5-18.追撃
(憎い、憎い、憎い。帝国が憎い)
仁の心の内からどす黒い感情が尽きることなく溢れ続ける。
(殺す、殺す、殺す。帝国兵を殺し尽くす)
仁の体の中を黒い感情の蛇が這いまわる。
「死ね、死ね、死ね。死ね!」
仁の左手の不死殺しの魔剣が帝国兵の首を斬り飛ばし、右手の魂喰らいの魔剣が帝国騎士の頭を甲冑ごと叩き斬る。勢いよく振るわれた大剣は地面を割り、鈍い音を立てた。仁が辺りを見回すと、帝国兵だったものが一面に散乱していた。
「あはははははははははは…………はぁ、はぁ……」
いつしか高笑いは消え、虚脱感が仁の全身を満たしていく。仁の両手から魔剣が滑り落ちた。
「くっ」
仁は呻き声を零して、胸を押さえる。生き残った帝国兵の背中が遠くに見えた。魔王の称号の効果が消え、酷使した体が悲鳴を上げているようだった。仁はアイテムリングから各種回復薬を取り出し、呷るように飲み干す。口から零れた回復薬がぽたぽたと大地を濡らした。一息吐いた仁は、地面に落ちている魂喰らいの魔剣を見つめる。紫の紋様は既に消え、仁から流れる魔力もほとんど感じられなかった。
「こいつのせい……なのか?」
仁は一人で帝国軍の前に立ったときからのことを思い返す。仁は自分にしては上手く帝国軍の恐怖を煽り、魔王の称号の効果を利用できたことに内心でガッツポーズを取りながら魔王の演技を続けていた。当然、仁自身は魔王だったという自覚はなかったが、演技をするに当たり、再召喚前に元の世界で嗜んでいたアニメやライトノベルが役に立った。
仁は帝国兵の戦意を砕いて可能な限りの痛手を与えることを目的にしていたが、ここまでの惨状を作り出すつもりはなかった。戦争である以上、敵を殺めることに躊躇はしない。それはかつて召喚された際から心に決めていたことだった。しかし、魂喰らいの魔剣を手にしたときから、仁は殺戮を楽しんでいる節が見受けられた。仁は心の奥から湧き上がる憎悪に身を任せて酩酊状態のように高揚していた自分を、本来の自分だと思いたくはなかった。
「それでも……」
身の内に巣食う帝国への憎悪は自身が思っているより大きいのかもしれない。仁は魔剣に操られていたわけではなく、魂に干渉する魂喰らいの魔剣によって仁の心の奥底に眠る感情を表出させられたのではないかと推測した。仁は自身の行いと魂喰らいの魔剣の力に恐怖心を抱いた。仁は不死殺しの魔剣を拾って鞘に収めると、左手を魂喰らいの魔剣に近付け、アイテムリングに収納する。
「ジンくん!」
仁が背後を振り向くと、ヴィクターが駆け寄ってくるのが見えた。その周りには多くの冒険者と探索者の姿もあった。
「ジンくん、すまない。ジンくんが帝国軍を混乱させた後は僕たちも出る予定だったのに、君の戦いぶりに圧倒されてしまってね。邪魔になるかもしれないと思ったら出るに出られなくなってしまった」
「い、いえ……」
仁は先ほどの狂乱した自身の姿を見られていたことを思い出し、ヴィクターの顔色を窺う。
「それにしても、すごいな」
ヴィクターは首を回し、辺りの惨状に目を向ける。
「たまたま効果的な称号を持っていただけですよ」
「対多向けの称号だったか。すさまじいな。それに、ジンくんの魔王の演技もすごかったな。途中から本物の魔王じゃないかって思ってしまったくらいだよ。演技も作戦の内だって聞いていたにも関わらず、ね。僕らでもそうなんだから、帝国軍は完全に信じたんじゃないかな」
仁はヴィクターの笑顔から目を逸らし、自嘲気味の薄い笑みを浮かべた。
「ヴィクター。話は後だ。行くぞ」
「はい。今行きます」
ヴィクターは少し離れたところから呼ぶ声に答え、仁に向き直った。バランから街外での指揮権を与えられているA級冒険者が、辺りに生存者がいないことを確認し、約200名の前線部隊に指示を出している。対人戦の経験の浅い探索者たちには周囲の警戒と使える装備の回収、魔物出現時の対処を任せ、冒険者たちで追撃及び、偵察任務に当たるようだった。仁は心の靄を奥にしまい込み、気を引き締め直す。
