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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第六章

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6-1.調印

「仁くん。そろそろ時間じゃない?」

「うん。じゃあ行こうか」


 仁と玲奈は鳳雛亭を出て、青空の下を並んで歩く。その後ろにミルとロゼッタが続いた。太陽が頂点に達しようとしていた。


 仁が魔王を名乗って帝国軍を追い返し、玲奈と共に魔人(もど)きを倒してから20日の時が流れた。メルニールでは警戒を続けながらも、徐々に帝国外との交易も再開され、日常を取り戻しつつあった。


 その間、メルニールには様々な情報が寄せられ、メルニール襲撃の直前、帝国と占領された小国の拮抗していた戦線を瓦解させたのが、魔人擬きの力によるものだと判明した。商人に化けて小国に潜入した帝国兵が魔薬まやくを高級ポーションだと偽って持ち込み、現地の住人を騙して飲ませる。魔薬を飲んだ住人はザフィーダ同様に化け物と化し、理性をなくして暴れまわる。帝国軍は、そうして混乱し、小国内の目が魔人擬きに集まっている隙に城門を破るという手段を用いたのだった。魔人擬きの強さは元となった人に影響されるのか、小国で目撃された魔人擬きはザフィーダのものほどの力は持っていなかったが、それでも討伐にはかなりの犠牲を払ったようだった。また、ある小国では倒すことができないでいたが、一定期間暴れると、急に動きを止めて灰になったとも言われていた。


 帝国との内通が発覚したダイールと、その指示に従っていたA級冒険者パーティ、“闇の超越者ダークネス・トランセンダー”の生き残りであるエルヴィナとマークハルトは共に冒険者の資格を剥奪され、罰金を支払った上でメルニールからの追放処分となった。メルニールの住人の一部からは、初代冒険者ギルド長のラストルと共にメルニールの礎を築いたファンテス家の子孫であるダイールの恩赦を望む声も聞こえたが、ダイールの行いはメルニールの根幹を揺るがす大ダメージを与えかねない行為であったため、罰が軽減されることはなかった。




「すごい活気だね」

「いい匂いがいっぱいするの!」


 ミルがそわそわと辺りを見回す。ダンジョン前の広場には様々な屋台が立ち並び、色とりどりの光を放つ照明の魔道具が所狭しと設置されていた。お祭り会場と化した広場を大勢の人々が埋め尽くし、仮設作戦本部跡に設置された舞台の前に集う。


「ミル。心配しなくても後でお腹いっぱい食べられるからね」


 仁は玲奈やロゼッタと笑い合い、人垣の合間を縫って最前列に向かった。最前列の席は帝国との戦いの功労者に用意されたものだった。


 本日、メルニールでは帝国からの代表者を迎え入れ、停戦条約の調印式が執り行われる予定だった。帝国軍を撃退したメルニールは、これ以上の戦争の継続を望まない旨を記した書状を送り、予想外の敗戦と、最小限の兵しか残していなかった占領した小国での反抗運動が重なった帝国はメルニールからの停戦要望に応じたのだった。


 壇上にメルニールの代表者としてバランが登壇し、帝国の代表者の到着を待っている。広場に横付けされた豪華な馬車から代表者が降り、周囲を白銀の全身甲冑に身を包んだ数人の騎士が囲って舞台に向かう。その一行を眺めるメルニールの住人たちの間からざわめきが広がった。


 壇上に登った帝国の代表者がバランと礼を交わし、舞台上に用意された机の前の椅子に腰を下ろした。日に照らされた銀髪がきらきらと輝く。


「ル、ルーナ!?」


 予想もしなかった相手の登場に、仁は目を見開いた。壇上のルーナリアの意志の強そうな碧眼がチラリと仁に向き、柔らかな微笑を浮かべる。ルーナリアはすぐにバランに向き直ると、凛とした表情に戻った。




