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1-15.ニコの上達

「今日もたっぷり溜まっているわね」

「こんな場所が、この王都のあちこちにあるんだな」

「大体、半月に1回くらいのペースで掃除をするんですよ。もう、やってもやっても終わらないんですから!」


 昨日とは違う現場であったが、相変わらず、吹き溜まりには大量の砂が山になっている。私とニコが感心していると、リックが嬉しそうにそう補足説明をしてくれた。半月に1回のペースとは、なかなかである。掃除した先から積もっていく勢いだ。


「ちょっと壁から遠いわね」


 昨日の現場と違うのは、壁からの距離。昨日の現場は壁沿いにあったが、今日は、通りを一つ隔てたところにある。


「距離が遠いと、難しいのか?」

「うーん、というよりは、壁自体が見えないのが、ね」


 ニコやリックのような初心者にとって大切なのは、「イメージすること」である。昨日のように壁が視界に入る範囲にあれば、どこまで風を巻き上げて、どこで曲げて、どのように外へ出していくか、実際に目の前にある物を目印にして、計画することができる。

 目の前にないということは、想像で補完しなければならないということだ。例えば、今の場合は、私たちのいる場所からだと、壁は家に遮られて見えない。砂の山を見ずに風を起こすのは難しいので、こちらに立って魔法をかけようとすると、家の向こうの壁は完全に想像で越えていかないといけないのだ。


「まあ、やってみる? 失敗しても、ここのお家の人に謝れば済む話だし」


 失敗した時に起こるのは、昨日私とニコが砂をかぶったような、あの程度の事故だ。そもそも王都の家は、どこも壁や窓に砂が吹き付けて黄土色に染まっている。多少上から砂が追加されたって、気づかないかもしれない。


「俺が!」

「ここはニコがいいと思うわ」

「えっ……」


 名乗りを上げたリックが、しゅん、と明らかに落ち込む。叱られて、耳と尻尾を垂らした犬だ。


「壁が見えないでしょう? リックの練習には、ここは難しすぎるだけ」

「俺にも難しいんだけど」

「ニコは……わからないけど、まあ、せっかくだから挑戦してみましょう」


 見えないものを具体的に想像するというのは、難しいのだ。私は、ニコとリックを連れて、まずは砂山を離れる。


「どこへ行くんです?」

「壁を確認しに行くの」

「ああ、家はこんな感じなのか……」


 歩く最中、ニコが振り返って確認するのは、砂山と家の距離、家の高さ。「具体的なイメージが必要」という魔法のコツを、もう身につけているのだ。壁の見える位置まで移動すると、今度は、家と壁の距離をじっくりと確認している。


「イリス」

「何?」

「いっそ、風の渦を曲げないで、そのままずっと遠くまで飛ばすっていうのはどうだろう」

「いいじゃない」


 私は、内容を精査せずにゴーサインを出す。大切なのは、試行錯誤することだ。やってみて駄目だったら、他の方法を考えれば良い。経験の中で得た知識が、最も良く身につくのである。


「失敗したら、リックが謝りに行ってね」

「えっ」

「先輩でしょ?」


 リックをからかっていると、鋭い風が髪を揺らした。


「おお……」


 リックの歓声。ニコは昨日のように、風の渦を作り上げ、辺り砂の山を巻き込んでいる。手馴れたものだ。もう、ニコは風の渦の作り方を身につけたと判断して良さそうだ。

 風の渦は、砂を巻き込み、濃い黄土色に染まる。それが、存外軽そうに、地面からふわっと浮き上がった。ぐるぐると渦を巻きながら、空高くまで。


「あそこから砂が落ちてきたら、さすがに痛そうね」

「イリス、余計なことを言わないで」


 うっかり、失敗のイメージに繋がるようなことを言ってしまった。ニコの叱責が飛ぶ。風の渦が乱れ、一瞬砂がぶわっと広がり……持ち直した。幾らかの砂粒がぱらぱらと落ちてくるのを感じたものの、大きな問題はなく、渦はそのまま家の向こうへ動いていく。