「ジンくんはどうする? これだけの役目を果たしてくれたんだ。後は戻って休んでくれてもかまわないと思うが」
「いえ、俺も一緒に行きます。事前の偵察が当てにならない以上、まだ無傷の兵が残っている可能性も捨てきれませんし」
「わかった。無理だけはしないでくれよ」
仁はヴィクターと頷き合い、他の冒険者たちと共に帝国兵の逃げた先へと足を向けた。
仁たちは逃げ遅れた帝国軍の負傷兵を捕虜にしながら、ある程度進んだところで行軍を停止し、2人のB級冒険者を斥候に放った。帝国軍は余程慌てて逃げたのか、道中には巨大な丸太の先を金属で覆って加工した破城鎚がそのまま置き去りにされていた。隠密行動に長けた2人が持ち帰ってきた情報によると、この先の街道沿いに輜重隊が陣を張っているとのことだった。兵力差に胡坐をかいていたのか、陣自体は四方を木の柵で囲っただけの簡易的なもので、残っていた兵も逃げてきた兵士の様子に浮き足立っているようだった。
「ただ、陣の奥に巨大な檻のようなものが見えた。もしかしたら強力な魔物を使役する魔物使いがいるのかもしれない」
報告を聞き終えたA級冒険者は顎に手を当てて黙考し、口を開いた。
「ジンの働きで混乱している今がチャンスだ。今回追い返してもそれで戦が終わる確証がない以上、少しでも物資が欲しい。敗残兵が輜重隊と協力して体勢を立て直す前に陣を落として物資を奪うぞ」
仁は僅かな引っかかりを覚えたが、その正体がはっきりしない以上、戦意を高揚させる冒険者を前に言い出すことができなかった。
「俺が1人で正面から姿を見せます。皆さんは先に側面に回り込み、混乱に乗じて突入してください」
仁は新参者である自分の意見がすんなり受け入れられるとは思っていなかったが、せめて自分が矢面に立とうと作戦の提案をする。仁の提案にA級冒険者は頷き、すぐさま隊を二手に分けた。仁の戦いぶりを目にしていた冒険者たちは僅かな恐怖と大きな敬意を仁に抱いていた。仁は即座に行動を開始した冒険者たちを見送り、深呼吸を繰り返す。不死殺しの魔剣を抜き放ち、仁は自身の思う魔王像を頭に思い浮かべた。
「黒炎地獄!」
仁が陣の正面の門を周りの柵ごと吹き飛ばすと、それを目にした帝国兵たちは恐怖に震えあがり、恥も外聞も捨てて一目散に逃げ出した。陣中の物資を燃やすわけにはいかず、仁は魔剣を左手に持ち替え、右手に作り出した黒炎刀から威力を抑えた黒炎斬を放つ。帝国兵に芽生えた恐怖はあっという間に陣の中に伝播していき、赤色甲冑を纏った上級騎士が指揮を執ろうと声を張り上げていたが、それを聞く兵は存在しなかった。陣の左右から冒険者たちが鬨の声を上げて突入を開始すると、上級騎士は陣の奥へと馬を走らせた。
仁が後を追うと、上級騎士は見上げんばかりの大きな檻の横に立っていた。何人かの冒険者たちも逃げる帝国兵に追撃を加えながら、仁の元に集まってきた。檻の中で巨大な影が蠢く。
「やめろ!」
仁は嫌な予感に突き動かされ、上級騎士に向けて黒炎斬を放つ。仁の思惑通り、黒炎の刃は上級騎士の体を上下に分けるが、上半身が崩れ落ちる直前、仁の方を向いた上級騎士の顔がニヤリと笑った。地に落ちた赤色甲冑が鈍い音と鋭い金属音を同時に響かせた。
「檻から離れろ!」
仁が叫ぶのと同時に、堅牢な檻の扉が不快な音を立ててゆっくりと開く。皆が視線を向ける中、地を揺らしながら巨大な影がその姿を現した。耳をつんざくような、おぞましい咆哮が轟く。仁は両手の剣の柄を握る手に力を込める。仁は目の前に現れた巨体の異様な姿に見覚えはなかったが、同じ存在に心当たりがあった。仁は魔眼を発動するまでもなく、1つの体から複数の気配を感じ取った。