 多くの観衆が見守る中、調印式は滞りなく執り行われ、メルニールと帝国の間で行われていた戦争が事実上終結を迎えた。メルニールは改めて帝国内での自治権を確認し、仁たちの指名手配の解除と帝国からの人質の要求が認められた。当初は合成獣キメラや魔薬の情報の開示も求めたが、帝国に譲歩する形で取り下げられた。帝国側は捕虜の解放と開戦以前同様の交易の再開、特に魔石の供給を望み、メルニールは快く受け入れたのだった。


「では、ルーナはしばらくメルニールに滞在するんですか?」

「ええ。停戦条約は締結しましたが、協議を重ね、もう二度と戦争になることがないよう、しっかりとした平和条約を結ばなければなりません。それに、わたくしがそのまま帝国からの人質としてこちらで暮らすことになります」


 調印式の後、仁たちは一旦冒険者ギルドを訪れ、応接室でルーナリアとの邂逅を果たしていた。この席は仁と玲奈のルーナリアとの事情を知るバランによって設けられ、仁たちの他にバランが同席し、ルーナリアの背後には専属メイド長のサラと見習いメイド兼ルーナリアの奴隷であるシルフィが控えていた。


「第一皇女が人質ですか?」


 玲奈が首を捻る。仁はガロンに目を向けた。


「こういうことはよくあることなんですか?」

「時と場合によるが、通例では皇位や王位の継承権の低い皇族王族が人質となることが多い」

「そういう意味ではわたくしは適任でしょうね。勇者召喚に失敗し、また逃亡を阻止できなかったことで、わたくしの皇位継承権はあってないようなものですので」


 何でもないことのように言うルーナリアに、仁と玲奈は揃って申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「ジン、レナ。あなた方が気にすることではありませんよ。あなた方は帝国の被害者なのですから」


 ルーナリアは背筋を正して表情を引き締める。


「ジン、レナ。二人とも、よく生きていてくださいました」

「ルーナと約束しましたからね」

「うん」


 仁と玲奈は笑みを浮かべるが、ルーナリアの表情に影が差す。


「お二人は約束を守ってくださったというのに、わたくしは約束を守ることができませんでした。わたくしは研究の成果を上げられないまま人質としてこちらに送られることとなり、勇者召喚の研究は腹違いの妹である第二皇女に引き継がれました。必ずお二人の帰還の方法を見つけると大言を吐いたにも関わらず、未だにその手がかりさえも掴めないばかりか、帰還に必要不可欠であろう魔法陣も手放してしまいました。本当に情けない限りです。申し開きの言葉もありません。本当に申し訳ありません」


 ルーナリアが深々と頭を下げる。背後に立っているサラとシルフィも主に追随し、こうべを垂れた。


「ルーナも後ろの二人も顔を上げてください。ルーナが人質としてここに来ることになったのも、半分は俺たちのせいみたいなものでもありますし。帰還方法が見つからなかったのは残念ではありますが、そもそも自分たちの問題をルーナに任せっきりにしていた俺たちにも非はあります。だから、これからは俺たちと一緒に探してください。それでいいよね、玲奈ちゃん」

「うん。ルーナが私たちのために今まで頑張ってくれていたのは十分伝わりました。むしろ感謝したいくらいです」


 ルーナリアがゆっくりと顔を上げる。相当思いつめていたのか、その瞳には薄らと涙が浮かんでいた。サラとシルフィが安心したように表情を緩める。


「ジン、レナ……。ありがとうございます。ぜひ協力させてください」

「ありがとうございます」

「仁くん、心強いね!」


 仁は玲奈に頷きを返し、ハッとして玲奈と逆隣に座っているミルに目を向けた。ミルはこの後に控える祝勝会のご馳走でも楽しみにしているのか、にこにこと屈託のない笑みを浮かべていた。仁はホッとした一方で、ミルが仁たちの帰還について思うところがないのか、少しだけ気になったのだった。


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