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あれから僕は落ち込む子供を放置し、近くの茂みを散策していた。
僕は生前外に出たことは無く、本の情報しか持っていないのだが、この世界に特に変わったものはない。
ドクダミにツユクサ、ヘビイチゴ。遠くに見えるのはアジサイだろうか?
「なんというか、普通の田舎町って感じだな。……マンドラゴラとかあったら面白いのに」
そんなことを呟きながら歩いていると、不意に茂みの中から黒い物体が現れる。
「なにこれ?」
それは黒い霧を出しており、長い耳のようなものがついていた。
黒い靄を出し続けているため分かりづらいが、よく見ると小さな鼻がヒクヒクと動いている。
「……これ兎だ。ねぇ、これって――」
これがなんの妖怪か子供に聞こうとしたが、相変わらず顔が青ざめており、教える余裕はなさそうだ。
兎は僕の足元で跳ね、こちらを首を傾げながら見上げる。
どうしよう、むちゃくちゃ可愛い。
僕は撫でようと手を伸ばした。
「触るな!」
突然背後から怒号と共に斧が飛んできた。
斧は僕の足元に――兎に突き刺さる。
斧が刺さった瞬間、兎はグチャリと嫌な音を立て、霧が晴れるように消えた。
何が起こったのか分からず固まっていると、先程の声が近づいてきた。
「大丈夫か?穢れに触れようとするとは……産まれたばかりのガキか?」
僕は振り返る。そして再度固まった。
声の先にいたのは……二足歩行で歩く灰色の犬だった。
「い、犬が歩いてる……」
「犬じゃない!オオカミだ!」
オオカミは吠えるようにして文句を言う。
「よく見ろ!この鋭い爪!鋭い牙!!」
まぁ、確かに犬と比べると強そうな気がする。でも……。
「どっちでもよいだろ。犬もオオカミも大差ない」
僕が思っていたことを子供が代わりに言った。
「全然ちがう!……って、坊っちゃん?」
オオカミは子供をみて口を開ける。
「よう、オオカミ。ここで何をしておるのだ?お前のテリトリーはここではないだろう」
「仕事だよ。最近穢れが多いから、見回りしてんだ。――で、坊っちゃんこそなにしんてんだ?」
「人間を連れてきたのだ」
「ほう、人間をねぇ……人間!?」
オオカミは僕を二度見する。こんな綺麗な二度見は初めてみた。
「人間って……あぁ幽霊か。だが、妖の匂いもするな」
僕に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。
「どうやって連れてきたんだ?それに、俺は今まで幽霊と妖が混じったやつなんか見たことないぞ」
「あのー」
僕は恐る恐る手を上げる。
「普通は居ないんですか?その、人間が――幽霊がここに来ることは……」
「そうだなぁ……全く無い訳では無い」
オオカミは近くの石に腰を下ろし説明してくれた。
「お前さんは幽霊の事をどのくらい知っているんだ?」
「全く知らないです」
「そうか。――幽霊には二種類ある。普通に死んだ人間がなる霊体と、恨みなんかを持って死んだ人がなる霊体の二つだ。普通に死んだ人はそのまま輪廻転生を繰り返す。ここに来ることはないな。――ここに来るのは恨みを持って死んだ霊体だ」
オオカミは斧が突き刺さっている場所を指さす。
「さっきの黒いのがそうだよ」
「あれ、人間だったんですか!?」
「あぁ。この国では『穢れ』って呼ばれている。ちなみに、穢れが集まってできた個体を『バケモノ』っていうんだ」
「バケモノ?」
「バケモノは目についたものを片っ端から襲うんだ。人間も――妖も」
「ワレはまだバケモノを見たことは無いのだが、かなり恐ろしいものだと聞いているぞ」
ずっと黙っていた子供が口を開く。
「ワレが産まれる前に現れたらしいのだが、多くの妖たちが犠牲となりようやく倒すことができたそうだ」
「実は俺もまだ見たことがない。この国に住んでいなかったからな」
オオカミは何かを思い出すように遠くを見つめる。が、目線は直ぐに僕の方へ戻って来た。
「いや、そんなことより俺が気になっているのは、お前さんから妖の匂いがすることだ」
妖の匂い……。確かさっきもそんなことを言っていた。
僕は自分の匂いを嗅いでみるが、何の匂いもしない。無臭だ。
「嗅覚が優れてないとわからないだろうな。……普通人間はどうやっても妖にはなれない。妖になれるのは動物と物、あとは虫くらいだな」
「人間が妖になれない理由ってあるんですか?」
僕の質問にオオカミは困った顔をした。
「わからん。俺は生まれつき妖だから、普通の動物がどうやって妖になったのかさえ知らないな。坊っちゃん――」
「知らんぞ。ワレも生まれつきだ」
いや、僕を連れてきたのはあなたでしょ。
オオカミも同じことを思ったようで「いやいやいや」と言いながらポカンとした表情で、子供を見ている。
「ほんとにわからんのだ。ワレはただ霊体を捕まえたあと、神社をくぐってここに来ただけだ」
「そうか……。じゃあ、霊体をこっちへ送ると妖になるのか?」
オオカミはお手上げだと、降参のポーズをとる。
子供も真似して手を上げた。
「ねぇ、ちょっと待って。ここって妖の国だよね?――この国があるのって、その……どこ?」
二人は顔を見合わせ、仲よく首を傾げる。
「「日本だけど」」