1-26.これからのこと
「戻りましたぁ! あっ、イリスさん、ニコラウスさん!」
「ただいまー」
リック、キータ、ミトスと六人の砂出したちが、どよどよと帰ってくる。途端に室内は、砂埃がむわっと立ち込めた。
「おかえり。首尾はどう?」
「ばっちりですよ! 皆、風で砂をまとめられるようになりました」
「ミトスはまだ、水しか出せないけどね~」
「そう。皆、すごいねえ」
茶々を入れるキータを流して、ニコが感心する。たしかに、彼らはすごい。自分たちで、魔法を活用できるようになったのだから。
「ちょっと、地図を見てもらえる? ゴードンさん、お願いします」
「おう。皆、これからの体勢についてだが……」
説明は、ゴードンに頼んだ。私とニコはあくまでも一介の砂出しである。ゴードンはきりりとした口調で、端的に今後の方針を説明する。
「……というわけで、王都のそれぞれの区画を、ふたりで担当していく」
「それ、できるかなぁ」
ぼそり、と呟くキータ。口には出さないが、他の砂出しも不安を抱いているのがわかる顔つきをしている。
「できるわ」
不安を払拭できるよう、私はきっぱりと断言した。
「魔法を使えるようになったんだもの。それに、毎日全部を回る必要はないんだから。自分たちでペースを決めて、満遍なく回ればいいのよ」
「……そっか、一日で全部やらなくていいんだね」
「で、その組み合わせだが、俺からの提案としてはだな……」
キータが安心したような表情に変わったのを見て、ゴードンは話を続ける。
「……で、リックは、ジャックとだ」
「やっぱり! 俺、絶対嫌ですよ!」
「うるさい。つべこべ言うな」
きいきいと喚くリックは、ゴードンに睨まれ、一瞬で静かになる。
「だってあいつ、口煩いんですよ……」
「だからだよ。丁度良いだろう」
「どういうことですか……」
しゅん、とうなだれる。リックの反応はわかりやすい。
「ジャックって誰?」
「リックの双子の弟。真面目な奴だよ」
「双子の、弟……?」
リックと、出会ったばかりの時に交わした会話を思い出す。
「リック、あなた四人兄弟の長男だって」
「長男ですよ。あいつは弟ですから」
ぶすっとした顔で答えるリック。ご機嫌ななめだ。よほど、ジャックと馬が合わないのだろう。
「あと、不満のある奴はいるか? ……いないな。では、後は各々、働いてくれ」
「あっ、ひとつだけ教えさせて」
話がまとまったところで、私は挙手して注目を集めた。
「暫くは全体の様子と、特に大変そうな王都の中心部は見るようにするけど……これからは、私がいつも近くにいるわけじゃないから。起こりそうな事態を教えておくわね」
九つの目が、こちらを見る。力のある視線だ。意欲を感じる。
私は、魔力の使いすぎと、それによって体調不良が起こる可能性があること、それは病気ではなく、待っていれば治ることを教えた。
「……すぐに治す方法はありますか」
「残念ながら、皆に治せる方法はないわ、ミトス。じっと耐えるだけ。まあ、それも経験だから」
私は、魔孔から魔力を抜いてもらうことでニコの魔力を回復させられるが、それは特例である。基本的には、他者から魔力をもらうことはできない。自然回復に任せるだけだ。
「それを乗り越えると、使える量が増えていくの。皆は今まで魔法をほとんど使ってきていないから、そんなに多くは使えないのよ」
人間の体は、生命に関わる量の魔力は使えないようにできている。体調不良はその危険を知らせるためのサインだ。しかし、ニコや彼らのように魔法を使わないと、それがかなり早い段階で現れてしまうことがある。
「これで、解散。皆、王都に砂がなくなるまで、頑張って稼ぎましょうね」
砂出しは、成果報酬。砂を出す速度が上がれば、それだけ収入が上がる。金銭の話を出すと、何人かの目がきらっと光った。良いことだ。お金にしろ、何にしろ、目的があると成長は速い。
その後の動きは、ペアによって様々。早速仕事に向かうペアもあれば、今日の分の報酬を握りしめて出て行くペアも、あっさりと解散するペアとある。ばらばらに出て行った彼らの後に残されたのは、私と、ニコと、ゴードン。
「リックは帰らないの?」
そして、リックである。
「ほんとーに、俺、ジャックと組むんですか?」
「仕方ないだろう。あいつは、お前のためにこの仕事をしてるんだから」
「頼んでねえのに……」
「何が嫌なの?」
ゴードンが無碍にあしらい、舌打ちするリック。私が質問すると、彼はぱっとこちらを向いた。
「あいつ、魔法使えるくせに、砂出しなんてやってるんですよ! 鼻持ちならねえ!」
「なんで砂出しをしてるの?」
「知りませんよ」
未だ不機嫌なリック。ゴードンが「リックのせいなんだよ」と補足した。
「その話はしなくていいですよ!」
「リックは大家族なんだが……初任給を、ほら、何に使ったか言ってみろ」
「……初日に、全部色街に突っ込んだ」
「ふっ」
ニコが控えめに吹き出す。
「わっ……笑わないでくださいよ!」
「しかも、ぼったくられたんだ、リックは。良い思いは何にもしてねえ」
「隊長!」
髪の色と同じくらい顔を赤くして、リックは目を見開いた。
「それで、見張るつもりで砂出しになったのね」
「ああ。ジャックは魔法が使えるもんで、他と掛け持ちしてるから、そう頻繁には来ないけどな」
「ずっと来なくていいんだよ」
リックは、唇を尖らせて悪態をつく。子供みたいだ。
「それは確かに、リックと一緒にしてあげないといけませんね」
「だろう、ニコラウス。仕方ないんだ」
「くっそ……」
悔しげに唸るリックだが、今、彼に賛成するものはここにはいない。
「リックが一人になることも多いなら、できるだけ力を貸すわ。……ニコが」
「イリスは?」
「私は、知恵は貸せるけど、力は貸せないもの」
リックは、砂の多い、王都の中央部を担当している。彼一人では、さすがに荷が重い。軌道に乗るまでは、私たちも一緒に活動した方が良さそうだ。
「また明日ね、リック」
「……はい」
「頑張れよ」
「ありがとうございます」
まだ不貞腐れているリックを詰所に残し、私たちも出発した。まだ日は高い。とりあえず今日は、砂出しの仕事はもう良いだろう。
「ニコ、この後やりたいことはある?」
「特にないけど……なんで?」
詰所の辺りは、先程彼らが魔法の練習で使ったのだろう。砂がほとんどなく、石造りの道が出ている。
「魔法の練習の、続きをしようと思って」
「ああ……その前に、腹ごしらえだけさせてくれる?」
ニコのはにかんだ顔は、私の提案に対する嫌な感情を、微塵も感じさせない。私自身、わりとスパルタで魔法を仕込んでいると思うのに、タフなものだ。
「もちろん」
向かうは、いつもの料理店。作業服をきちんと脱いで入店した私達は、美味しい昼食を、満足のいくだけ食べることができたのだった。




