二話
チャイムの音と共に、メイアは教室に飛び込んだ。
「ギリセーフ」
アルセが茶化すように言う。
「セーフならいいじゃない」
メイアは笑って返した。
青の羽学園が、メイアの通う学校である。青の羽社という企業が運営する私立校だ。この街には政府の設立した公立校もあるが、教育の水準は青の羽学園が圧倒的に優っている。
「五分前には教室にいるように」
先生が厳しい目でメイアを見る。
「あら、なんで?」
面白がるようなメイアの声に、先生ははぁ、とため息を吐く。
「先生、間に合ったなら別にいいじゃない。怒られる筋合いは一切ないわ」
「……ホームルームを始めますよ」
先生はもはや彼女を相手にしない。相手にしていたら授業の時間が少なくなってしまうことを、先生は身をもって知っていたからだ。
「メイア、先生に対してあの態度はどうなのさ」
アルセが声をかけてくる。アルセは長髪を後ろでくくった男子だ。毎回毎回飽きることなく、メイアの先生に対する態度を注意してくる。
もしかして、アルセは私のことが好きなのかしら。
くだらない考えが頭に浮かぶ。
「先生だからって私たちと何が違うのよ」
「知識量じゃない?」
「それだけ? 私たちはこれから沢山のことを学ぶわ。将来性なら私たちの方が上だもの。年功序列なんて、とうの昔に廃れたと思ってたんだけど」
「…………メイアは口が上手いなぁ」
「別に上手くないわ。青の羽の社長さんとかの方が上手いでしょ」
「確かにね」
アルセが笑う。メイアと話すのが楽しくてしょうがないみたいに。
あぁ、どうしてこんな終末でさえ、こんないい人が生まれるのだろう。
メイアは静かに将来を思った。
この世界が滅ぶまであとどれくらいだろう。ゴミに飲み込まれるまで、あと、どれくらいの時間があるのだろう。
「一時間目なんだっけ」
「歴史じゃなかった?」
「メイアの得意科目だ」
「そうね、歴史は好き」
過去の人のせいで人類は危機に瀕している。その過程を学ぶのは嫌いではない。
でも、現在の人だって、状況を打開しようとして事態を悪化させているのだ。それを学ぶのは嫌いだった。
「アルセぇ」
「何?」
「この世界、好き?」
「好きだよ、それなりにね。僕が生まれるずっと前から、この世界はこうだった。だからこの世界がどうにもこうにもこんな感じなのは、僕にとって当たり前のことなんだよ」
「そう」
一理ある、とメイアは思う。
だけどメイアは、この世界じゃない別の世界があるのなら、逃げ出したいと願っていた。
チャイムが鳴る。
また過去を学ぶのだ。
過去から学ばねばならぬのだ。
週一、調子が良ければ週二で更新したいと思います。