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1-23.新しい魔法

「なんだか、毎晩悪夢を見るのよね」

「へえ。どんな?」


 小さな窓から朝日が差し込み、室内に舞う埃がきらきらと輝く。ラルドが用意してくれた朝食のリンゴを齧りつつ、私は首をぐるぐると回した。


「大蛇に巻き付かれる夢。今日は首をやられたわ」

「大蛇……」

「そう。寝てる時、うなされてない? 私」

「いやあ……」


 ニコはいつも、私より先にベッドを出ている。寝ている時の様子も知っているのではないかと思って聞いてみたのだが、目をそらされてしまった。


「気にしなくていいと思うよ」

「ニコがわからないなら、気にしても仕方ないわね」


 寝ている間の様子なんて、自分ではわからない。あいにく私は、夢占いとか、そういう類のことにも疎い。実際、ニコがわからないなら、何もわからないのだ。


「いってらっしゃいませ。今日も暑くなりますから、お気をつけて」


 ラルドに見送られ、まだ僅かに夜の涼しさの残る早朝の街を、詰所に向かって歩く。もう、通い慣れた道だ。いつもすれ違う人に笑顔で会釈するニコを見て、相変わらずの人当たりの良さに感心しているうちに、詰所についた。


「おはようございます!」


 リックの威勢の良い挨拶に出迎えられ、詰所に入ると、昨日会ったミトス・キータ以外にも、揃いの作業服を着た男性陣が揃っている。


「……すごい、ほとんど全員揃ったのね」


 数えれば、九人。砂出しは全部で十人と聞いているので、ほぼ全員参加だ。


「俺が集めたんですよ!」

「さすがね」

 

 褒めてください、と言わんばかりの口ぶりのリックに、期待通りに褒め言葉を返すと、彼は「へへっ」と照れくさそうに反応する。


「悪いな。本来の砂出しの仕事じゃないことまで、お前達に頼んで」

「いえ。それで作業効率が良くなるなら、全然構いません。むしろ、口出しさせてくださって、ありがたいくらいです」


 ゴードンの言葉にそう返す。実際、砂出しには、今まで行われてきた彼らなりのやり方があったのだ。今までのやり方を変え、新しいことを試みようというゴードンの姿勢は、なかなか取れない。


「リック、ミトス、キータ。今日は三人が、協力して、他の六人を教えてあげて」

「わかりました! じゃあ、俺はそっちの二人を……」

「待って、リック。今日は分担しないで」


 意気揚々とグループ分けし始めたリックを制止する」


「俺、なんか間違ってました……?」

「そういうわけじゃないから、大丈夫」


 途端にしゅん、と耳を垂らした犬のようになるリックをなだめ、私は説明を加える。


「三人で、六人を教えるの。誰が誰、とかじゃなくて、互いに経験や考えを持ち寄って」

「どうしてー? 今日は二人は。どうするの?」

「ちょっと、王都全体の様子を確認したいの。それぞれの場所の砂の状態なんかは目で見ないと、わからないから」


 昨日、王都の地図を眺めながら十人の分担について考えていた私は、「実情を見て確かめないと確定できない」という結論に達した。ニコの持っていた地図は非常に有用ではあったが、もう九十年以上前のものである。参考にして判断するには、少し古すぎる。


「砂やばいところはやばいよね、場所によっては、砂に埋まりかけてるところもあるし。ねえ、ミトス」

「ああ……自分たちも、なかなか手が回らないんだ」


 さもありなん。魔法なしで、砂を小さいスコップで掬っているだけでは、砂出しは遅々として進まない。


「乗り物を頼むんですか? 広いですもんね」

「いいえ。使わないわ」

「えっ。歩くんです? 一回りするだけでも、日が暮れますよ」

「ニコがいるから、すぐ見てこられるわ。皆は練習してて」


 納得のいかない顔をしているリック達を詰所に置いて、私はニコを連れて外に出る。


「俺がいるとすぐに見てこられるって、どういうこと? 俺、そんな魔法知らないよ」

「今から教えるのよ。今日は、空から街の様子を観察するわ」

「空から……?」


 混乱しているニコは、ぐっと首を傾け、天を仰ぐ。雲ひとつない、青い空。徐々に高くなってきている、眩しい太陽。相変わらずの良い天気だ。王都は本当に、雨が降らない。

 青い空を背景に、一つの黒い影が走った。両側に大きな羽を広げた鳥である。悠然と、滑るように空を飛び、その姿は遠くなっていった。


「見た? 今の」

「今の……? 何のこと?」

「鳥よ」

「見たけど」


 私はもったいぶって人差し指を立て、それからこう言った。


「今日は、あの鳥のように、空を飛んでもらうわ」

「……」


 暫し、沈黙。

 ニコは首を傾げる。


「どういうこと?」

「そういうことよ。空を飛ぶの」

「空なんて飛べないよ。王都にはそういう、何かがあるの?」

「皆、空を飛ばないの?」


 確かに風を操って空を飛ぶ方法は、コントロールを誤ると落下の危険性があるため、それに長けたものでないと気軽にはできない。それでも、私や仲間のような奇特な人間はいくらか存在していて、王都を歩くと、空を飛んでいる人の姿を見ることもあった。

