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1-20.ニコとリックの魔法指導

「おはようございます」

「お、来たな。皆、彼らがイリスと、ニコラウス。リックに魔法を教えた二人だ」


 朝。詰所に出勤した私たちを、ゴードンと、同じ作業服を着た三人の若者が出迎えた。


「おはようございます! 俺、あのあと練習して、もう砂の移動はばっちりなんですよ!」


 そのうちのひとりは、リックである。今日も、見えない尻尾をぶんぶん振った大型犬のようだ。

 リックの隣には、金髪の少年と、青い髪の青年。目が合うと、金髪の少年は、白い歯をにかっとむき出して笑った。


「僕、キータ! お姉さんに教わったら、魔法を使えるようになるんだって? 僕、魔法全然使えなくって、力がないのに砂出しやってるからさ。リックみたいに、僕も教えてほしい!」


 屈託のない言い方が、かえってさっぱりしている。


「で、こっちがミトス! ねえ、挨拶したら?」

「自分も……ぜひ、教えを請いたい、と」

「ミトスはちょっと喋るのが苦手なんだけど、悪い奴じゃないから!」


 動と静。明と暗。そんな言葉がしっくりくる、対照的なふたりである。


「よろしくね。私は、イリス」

「俺はニコラウス。と言っても、俺は君たちみたいに魔法が使えなくて……つい最近イリスに魔法を教えてもらったんだけどね。リックと同じ」

「じゃ、よろしく頼むよ」


 自己紹介を終えると、ゴードンの一声で、私たちの即興魔法教室が始まった。


「まずは、ふたりがどのくらい魔法を使えるのか、教えてほしいわ。ニコとリックも、よく聞いておいて」

「僕の魔法は、火を起こすの専用なんだよ」


 鼻の下を人差し指で擦って、キータが言う。


「そう。料理するときに、火をつけるでしょ? ちょっと見せてあげる。隊長、キッチン借りるよー」

「おう」


 詰所には、簡易的なキッチンも備え付けられている。キータは鍋を手に取り、「水を出して」とミトスに頼んだ。水がばしゃ! と宙に現れる。ミトスは器用に鍋を動かし、落下中の水をいくらか、鍋の中へ入れた。息のあった連携である。

 網の下に、燃える炎が現れる。燃焼させるものが特にないのに燃え始めるのは、それが魔法だからだ。炎が揺れているのは、燃えかたを調整するために、風が吹いているから。キータは、風をうまく調整して火を持続させているのだ。

 強火で熱された鍋は、すぐにぐらぐらと湯を沸かす。そこでキータは、私たちを振り向いた。


「……こんな感じかな。小さい頃に、母の煮炊きの手伝いをしててさ。魔法で火起こしをしてたから、それしかできないんだ」


 キータに起きているのは、リックがスカートめくりにしか魔法を使えなかったのと、同じ。自分で、ある目的のために魔法を使っていると、そこで限界が定められてしまうのだ。


「で、ミトスは、水しか出せないんだよ」

「……そうです。自分は、水は出せるのですが……出せるといっても、今みたいに、場所も、量も、調整が効かなくて……」


 確かに今、ミトスが出した水は、関係ない宙に現れた。キータが上手く鍋で掬ったものの、溢れた水は大量に床にこぼれている。ゴードンが嫌な顔をしないあたり、これは日常茶飯事なのだろう。

 イメージが足りていないのかもしれない。ふたりの話から、私はある程度の原因を予測した。


「ニコ、リック、ちょっと来て」


 そこまで済むと、私はニコとリックを詰所の外へ呼び出した。扉の外で顔を寄せ合う。


「なに? イリス」

「今日、魔法を教えるのは私じゃないわ。二人にお願いしたいの」

「えっ! 無理ですよ、俺、自分のことで精一杯なんですから!」


 仰け反るリック。私は首をゆるりと振った。


「だからよ。人に教えるのは、上達の近道なの」


 それに、人にできることは、人に任せたい。砂出しの仕事がある程度軌道に乗ったら、私は別の目標に向けて動きたいと思っている。口には出さなかったが、そのためには、最終的にはリックが、ある程度人に教えられるようになる必要がある。


