせ、すぐに離した。今は、それほど大量の魔力を、ニコに流す必要はない。

 たくさん使い慣れていないだけで、体内には、魔力はたくさんあるはずなのだ。


「……ありがとう。ちょっと楽になった」

「半分の半分、までできた?」

「あと1回。……たぶん、できたと思う」


 ニコは、顔色が少し青くなっている。魔力を僅かに戻したから体調が戻ったとはいえ、まだ辛いのだ。


「じゃあ、その氷の粒を、そうね……ここから、ここまで。満遍なく広げて」

「広げる……?」

「風の魔法を出すのよ」


 ふわ、と風が吹く。あまり冷たさはない。


「これは風だけ?」

「そうだね。難しいな……同時になんて、出せるの?」

「できるわよ。時間差をつけようとしないでね。同時に出すのも、練習だから」

「うーん……」


 ふわ、と風。一拍おいて、そこに冷気が乗る。


「惜しいわね」

「同時に……」

「氷を出す、と風を出す、を別々の動作だと思ってる? 冷たい風を出す、っていうイメージを持つといいわよ」

「なるほどね」


 次に頬を撫でた風は、涼しいものだった。


「できたかな? 今」

「できたわ! 涼しかったもの」

「良かった……もう、おしまいだよね」


 どさ、と椅子に腰掛けるニコ。疲れた様子で、軽く項垂れる。


「まだよ」

「……えっ?」

「魔法をたくさん使って、魔力の使える量を増やすのよ。だから、まだ。手を貸して」


 素直に出してきたニコの手を取り、また一瞬、魔孔に当てる。

 魔法を使っていて具合が悪くなるのは、普段使い慣れていない量だから。人間はそれなりの量の魔法を蓄えられるようにできている。個人差はあるが、ニコだって、まだ使えるはずだ。

 使い慣れていないと具合が悪くなるということは、端的に言うと、使え慣れればたくさん使えるというわけである。

 私の今日の目的は、そちら。涼しくなればいいという下心があったのは認める。ただしそれは、あくまでもおまけであり。魔法をとにかく使って、魔力をできる限り消耗させることで、使える魔力を増やしたいのだ。


「イリス、今日はずいぶんスパルタだね……」

「いつもそうでしょ」


 げんなりするニコ。可哀想ではあるけれど、これは、必要なことである。


「さ、続けるわよ」


 彼の疲れた顔から敢えて目を逸らし、私はそう促した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