5-28.語らい
「ね、眠れない……」
戦闘の連続で脳の興奮が静まっていないのか、仁はなかなか寝付けないでいた。仁は小さく呟いて瞼を開く。仰向けのまま、仁が顔を左側に向けてもう一つの眠れない原因に目を向けると、パッチリとした猫目の黒い双眸が仁を見つめていた。
「え」
既に寝ているものだと思っていた玲奈と目が合い、想定していなかった事態に仁はあたふたと視線を泳がせる。
「じ、仁くん、まだ起きてたんだ……」
「れ、玲奈ちゃんこそ……」
二人の間に気まずい空気が流れた。
「じ、仁くん。もしかして私の寝顔を見ようと思ったのかな?」
「ち、ちが……わないかも……」
「そ、そっか。じゃあお相子だね……」
月明かりのみが仄かに照らす薄暗さの中、玲奈の頬にほんのりと朱が差す。玲奈の言葉の意味を理解した仁の顔が熱を持った。今更ながらに玲奈と同じベッドで隣り合い、こうして間近で顔を突き合わせているという事実に、仁の心臓が早鐘を打つ。
「ねえ、仁くん」
何事か迷うような素振りを見せていた玲奈の表情が引き締まった。
「仁くんはリリーのこと、どう思っているのかな?」
予想外の質問に仁の頭が一瞬フリーズするが、玲奈の真摯な表情を見つめて気を取り直す。
「元気で可愛くて、すごくいい娘だと思うけど、そういうことが聞きたいんじゃないよね」
玲奈の両の瞳が仁の目を捉えて離さない。
「俺も馬鹿じゃないからリリーが俺に抱いている感情は理解できるし、すごく嬉しく思う。俺に助けられたっていう思いが強いだろうから、本当の意味でどこまで、その、俺のことが好きなのかはわからないけど」
他のみんなを起こさないように小声ではあったが、仁は言葉に強い意志を込める。
「俺は今まで女の子と付き合ったことはないけど、正直に言えば彼女が欲しいと思ったことはあるよ。少し歳は離れてはいるけど、リリーみたいな娘が彼女だったら楽しいだろうなとも思う。だけど、俺はこの世界の人間じゃない。今はリリーに対して明確な恋心は抱いていないけど、仮に今後、俺がリリーのことを心から好きになることがあったとしても、俺にはリリーの思いに応えることはできないし、応えちゃいけないと思うんだ。俺の一番の目的は、玲奈ちゃんと一緒に元の世界に戻ることなんだから」
仁が言葉を切り、玲奈の瞳を見つめる。玲奈の瞼がゆっくりと閉じられた。
「そっか。うん。そうだよね」
玲奈が自身に言い聞かせるように呟き、閉じたときと同じだけ時間をかけて目を開く。玲奈は晴れやかな笑みを浮かべた。
「それにしては、リリーにくっつかれて鼻の下を伸ばしてたように見えたけど?」
玲奈の表情にからかいの色が浮かぶ。
「え、いや、それは、ほら、俺も男ですし、仕方がないと言いますか……」
「あ、やっぱり自覚はあったんだね。ねえ、仁くん。やっぱり男の子って大きい方が好きなの?」
「え。大きいって何が――」
仁の目が掛布団の隙間から覗く玲奈の胸部に向いた。ゆったりとしたネグリジェの襟ぐりから小さな谷間が覗いていた。仁の視線に気付いた玲奈が掛布団をさっと引き揚げる。
「仁くんのえっち」
掛布団から顔を半分だけ出した玲奈が恥ずかしそうに呟いた。そのあまりの破壊力に、仁の心の防壁はいとも容易く打ち砕かれた。
「そんなえっちな仁くんにはお仕置きが必要だね。ていっ。ていっ」
玲奈の可愛さに当てられて惚ける仁の脇腹を、掛布団の下で玲奈の人差し指が何度も突っつく。
「ちょっ! 玲奈ちゃん、やめて! 脇腹弱いから!」
「仁くんの弱点を発見!」
仁は悶えながら訴えるが、玲奈は手を止めないばかりか、嬉々として続ける。
「ちょ、お、お願い。ほんとに、や、やめて、頼むから!」
「そんなこと言って、本当はもっと触ってほしいんじゃない?」
玲奈の表情は完全に悪戯を企む小学生のそれだった。
「ほらっ。ていっ。ていっ!」
仁が体を仰け反らせ、半開きになった口から笑い声が溢れる。
「ジンお兄ちゃん、うるさいの」
仁の右側面に引っ付くように眠っていたミルがもそもそと動き、掛布団から頭を覗かせた。玲奈が動きを止め、仁が体ごと右を向く。
「ミル、うるさくしてごめんね。もう静かにするから」
申し訳なさそうにミルに謝るジンの背中を、玲奈の人差し指が背骨をなぞるように一撫でした。仁が声にならない悲鳴を上げる。
「ジンお兄ちゃん、どうかしたの?」
眠気眼を小さな手で擦りながら、ミルが小首を傾げた。仁の背後で、玲奈がくすくすと笑い声をかみ殺している。
「な、何でもないよ。さぁもう一度寝よう?」
ミルは再び布団の中に潜り込むと、すぐに静かな寝息を立て始めた。仁が体を反転させ、玲奈の方を向く。仁は抗議しようと口を開くが、舌をペロッと出して楽しそうに笑う玲奈を見て、喉まで出かかった言葉を飲み込む。今度はミルを起こしてしまわないように囁き声を出す。
「玲奈ちゃんが悪戯好きなのをすっかり忘れてたよ」
仁は玲奈がラジオで武勇伝のように語っていた、ユニットを組んでいる相方と一緒になってスタッフに仕掛けた数々の悪戯やドッキリの話を思い出した。
「こうして自分が悪戯の対象にされるなんて、思ってもみなかったけど」
「私に悪戯されたファンは後にも先にも仁くんだけだぞ。光栄に思いたまえ」
仰々しい玲奈の言い様に仁は吹き出し、玲奈も釣られるように笑い声を上げた。深夜の語らいは、ついつい大きくなってしまう話し声と笑い声に、再び眠りを邪魔されたミルが苦情を訴えるまで続いた。




