3話
壮大な茶色の扉。それは質素なものであるが、ところどころ傷が付いていた。歴史が感じられる扉。修復を行って、良い状態を保っているらしい。その中に入ると、真っ白い広間が視界いっぱいに入ってくる。シャンデリアの煌びやかな明かりは別世界を思わせた。床には、心地よさげな深紅の絨毯が敷かれている。その絨毯の先を見ると、数段ある階段の上には二人の男がいた。
金の刺繍が施された豪華な赤の椅子に座っている男が第二十三代目、アレクセイ王である。彼の美貌は年を経ても衰えていない。その不思議さといろんなことをそつなくこなす姿から、天の申し子ではないかと密かに噂されていた。弱点があるようには見えない王様だ。彼の隣にいるもう一人の男は、宰相様である。代々王に使える者の出自だ。王の命令に忠実に従い、王の敵を倒す影の者でもある。彼はベネチアンマスクを身につけていて表情が見えない。マスクの種類は猫だったり、鳥だったりと様々だ。何を考えているのかがわからない人間である。そのため、貴族たちに恐れられてもいる。ただ宰相についてわかるのは、濃い青のような髪の毛をしていることだけであった。
俺は、ランドール・ゼフォノーゼ。王の護衛だったが、エリオット王子の監視かつ護衛になる。王によって指名されたのだ。彼の行動などを報告することも業務に含まれている。
俺は、階段の数歩前で止まり、片膝をついて王に向かって頭を下げた。心臓に近い胸に手を当てる。王の許可なくこの体勢を崩してはならないし、発言をしてもならない。
「ランドール、面をあげろ。で、何の用だ?」
「失礼いたします」
俺は礼をしていた姿をやめ、背筋を伸ばして真っ直ぐに立つ。
「では、すぐに本題を話させていただきます。エリオット王子が公爵家のお姫様との婚約を破棄することにしたようです」
「なに!?」
「王子の隣には、メロドアダ男爵家の娘、ルリアナ嬢がいました。王子は彼女との結婚を望んでいるようです」
「……、そうか」
平静を保てずに声を上げてしまったようだが、すぐにその驚きを仮面の下に張り付けて抑える。彼はその驚嘆を隠したのだった。
王は「アイスドール」という異名がある。そして、「氷の人形」とも呼ばれている。表情がピクリとも動かないことで有名だったからだ。その無表情が精巧に作られた人形のように見えるとひそかに呟かれていたというのに。婚約破棄一つで表情を変えてしまうなんて、王もまだまだということか。これは予想外過ぎるし、令嬢との約束もあるからその驚きには同意する。
王の情報をもう一つ。王は氷の魔法を得意としている。だから、あの異名が通っているということもある。ちなみに、マスクを被っている宰相様は水の魔法の使い手としている。人間関係や魔法の面でも王と彼の相性は抜群らしい。
「これでは、セルフィス公爵家の娘の言う通りにしないといけなくなるな。王の血筋も終わりとは……あっけないものだな」
不穏な発言が聞こえてきた。王の血筋が絶える。公爵の娘の言う通り。それは、どういうことなんだ。この場に集っている王の臣下たちは熟考していることだろう。
「王よ! それは、どういうことでしょうか?」
声をあげたのは、メロドアダ男爵。ホロメス・メロドアダ。彼は、ルリアナ嬢の父親だ。身のほど知らずにも程があると思った。議論ではない場で勝手に声を上げることは許されていない。皆が王に対して、何も言わずに黙り込んでいるのは、王の許しをもらえていないからだ。
男爵としてやってきた男がそんなことも理解できていないのか。この貴族社会に何年も属しているというのに。子どもでも教えられていることのため、わかるはずだ。この男爵は基礎以前の問題も教わってこなかったということか。
俺たちの頭痛の種となりそうな存在だ。なぜなら、王のピリピリとした空気が漂ってくるから。これ以上火に油を注いでくれるなよ。
「王よ。説明してください!」
俺の願い、この場にいる皆の願いはホロメス・メロドアダ男爵自身の手によってあっさりと打ち砕かれた。お願いだから、お前は声を発するな。空気読め。王が不機嫌なのは見ていれば、わかるだろうが。
この緊張感と威圧感で感じとれない者はいないはずだった。男爵、この広間の雰囲気で感じとってくれよ。胃がキリキリと傷んでくるよ。美人ほど怒ると怖いという。
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