「リックは、スカートをめくるためにしか魔法を使えないじゃない?」

「使えなかった、です。もう使えますから!」


 目尻を吊り上げて憤慨するリック。ニコが、「あれから、めくるためには使ってないよな?」と口を挟んで彼の目尻をさらに上げさせた。


「キータは、リックと似てるわよね。火起こしのためにしか、魔法を使えない、ってところが」

「そうなんです。大したことない目的にしか魔法を使えない奴って、砂出しにも多いんですよね」

「だからキータは、あなたが教えて。リック、昨日私がやったみたいに、どうしたら使える範囲を広げられるのか、考えるのよ」

「えぇ……」


 キータは、火を揺らすために魔法で風を出していた。風が出せるのなら、あとは目的の縛りを緩めればいい。


「で、ニコはミトスを教えてあげて。たぶん、イメージの問題だと思うから」

「彼は、風の魔法はあまり使えない感じだったけど」

「そうね……砂出しの仕事って、砂を出せばいいんでしょう? ミトスの場合は、水で洗い流す方向で考えた方が良いかもしれないわ」


 得手不得手は、誰にでもある。生まれつき、特定の魔法が使えない人も存在する。できないことを無理にやらせるより、得意なことを伸ばした方が良い場合もあるのだ。


「とにかく、ニコはイメージを持つコツを掴んでいるから、それを教えてあげて」


 昨日の砂出しでもわかったように、ニコは自分なりに、どの程度までイメージを固めれば魔法を使えるかを掴んでいる。リックにも教えていた。同じことを、今度はミトス相手にやってもらおう、という訳だ。


「やってみるよ」

「イリスさんは、教えてくれるんですよね!」

「もちろん。近くで様子を見てるわ」


 直接教えないのは、いずれ手を引くため。それは、すぐというわけではない。私はリックにそう約束し、皆で部屋に戻った。


「作戦会議は終わったわ。では、始めましょう」

「ミトスさん。とりあえず、この外で練習しましょう」

「キータ、俺たちも行くぞ」


 ゴードンに挨拶をし、皆で詰所を出る。すぐ外の、少し開けた空き地に、ミトスとニコ、キータとリックが、それぞれ向かい合った。


「この水筒に、水を出すところからやってみよう」

「いや……水筒に入れるのが、できないんです」

「やり方さえわかれば、できるよ。俺だって、初めはこの水筒にいっぱいしか水を出せなかったけど、イメージ次第で、もっとたくさん出せるようになったんだ。大丈夫、やってみよう」


 励ましながら進めるニコは、まずは「狙いを定める」というところを、丁寧に教えている。やはりニコは、段階に分けて説明するのが上手い。


「キータって、火を起こすためには、風を使えるんだろ? なら、あの太陽を大きな火だと思って、風を起こしてみようぜ!」

「ええ……そんなのでいいの?」

「いい、いい。俺が風の魔法を使えるようになったのも、最初はニコラウスさんが、スカートを履いてくれたところからだし」

「どういうこと……?」


 対してリックは、勢い押し、といった雰囲気。キータは訝しげだが、太陽を火に見立てるという発想は、悪くないと私は思う。


「リックが言っているのは、良いアイディアだと思うな」

「ほら! イリスさんも言ってるだろう、あれを火だと思って、やってみろって!」

「そうなの? やってみるけど……」


 キータは太陽をちらりと見上げ、眩しそうに目を細める。


「おお!」

「できた!」


 歓声は、二つ同時に起きた。水筒の中から水があふれさせたミトス。「ねらいを定める」というのが、うまく行ったのだ。キータは、斜め上方向に緩く風が吹き、感動の眼差しを向けている。

 ひとつ成功すれば、あとはとんとん拍子に進むはずだ。私はその後の展開をニコとリックに任せた。


「完璧な仕事ができたよ! ねえミトス、こんなに早く、こんなに綺麗にできるなんて、思わなかったね! ありがとう!」

「ああ……本当に。ありがとうございます」


 最終的に、キータが大体の砂を風で巻き上げ、ミトスが水で洗い流すという方法で、地面の上に砂がほとんどない状況を作り出すことができた。水で流すと、残った砂まで排出されるので、見違えるように綺麗になる。

 キータもミトスも、達成感のある顔つきをしていだ。


「俺、教えるの上手かったですよね?」

「上手かったわ。ニコも、さすがだったわね」

「リックに教えたのが、役に立ったよ。俺、人に教えるのは、やっぱり好きかもしれないな」


 達成感のある顔をしているのは、二人だけではない。教えたリックも、そしてニコも、満足そうな顔をしている。

 人に教えるということは、全く無駄にならない。自分の学びにもなるし、教えた相手が上手く行ったら、こちらまで喜びを感じられる。


「じゃあ、戻りましょうか」

「ひと現場終わったのに、こんなに明るいなんて、最高だね!」


 キータが嬉しげに空を見上げる。青い空。日はまだ高い。

 今までは手作業で、重いスコップを操り、ひと掬いずつ進めていたのだ。その作業が、魔力の消費だけで、しかも短時間で終わるようになったのである。砂出しの働き方が大きく変わるのは、間違いない。

 私自身も、自分の計画が予想以上に上手く流れていることに満足感を得ながら、詰所への道を歩んだ。

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