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ごめんなさい。
まだ零章です。
「着いたぞ!ここがワレの家だ」
犬神と別れてから約十分後、僕は一件の家の前にいた。
その家は一階建ての木造住宅で、周りの家と比べると少し大きいが豪邸というわけではなく、藍色の瓦屋根で素朴な作りをした、案外普通の家だった。
「もっと豪華なところに住んでるかと思った」
「ワレは3人家族だからな。この位の広さで十分なのだ。――さて、父上の所に行くぞ」
カゲロウは僕の手を引っ張り家の中に入る。
中に入ると、家の真ん中には囲炉裏があった。周りには三枚の座布団が並べられており、燃え残った牧が灰の中に入っている。左側は台所になっているようで、大きな水瓶とかまどと小さな流し、高く積み重なった牧が置いてある。流しの中には野菜の入った桶があり、立派なキュウリが桶から飛び出していた。
カゲロウは真っ直ぐ一番奥の部屋へと進み、勢いよく襖を開けた。
「父上ー!帰ったぞ!」
「おかえり、私の息子」
部屋の中には、柔らかい笑みを浮かべた男が窓辺に座っていた。
男はくすみのある茶色の浴衣を着ており、肩まで伸びた髪はカゲロウの母親と同じで、真っ白だった。
しかし、何よりも目を引いたのは、男の背中に生えた巨大な羽だ。後ろの壁がはっきり見えるほど透明で綺麗だった。
今のままで十分綺麗なのだが、カゲロウは七色に輝く羽を持っていると言っていたはず……。
僕がジッと羽を見ていると、父親は僕の疑問を察したようで、笑顔で答えた。
「息子から僕の羽について聞いていたのかな?――今日は曇りの日だからね。私の羽は陽の光に当たると綺麗に見えるんだ。ところで、君は息子の友人かい?」
「そうだぞ!ワレの友人のアカシだ!」
「……友人?僕が?」
「ち、違うのか?ワレはアカシを友人だと思っておるのだが……」
友人。
上下関係なく、対等に親しくしている関係のこと。辞書にはそう書いてあった。
生前の僕には友人がいなかったから、実際はどういった関係なのかわからない。
でも、そうか。カゲロウは僕を友人だと思ってくれているのか。
上下関係のない対等で親しい関係だと……。
僕の顔は自然と笑みを漏らす。
「いや、友人だよ」
「そうか!ならよかった!」
「息子の友人かぁ。では、もう聞いているのかもしれないけど、私はウスバカゲロウの妖です。よろしくね。」
父親は軽くと頭を下げ、微笑んだ。
僕も改めて自己紹介をしようと口を開いたが、何と自己紹介をしていいのかわからない。
犬神が言うには、僕は幽霊でもあるし妖でもある。しかし、逆に言えば幽霊でもなければ妖でもない。
僕は少し考えてから言った。
「元人間のアカシです。よろしくお願いします」
「へぇ、元人間かぁ……人間?」
父親は目を見開き驚く。
「息子!彼が人間って本当かい?」
「本当だぞ。今は違うがな」
カゲロウは僕を連れて来た経緯を簡潔に話す。
父親は黙って話を聞いていたが、終わるころには眉間にシワをよせ頭を抱えていた。
父親は一つ大きなため息をつくと、僕の方に向き直り深々と頭を下げる。
「まさか他者を人だと思っているなんて――。ごめんねアカシ君。まさか息子がそんな勘違いをするとは思わてなくて」
「いやいや、大丈夫ですよ!」
「でも、ちゃんと謝らないと。――ほら息子も」
「ワレは先程謝ったぞ。母上に言われて」
「母さんに会ったのか」
「会ったぞ」
「そうかぁ。すごく怒られただろう?」
「……あぁ」
カゲロウは母親に怒られた時の事を思い出したのか、頬を押さえ、泣きそうな顔をする。
父親はカゲロウの様子を見て笑った。
「なら、これ以上私が怒る必要はないね。アカシ君、私の嫁――すごく怖かっただろう?」
「はい……。カゲロウ――息子さんもすごく反省してました」
「カゲロウ?」
「ワレの名前だ。アカシに名付けてもらったのだ」
「そうか、僕らには決まった呼び名はないけど、人間は一人一人に呼び名があるからね。アカシ君が僕らを呼ぶとき名前が無いと不便か。……よし、私も自分で名前を付けてみよう」
父親は楽しそに考え始めた。
時折「あれがいいかな」「でも、あれもいいなぁ」など、顔を綻ばせながら独り言を言っている。
……考え始めてから約一時間ほどが経ったと思う。
「『カゲ男』はどうかな?」
父親は満面の笑みで言った。
……仲良くなれそうだ。
そして次も零章の予定……。