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「さて、次は貴方達ね」
カゲロウの頬をつねり終え、母親はオオカミと蛇の少女を見る。
つねられたカゲロウは僕の後ろでうずくまって震えていた。
「いや、別に俺らは悪いことしてないぜ。な、なぁ?蛇」
「うん、してないしてない。アタシタチナカヨシダヨー」
二人は引きつった笑みを浮かべながら、必死に仲良しアピールをしている。
「あら、そう?仲がいいならいいけど……オオカミ君の名前はどうなったのかしら?」
「犬神」
「大神」
二人は同時に別の答えを言う。
「蛇!俺は犬じゃねぇよ!!」
「犬の方が似合ってるもん」
「……困ったわねぇ」
再び喧嘩を始めた二人を見て、母親はため息をついた。
「ねぇ、アカシ君」
「なんですか?」
「どっちでもいいと思わない?」
「……そうですね」
僕が同意すると、母親はにっこりと笑って言った。
「オオカミ君」
「は、はい」
「私も『犬神』がいいと思うわ」
「なんであねさんまで!――おい、アカシ!お前は『大神』がいいと思うよな?」
「いや、カゲロウのお母さんに同意します」
「なんでだよ!!」
犬神の叫び声があたりに響き渡る。
蛇の少女を見ると、勝ち誇ったように笑っていた。
「シャッシャッシャッ!あたしも今日から『犬』じゃなくて、ちゃんと『犬神』って呼ぶね」
「貴様……!俺の名前はお前が決めたんだ。だったらお前の名前は俺が決める!」
「えっ!いやいや、あたしは蛇のままで・・・・・・」
「そうねぇ。犬神くんの気が済むならそうしなさい」
「姉さん!?」
犬神は母親の了承を得てニタリと悪い顔をする。
犬神は『犬』と呼ばれることを嫌っていた。
多分、蛇の少女につけられる名前は普通ではないだろう。
「……よし!決まった!」
犬神が勝ち誇った笑みを浮かべる。
対する蛇の少女は嫌そうに顔をひきつらせていた。
「今日からお前の名前は――『ヘビ子』だ!」
……普通の名前だ。
「嫌がらせ下手すぎない?あたし、もっと変なの想像してたんだけど」
「いや、『ヘビ子』だぞ?安直すぎて、十分ダサいだろ」
犬神は心外だとでも言いたげな顔をしているが、心外だと思っているのは僕の方だ。
「犬神さん」
「なんだ?」
「僕がカゲロウにつけた名前と同じような付け方ですね。つまり、カゲロウの名前がダサいと」
犬神は少し考えて、「あっ!」と声を上げる。
「いやいや、坊っちゃん。俺は別にカゲロウがダサいとは思ってな」
「そうか、そうか。ワレの名前はダサいか」
カゲロウはいまだに赤い頬を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
「母上、お願いがある。この国に住む妖たちにオオカミの新しい名前を広めてくれ」
「えぇ、いいわよ。オオカミの名前が『犬神』になったと言えばいいかしら?」
「あぁ。ついでに名前の由来も広めて欲しいのだ。由来は……『オオカミは実は犬の妖怪でした』で頼む」
「坊っちゃん!悪かった!俺が悪かったから!!」
「ワレは『坊っちゃん』ではなく『カゲロウ』だ。ダサい名前の『カゲロウ』だ!」
犬神は必死に謝罪するが、カゲロウは聞く耳を持たない。
「それじゃあ、広めてくるわね。――私はこのまま仕事に戻るのだけれど、貴方達はどうするのかしら?」
「とりあえずワレの家に行こうと思っておる。アカシに父上のことも紹介したいからな」
「そう。それじゃあ、道中気をつけるのよ」
母親は手を振り、どこかへと消えた。
「え?消えた?」
「母上はこの国の中なら好きなように移動することができるのだ」
瞬間移動のようなものだろうか?
「さて、あたしはそろそろ帰るね」
「お前、ほんとに何しに来たんだよ……」
ヘビ子は犬神の質問には答えず、高らかに笑いながら来た道を帰って行った。
その後、僕達はカゲロウの家に向かったのだが、その道中、すれ違う妖達に「お前やっぱり犬だったのか」と犬神は声をかけられた。
「……悪い、俺はちょっとやることができたんでな。この辺でお暇させてもらうぜ。それじゃあ、またな」
犬神は毛を逆立てて、すれ違った妖達を追いかけて行った。
……神様のような存在が広めたのだ。多分、訂正するのは無理だろう。
僕は犬神を哀れに思いながら、カゲロウとその母親を怒らせないようにしようと心に誓った。
次から第一章。
『ウスバカゲロウの夢と僕の話』(仮)