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1-18.リックの砂出し

「……と、いうわけで、戻ってきたわけだけど」


 私とニコ、リックは、先程の砂山のところへ来ていた。近くには、外と王都を隔てる壁。練習にはうってつけのコンディションである。


「俺、カーテン揺らしただけですよ」

「スカート以外のものを対象に風を出せたんだから、もう充分よ」


 一度壁を超えたら、その後の成長は著しい。誰だってそうなのだ。リックもその例に漏れず、これから力を伸ばしていくに違いない。


「リック、あの砂の山を見て。風の力で砂を動かす、イメージを持ちましょう」

「風で、砂を……」

「ニコ、どんな風に想像したらうまく行くのか、リックに教えてもらえる?」

「俺が?」


 完全に傍観者と化していたニコは、突然話を振られ、素っ頓狂な声を上げた。


「そうよ」


 人に教えるということは、最大の学びだ。私自身、たくさんの魔導士に魔法を教える中で気づいたことがたくさんあった。ニコも、リックに教える過程で、さらにコツを掴めるはずだ。


「そうだなぁ……まずは、風で渦を作るところからだな。砂は気にしなくていいから、起点をあの辺にイメージして……」


 ニコは、魔法を使う段階を紐解き、ひとつひとつ丁寧に教えていく。起点を定めて風を出し、そこを中心に風の渦を組み立てていく。砂を巻き上げる。上方に砂をためる。風の渦を曲げ、先端を外に出すことで砂を放出する。

 ただ「風で砂を外に出す」と言うのは簡単だが、そこにはさまざまな過程がある。それらを噛み砕いて教えるニコの説明はわかりやすく、最初は暗かったリックの顔が、徐々に明るくなっていった。


「難しいですね、それ!」

「そう。イリスは簡単そうに言うけど、難しいんだよな、そこまで細かく想像するのって」


 難しい、と言いつつも、ニコもリックも瞳に力がある。乗り越えられる壁が目の前にあるとき、人はむしろ、奮起するのだ。絶対乗り越えられないと思うと、やる気がなくなっちゃうけどね。


「俺、やってみますね!」

「失敗しても大丈夫だから。俺も1回目は、イリスの頭に砂を降らせたし」


 さらにニコは、失敗を見越してフォローも入れる。


「教えるのが上手いわね」

「まあ……田舎のちびたちに、釣りの仕方とか、ちょっとした書字や計算なんかを教えていたからさ」


 褒めると、彼はそう言って頬をかいた。

 ニコは勉強熱心な性質らしい。田舎に住んでいて、書字や計算ができるようになるには、自主的に学ぶ必要があっただろう。向上心があることは、良いことだ。自ら能動的に学び続けることで、頭打ちにならなくなる。


「おお! できました……ああっ!」


 大きな声でリックが叫んだので、私とニコは、揃って彼に視線を向けた。その瞬間、砂の山がリックに降り注ぐ。


「嬉しくて、集中が途切れたんだな」


 冷静に補足するニコ。ニコの言葉通り、リックはひとしきり砂を払った後で、ひまわりが咲くような笑顔を浮かべた。


「俺! ニコラウスさんみたいに、できましたよ!」

「ほんとね。さすがだわ、リック。あなたならできると思ったのよ」

「ちょっと、もう一回やってみます!」


 こちらから促さなくても、また挑戦する。リックは輝く目で砂山を見つめる。先程ばらまいてしまったので、やや小規模になってしまった。今度は、風の渦を上手く操って、その砂を巻き上げて壁の外へ出す。


「……できたぁ!」


 そして、両手を高く、力強く掲げる。


「すごいわ!」

「これでリックも、人生変わるな」

「……はい! ありがとうございます、イリスさん!」


 リックは、私に握手を求める。砂でざらついたその手を握りながら、私はニコを横目で見る。


「リックに教えたのは、ニコだわ。スカートも履いてくれたし」

「そうですね! ニコラウスさんも、本当に、ありがとうございます!」


 ニコにも握手を求め、ぶんぶんと手を上下に振るリック。


「ちなみにニコは、最初に失敗して砂を撒いたあと、その砂も回収して外に出したのよ」

「……ああ、なるほど!」


 今回、リックはそこまで気が回らなかったようで、先程降らせた砂が地面に薄っすらと積もっている。そのことを指摘すると、リックは頷いた。


「じゃあ俺、これもやってみます」


 もう、手慣れたものである。リックの生み出した風は渦を巻き、地面に積もった砂を丁寧に取り除いていく。最後に壁の外へ砂を出し、作業は終了。


「イリスさんのおかげで人生が変わるなんて、大袈裟だって思ってましたけど……本当でしたね! 俺、今、凄い感動してます」


 スキップみたいに軽く跳ねながら、詰所への道を戻る。リックはにこにこしながら、ひっきりなしに話をしていた。


「だろう?」

「ニコは大袈裟なのよ。人生が変わったのだとしたら、私のおかげじゃなくて、自分の力なのに」


 私は、自分を信じることと、イメージをもつことの手伝いをしただけ。大したことはしていない、という自覚はある。彼らの力を、引き出しただけなのだ。


「俺は、イリスのおかげだと思ってるよ」

「羨ましいですよ、ニコラウスさん! 俺もこんな、賢くて、可愛い奥さんが欲しいです!」


 きらきら輝く瞳で、リックは言う。そうそう、私は便宜上、ニコの妻を名乗っているのだった。こんなに素直に喜ぶ彼を、そう言って騙したのは、今となっては良心の呵責がある。