 すると、ニコもじりじり移動し始めた。


「どこに行くの?」

「余計なこと言わないで、気になるならついてきて」

「邪魔するのやめて、付いて行きましょうよ」


 ニコだけでなく、リックにもたしなめられてしまった。余裕がないんだから。話しかけられたら返事をするくらいの余裕を持たないと、ぎりぎりの集中力でやっているようでは、いざという時に魔法が上手く使えないんだから。

 不満を持っているのは私だけで、真摯な目をしたニコと、目を輝かせるリックは、そのまま道を歩いていく。通りを、一本。越えれば、そこには壁がある。


「なるほどねえ」


 ニコは宙に風の渦を浮かせたまま、壁が見えるところまで移動したのだ。そして、渦を壁の向こうまで移動させる。ざあ、と砂の塊が落ちる、成功の音。


「考えたじゃない」

「やっぱり、見えないと想像できなかった」

「それは訓練ね」


 自分の実力を知り、それに合わせた対策を練るというのも、一つのやり方である。ニコはやってのけたが、あの規模の渦を空中に止めるのだって、なかなか神経を使う。


「疲れた……」


 現に、集中力の切れたニコは、その場に屈んでしまった。


「お疲れ様」

「すごいです! ニコラウスさん! 俺、俺は、感動して……!」

「リック、ごめん、少し静かにしてて」


 リックの手放しの賞賛を浴びても、ニコはうずくまったまま。低い声で、そう告げる。今のは優しくない。リックは黙り込み、見えない尻尾を垂らした。


「どうしたの?」

「……気持ち悪いんだ」

「ああ……」


 慣れない量の魔力を放出すると、今のニコのように、具合が悪くなることは良くある。放っておけば治るのだけれど、その気分は、なかなかに最悪だ。これをきっかけに、魔力を大量に消費することに抵抗を覚えるのもかわいそうだ。

 対処法は簡単。無くなった分の魔力を入れれば良いのだ。


「治してあげる」

「え……?」

「ちょっと手を出して、ニコ」


 気だるげに差し出された手を、受け取る。


「適当に、風を出して」

「今、具合が悪いんだけど」

「いいから」


 ひゅう、と弱々しい風が吹き始めたのを確認し、私はニコの手を、魔孔の位置に当てた。魔孔は、右胸の位置にある。前に、飽和していた私の魔力を、ニコに吸い出してもらったのと同じ。ニコの体に魔力が足りていないのなら、魔孔を通じて、魔力がそちらへ流れるはずだ。風を出させたのは、万が一、必要以上の量が流れてしまった時に、それを受け流すため。

 まあ、正直言って、今ニコが消費した量など、大したものではない。単なる応急処置である。


「イリスさん、それは……」

「ん? こうすると治るのよ」

「お熱いですね……」


 遠巻きに見て、何やら良くわからない感想を述べているリック。それはさておき、暫くすると、「あれ、治った」とニコが顔を上げた。


「こんなことで治るのか……」

「こんなことっていうか、まあ、私じゃないとできないことだとは思うけど」


 魔孔とは、本来、大気中の魔素を体内に取り入れるためのもの。「入れるため」のところから魔力を「出す」というのは、本来、多大なる苦痛を伴う。だから例えば、ニコがリックの魔孔から魔力を出そうとしたら、一瞬のうちに激しい抵抗に遭うだろう。

 なぜだか私の体は、魔力を抜かれることへの嫌悪感が全くないのだ。思いつきの応急処置は、案外上手くいった。さすが私。なかなかの発想力である。と、自画自賛してみた。


「じゃあ、次はリックの番ね」

「えっ! 触っていいんですか!」

「何を? 魔法の話よ」

「ああ、そっちですか」


 そっちというが、他に何があるのか。リックは、今まで私の周りにいた研究者肌の魔導士達とは、雰囲気が全然違う。対応が難しい。


「次に近いのは、どこ?」


 会話の調子が、なかなか掴めない。私は苦笑しつつ、リックに案内をお願いした。

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