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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第五章

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5-19.再遭遇

 それは1つの巨体に3つの頭と蛇の尻尾を持つ化け物だった。一見、ギリシャ神話に登場する地獄の番犬、ケルベロスを思わせるが、3つの頭は犬ではない。向かって右側の赤毛の顔と、尾の先に付いている蛇の頭に見覚えがあった。地獄火炎虎ヘルフレイムタイガー地獄毒蛇ヘルポイズンスネーク。それは以前、仁がメルニールへ向かう途中に遭遇した合成獣キメラを構成していた魔物だった。仁は体の上部に目を遣るが、山羊の頭はない。かつてのものより二回りは大きい山羊の胴体は灰色ではなく、濃い黒色をしていた。


「なんだこいつは……」


 檻の近くの冒険者が呆然と呟く。左の青毛の顔の虎目がぎょろりと冒険者に向いた。


「おそらく、こいつは合成獣キメラです!」

合成獣キメラっていうと、ギルドで解体していたあの新種か!」


 仁の叫びに、何人かの冒険者が驚愕の声を上げた。中央の緑毛の虎目が仁を視界に捉えると、合成獣キメラは山羊の前足で地面を踏みつけ、反動を利用して上半身を大きく跳ね上げる。仁は合成獣キメラの3つの口に魔力が集まるのを察知し、地獄火炎虎ヘルフレイムタイガーが火炎を吐いていたのを思い出した。


「顔の前面に広範囲魔法攻撃が来ます!」


 それまで動きを止めていた冒険者たちは弾かれたように合成獣キメラから距離を取る。正面に位置している仁はサイドに逃れることができず、体の前面を守るように火盾ファイヤーシールドを展開する。その直後、合成獣キメラの前足が勢いよく振り下ろされて地を砕き、3つの虎口から3種の魔法が放たれた。左の口からは触れたものを凍らせる氷点下の吹雪。右の口からは触れたものを燃やし尽くす地獄の火炎。そして中央の口からは鎌鼬かまいたちのような透明の空気の斬撃の嵐が放たれ、扇状に空間を埋め尽くしていく。


 後退していた数人の冒険者が合成獣キメラ魔法の吐息(ブレス)を避けきれずに苦悶の声を上げる。仁は火盾ファイヤーシールドで前方からの攻撃を防いだが、魔法盾を巻き込むように横から襲い来る風の斬撃によって切り傷を作った。戦争を前に新調した仁の鋼鉄製の手甲がざっくりと切り裂かれていた。


「ジンくん!」

「皆さん、下がってください! ヴィクターさん! 負傷した人の回収をお願いします!」

「わかった!」


 仁は背後から姿を見せたヴィクターに指示し、自らは囮となるために前へ出る。自慢のブレスで仕留めきれなかったのがプライドを傷つけたのか、合成獣キメラの3つの視線が仁に集まる。合成獣キメラは地面に埋まった前足を引き抜くと、地を強く蹴り、仁を弾き飛ばそうと巨体を走らす。仁はダンプカーのように迫る迫力に負けず、トップスピードを維持する。2つの大小の影が交差しようとしたとき、仁は体を倒して足先からのスライディングで合成獣の腹の下へ体を滑り込ませた。地面の凹凸が仁の背を抉り、熱を持った痛みが走るが、仁は構わず左手の魔剣ですれ違いざまに腹を切り裂く。合成獣キメラの3つの口から呻き声が上がるが、斬撃は強靭な毛皮と分厚い脂肪によって防がれ、致命傷には成りえなかった。


 胴の下で勢いを失った仁目掛けて、アナコンダのような尾の蛇が大口を開けて襲い掛かる。蛇の胴回りは丸太ほどで、十分に仁の体を一飲みにできる大きさだった。仁は咄嗟に魔剣を引き抜き、体を横回転させて合成獣キメラの腹の下から抜け出すが、上半身を捻った合成獣キメラの赤虎の頭が出迎えた。火炎放射のようなブレスを仁は全身に纏わせた黒炎で相殺し、立ち上がって距離を取る。仁の全身から黒炎の靄がゆらゆらと湧き上がった。


 警戒心を露わにする合成獣キメラを見据えながら、仁は全身の黒炎に注意を向ける。魔力消費を最小限に抑えられるように極限まで薄くした黒炎で全身を覆い、急所などに魔力を集中させる。圧縮された黒炎が鋼鉄の軽鎧に張り付き、漆黒に染め上げる。仁がチラッと周囲を見回すと、退避を終えたヴィクターが心配そうな眼差しを送っていた。その周りに、騒ぎに気付いた冒険者部隊が集まっているようだった。


「あまり手の内を見せたくはないけど」


 仁は目立たないように遠隔魔法を発動させ、合成獣キメラの真下から大量の黒雷撃ダークライトニングを放つ。傷口から抉り込むように体内に流された雷撃の嵐で体内をずたずたにされた合成獣キメラは苦悶の雄叫びを上げた。本能的に目の前の仁の仕業と察した合成獣キメラが苦痛と怒りに塗れた顔で、3種のブレスを仁に向ける。


「遅い!」


 一陣の風のように突進した仁は直前で跳び上がり、落下の勢いそのままに両手の剣で真ん中の緑顔の両目を縦に切り裂く。緑虎の口内の魔力が霧散して無害な吐息が牙の間から零れた。着地と共に体勢を低くした仁の背を左右のブレスが掠める。仁は体を低く沈ませたまま、体の前でクロスさせて引き絞った両腕を、両肩を起点に半円を描くように全力で振るった。両前足の蹄の上の辺りを斬りおとされた合成獣キメラが体勢を崩し、前に倒れ込む。仁は両足で地を強く蹴って後ろに飛びずさると、目の前に迫る中央の口に黒炎刀を勢いよく挿し入れ、倒れ込む合成獣キメラの体重を利用して上顎を突き破った。仁は左手の魔剣を地面に突き立て、黒炎刀を両手で握る。仁が力を込めると、黒炎の刀に魔力が集まり、刀身が黒く輝く。


「これで終わりだ!」


 仁が合成獣キメラの肉を切り裂くように振り下ろすと、膨れ上がった漆黒の閃光が斬撃となって山羊の胴体の内部を斬り進む。そのまま体内を切り裂いた黒炎の斬撃はあっという間に尻尾まで達し、蛇の頭を真っ二つに切り分けた。合成獣キメラの巨体が地に伏し、轟音を響かせる。巻き上がる砂塵の中で黒炎刀と魔剣を引き抜いた仁は、自身の左右に見える赤虎と青虎の首をそれぞれ斬りおとした。仁は合成獣キメラが完全に沈黙したのを確認し、肩の力を抜いて深く息を吐いた。


「ジンくん!」


 安堵の表情で駆け寄るヴィクターに、仁は笑顔を返す。合成獣キメラに時間を費やしている間に帝国軍の敗残兵がどうなったか、陣に残された物資の搬入をどうするか。いろいろと気になることと今後の予定を仁が頭の中で思い描いていると、仁の全身が淡い青色の光で覆われ始めた。


「ヴィクターさん! メルニールで何か起こったみたいだ。俺は先に戻ります。ここの始末が済んだら、急いで街に戻ってきてください!」


 目を見開いて固まるヴィクターたち、多くの冒険者が見守る中、仁の体は余すところなく青色に包まれる。光が一際強く輝き、収束するように消えた時、帝国軍の陣から仁の姿は消え去っていた。


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