 ただ、それ以外の関係性を名乗ろうとすると、何かと面倒なのだ。あったことを正直に話したとすると、まず「空の肉体に自分の精神が宿った」という時点でおかしいし、「死んでいるはずの女の子が生き返った」というニコ目線の話もおかしい。


「羨ましいだろう? 自慢の妻なんだ」


 私のそんな葛藤を知ってか知らずか、ニコはさらりと言って笑う。

 当然のように妻だと言ってのけるニコは、何を考えているのだろう? 私が妻と名乗ることは、身元のはっきりしない私にとっては利があるが、ニコにはない。

 不思議に思う私を他所に、歩調は揃い、詰所が近づいてくる。

 もうだいぶ見慣れた重たい扉をニコが開け、リック、私の順に入った。


「戻りました」

「おう。どうだった? リック」

「ばっちりでしたよ!」


 机に向かって、見辛そうに書類を眺めていたゴードンが顔を上げる。リックは親指を立て、威勢良く応えた。


「俺も、魔法でひと現場片付けて来ました!」

「そうか……リックが魔法を使えるようになったか。凄いんだな、お前達は」


 ゴードンは私とニコの顔を見比べて言う。日焼けした顔に刻まれた皺が、より深くなった。目尻の垂れた笑顔は、いかにも人が良さそうだ。


「疑ってすまなかった」

「いえ。いきなり魔法が使えるなんて言われても、信じられませんよね。今まで使えなかった人が」


 実のところゴードンは、私達とリックが「宿で練習するから一旦作業を抜けたい」と申し出た時も、快諾してくれたものの、半信半疑の顔つきだったのだ。

 以前からここで働き、ゴードンにも恩義を感じているらしいリックがこうして成果を上げたことが、今の謝罪につながったのだろう。

 何にせよ、信じてもらえたのなら何よりだ。私の「魔法」は、信じてもらうところから始まる。


「はい、ご苦労さん」

「おお……1日で、こんなに……!」


 ゴードンに渡された、本日の稼ぎ。その中身を確認して、リックは微かに震えている。


「良いなあ、お前達は。俺ももう少し若かったら、教えを乞うたんだが」

「魔法が使えるようになるのに、年齢は関係ありませんよ」


 私の言葉に、ゴードンは顔の前で片手を振った。


「いやいや。俺はいい。老い先短いからな。それよりも、リックのような他の砂出し達に教えてもらえるのなら、魔法を教えてやってくれないか?」

「いいんですか?」


 元々、いずれまた王都に戻ってくる砂を掃くだけなのに、かなりの労力を割いているのが無駄に思えて仕方なかったのだ。それを改善してあげられるのなら、ぜひそうしたい。

 私は身を乗り出す。ゴードンは頷いた。


「砂出しなんてのは、こんなに時間かけてやるもんじゃねえんだ。魔法が全く使えない連中だから、仕方ないと思っちゃいたが……リックみたいに、学べばできるんだったら、学ばせてやってほしい」


 これだけでゴードンが、私が思っている以上に、雇っているリック達のことをよく考えているとわかる。彼らの無駄な作業を軽減するために、魔法を教えることを許可してくれたのだ。


「どう進めたらいいですかね?」

「そうだなあ……」


 私はゴードンと顔を寄せ合い、簡単な打ち合わせを行う。鉄は熱いうちに打つ方が良い。明日仕事に来る予定である数名に、魔法のコツを教える。そこから、始めることになった。


「では、また明日来ますね」

「失礼します」

「おう、頼んだぞ」

「ありがとうございました、お二人とも!」


 私とニコが連れ立って詰所を出るのを、ゴードンとリックが見送ってくれる。空はぼんやりと橙色に染まっている。もう夕方になってしまった。

 今日はちょっと、図書館には行けない時間になってしまった。残念ではあるが、諦めよう。


「明日、楽しみ。ニコも教えるのを手伝ってね」

「俺が? 今日リックと話していて思ったけど、俺こそ勉強中の身だし、人に教える器じゃないんだけど」

「そんなことないって。ただ、慣れていないだけよ。教えることはトレーニングになるから、良いと思うの」


 砂出しの人たちが仕事にかける時間を減らし、余暇で新たな学びや生き方を見出す。その手助けをしたいという、目覚めてから抱いた目標のひとつに、現実が少しずつ近づいてきていた。


「とりあえず、砂を流す?」

「それがいいわ」


 穏やかな疲労と達成感を得つつ、私たちは、いつもの銭湯に向かって、少しずつ歩みを進めることにした。

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