5-21.内通者
「C級冒険者風情がA級冒険者の私に何か用か?」
ザフィーダは肩に置かれたガロンの手を払いのけ、体ごとガロンと向き合う。ザフィーダはガロンに睨みつけられても見下すような笑みを崩さなかった。
「てめえ、ここで何してやがる」
「私はそこの彼に本部長からの指令を伝えに来ただけだが?」
ザフィーダは左手の親指で肩越しに背後の若者を指す。困惑の表情を浮かべる門衛の若者は、縋るような目をガロンに送った。
「その指令とやらの内容を聞かせてもらおうか」
ザフィーダがこれ見よがしに大きく肩を竦める。
「A級冒険者であるこの私が、C級冒険者風情に指図される謂れはないな」
「俺がC級冒険者だろうと、ギルド長から街内の冒険者の指揮を任されているんだ。俺にはお前たちの動きを把握しておく資格と義務がある」
「本部長はその支部長より権限が上なわけだが?」
「白々しい! あんな奴はお飾りだ。そんなことは冒険者なら誰でも知っていることだ。今、現実に総指揮を執っているのはギルド長だ!」
呆れたように言うザフィーダに、ガロンが声を荒げた。周囲の数人の冒険者たちが何事かと遠巻きに様子を窺っている。ザフィーダは軽く溜息を吐く。
「まぁいいか。私にはどうでもいいことだしな」
「どうでもいいだと?」
ザフィーダは眉を顰めるガロンを気にも留めず、ガロンに背を向けて若者に向き直る。
「もう一度、本部長からの指令を伝える。今すぐ東門を開けろ」
「何を言ってやがる。今がどういう状況なのかわかってるのか! 帝国軍は西門前に集まっていてこちら側にはいないようだが、それでもいつ何があるかわからねえってのに――」
ガロンが言葉を切り、目を見開く。
「まさか、こっちにいるっていうのか? 帝国軍の伏兵が……」
ガロンは素早く周囲を見回し、玲奈たちや数人の冒険者たちと視線を合わせた。
「ザフィーダ・ランクルス並びに“闇の超越者”、そして冒険者ギルド本部長、ダイール・ファンテスを帝国との内通者と推定する! 門衛は門を絶対に開けるな!」
「は、はい!」
若者が弾かれたように門の前に移動し、その左右を門衛の任に就いている冒険者2人が固める。ガロンは背負っていた大斧を手に取り、両手で構えた。
「ザフィーダ。お前の身柄を拘束する。大人しく膝を折って両手を地面に付けろ」
ザフィーダはガロンに背を向けたまま、肩を竦める。
「おい! 後ろの2人はギルド長と本部に知らせてくれ!」
「りょ、了解しました!」
遠巻きに様子を見ていた2人の冒険者がガロンの指示を受けて慌てて走り出す。玲奈たちと周囲に残った冒険者数人がそれぞれ武器を構えて、ザフィーダを囲むようにガロンの両側に集まる。ザフィーダはゆっくり振り返ると、左手を顔の横に掲げ、指をパチンと鳴らした。
「何の真似――」
訝しんだガロンが言葉を止めて振り返ると、視線の先で先ほど走り出した2人の冒険者が地に伏していた。それぞれの傍らに、槍を片手に金色の軽鎧を身に纏った痩身の男と、白地に金の装飾をあしらったローブで全身を覆い隠した妙齢の女性が立っていた。女性が宝石をいくつも嵌め込んだ杖を掲げて何事か呟くと、杖の先から暴風が巻き起こり、ガロンたちに襲い掛かった。
「みんな! 私の後ろに!」
玲奈は冒険者たちの前に飛び出し、“毒蛇王の小盾”に魔力を流して盾の鱗をスライドさせた。玲奈は直径2メートルまで大きくなった円盾を地面に付けて暴風を受け流す。風が収まり、玲奈が盾を元に戻して周囲の様子を見回すと、ミル、ロゼッタ、ガロンを除いた冒険者たちが全身を鎌鼬で切り裂かれたように全身に切り傷を作って倒れ込んでいた。玲奈は悔しそうに顔を歪める。
「おいおい、エルヴィナ。私まで巻き込む気か?」
門から中央に伸びる通りから真っ直ぐに放たれた暴風の魔法は、玲奈が防がなければ顔を青くしている門衛たちと共にザフィーダも巻き込んでいたはずだった。
「何を言ってるのよ。後ろの坊やたちはともかく、その腰の魔剣は飾りではないでしょう?」
ゆっくりと歩み寄るエルヴィナと呼ばれたローブの女性が艶やかな声を返す。
「エルヴィナ。オレの獲物まで刈り取るつもりですか?」
「マークハルト。あなたの目は節穴なのかしら? まだこんなに残っているじゃない」
「それは結果論でしょう」
エルヴィナに数歩遅れて歩く槍使いの男が抗議の声を上げるが、エルヴィナは蠱惑的な笑みを浮かべて取り合わない。
「嬢ちゃんたち。すまねえが、そっちの二人の相手をしてくれ」
「わかりました」
苦渋に満ちた表情のガロンに、玲奈は力強く答える。ミルとロゼッタも頷きを返した。
「槍使いの男はB級で、A級のローブの女より一段劣るはずだが、伊達にA級パーティに所属しているわけじゃねえ。くれぐれも気を付けてくれ。嬢ちゃんたちの身に何かあっちゃあ、今もこの街のために戦ってくれてる兄ちゃんに顔向けできねえ」
「はい。ガロンさんもお気をつけて」
ガロンはザフィーダに向き直ると、天を仰いだ。
「まさかこんな日が来るなんてな」
ガロンが見上げる先で、城壁から覗く目と視線が交差する。ガロンが瞳に意志を込めると、城壁の上の冒険者が小さく頷く。
「いや、今にして思えば、てめえが師の元を去ったときから、いつかこうなる予感はあったかもしれねえ」
ガロンの視界の端で、城壁の冒険者が移動を開始する。メルニールの円形の城壁は一つながりになっているため、城壁を伝って行けば遠回りではあるが西門まで辿り着くことができる。ガロンは顔を正面に向け、ザフィーダを睨みつける。
「メルニールの住人として、兄弟子として、てめえらの行動を見逃すことはできねえ!」
「C級冒険者風情が、この私に勝てるとでも?」
「そこまで思い上がっちゃいねえよ。悪いが、数で押させてもらう。おう、お前ら。こいつを止めるぞ!」
「お、おう!」
ザフィーダを挟んだ向こう側で3人の門衛が剣や槍を構える。
「ふっ。雑魚が何人いようが、物の数ではないことがわからないようだな」
ザフィーダは言うなり背後に回し蹴りを放つ。金色の甲冑が金属音を鳴らすのと同時に、3人の門衛が門まで蹴り飛ばされて意識を手放し、そのまま動きを止めた。
「さあ。これでまた一人になったぞ?」
「くそっ!」
ガロンは大斧を大きく振りかぶると、勢いに任せてザフィーダに斬りかかった。