 そういえば、この肉体で王都に来てから、飛ぶ人間は一度も見ていない。


「飛ぶわけないじゃないか」


 ありえないと決めつける、ニコの態度。


「そう……」


 風の魔法で空を飛ぶ文化は、この九十年の間に、廃れてしまったわけだ。ちょっとがっかりしたが、それならそれで良い。


「何にせよ、今日はニコに飛んでもらって、空から街を見たいの」

「ええ……歩いていかない?」

「歩いたら日が暮れるって、リックが言ってたでしょ」


 気が乗らない様子のニコではあるが、私は譲らなかった。一度飛んで見れば、臆す気持ちなどなくなる。空を飛ぶということは、気持ちの良いことなのだ。


「とりあえず、私を打ち上げるところから始めるから」


 詰所を少し離れ、人通りの少ない空き地まで移動してきた。いきなり二人を飛ばしてもらおうとは、私も考えていない。ニコはイメージして感覚を掴むのがうまいからすぐ飛べるようになるだろうが、まずは、初歩的なところから始めて不信感と恐怖感を取り除かないといけない。


「いつもニコって、風を出すときは、どんなイメージで出してる?」

「砂山を散らすときは、目線の先から風が吹き始めて、そこを中心に渦巻いていくようなイメージで……」

「なら、今日は私の足元から風を起こして」


 ニコが私の靴に目を落とす。王都仕様の、底のやや厚い靴。私の体は、足も小さい。


「どんな風?」

「下から吹き上げる風で、私を持ち上げるのよ。この靴の、底だけに、強い風を当てて。風が地面の代わりになって、足元から上がっていくのよ」

「……やっぱり、怖いな。加減を間違えると、イリスは飛んでっちゃうんでしょ?」

「このやり方なら、上にしか飛ばないから。危なかったら、ニコが受け止めてよ」


 練習の上でひとつ問題があるとしたら、私が魔法を使えないことだ。事故が起きたとき、普通なら自分で風を出して衝撃を緩和できるのだが、私にはそれができない。

 ただ、ニコなら機転を利かせて、上手くやってくれるだろう。そういう信頼感もあって、私は今回、ニコとともに行く空中散歩を計画したのである。


「イリスも、まずいと思ったら言ってね」

「はーい」


 心を決めたらしい。ニコは真面目な顔つきで、私の足元をじっと見ている。風が、スカートの裾をふわっと巻き上げた。直下から吹いてくる風。靴の底をぐっと押される感覚があった。バランスを崩さぬよう、両足に均等に力をかける。

 ふわっ。

 足元から、地面が消えた。確かに、体が持ち上がっている。浮き上がった体は、風を受け、近くの家の二階窓付近まで到達した。


「あっ、まずいわ」


 窓にぼんやり映った私の姿は、スカートが強風ではためきまくり、ちょっと際どい状況であった。靴の底を押し上げる風は、靴の脇から上部に抜け、スカートや私の髪をはためかせていたのである。慌ててスカートは押さえたが、そうした動きをしても危なくないくらいには、安定感のある風が吹き上げていた。


「下ろすよ」

「はあい」


 ニコの声が、下から聞こえる。返事をすると、高度が徐々に下がった。風が緩まり、ふわ、と軽く着地する。


「着地が上手いわね。何の衝撃もなかった」


 浮かすことよりも、下ろす方が難しい。風を微妙に調整して、勢いを徐々に減らし、最後は優しく下ろさなくてはならない。ニコはそんな高度な着地を、初回からしてみせた。


「俺の風が、本当にイリスを飛ばせるとは思わなかった……」

「できるのよ。ニコは想像するのが上手いから、これくらいはね」


 ニコは、先ほど私が飛んでいたあたりを、呆然と見つめている。


「今度はニコが飛ぶ番よ。出来るだけ高く飛んでね」

「出来るだけ?」

「そう、出来るだけ。例えば、さっきの倍の高さとかね」


 敢えて笑顔でハードルを上げると、ニコの表情は軽く引きつった。

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