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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第五章

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5-14.戦斧

 仁たちは家族の元に戻るリリーと別れ、ダンジョン前の広場を目指した。野戦病院の近く、ラストルの像の目と鼻の先に戦時中の指揮を執る作戦本部が設置されていた。その前に、多くの人々が集まっていた。仁たちは後ろ側に陣取る非武装の人々の間を縫うように進み、前方に集まった冒険者や探索者たちの集団の中に紛れる。


「よお。兄ちゃんたちも来たか」

「ガロンさん。何があったんですか?」


 仁はガロンのパーティの冒険者たちと会釈を交わしあい、ガロンの横に並んだ。


「それがな。そろそろ宣戦布告の使者が届く頃だと踏んではいたんだが、どうも想定通りにはいかねえみてえなんだ」

「それはどういう――」


 仁の問いかけは、観衆の大声によってかき消された。何事かと仁が正面に目を遣ると、バランをはじめとしたメルニールの代表者たちがお立ち台に上がるところだった。仁は周りの聴衆と同じように、耳を傾ける。


「メルニールに残りし勇敢なる者たちよ」


 作戦本部前の広場に、バランの低く重厚な声音が響く。


「先ほど、偵察に出ていた冒険者より報告が届いた。それによると、すぐそこまで帝国軍が迫っているとのことだ。行軍速度から考えると、おそらく夕刻前にはメルニールに到着することだろう」


 聴衆が戸惑いの声を上げ、広場にざわつきが広がっていく。


「慣例では宣戦布告を行った後に軍事行動を起こすため、実質的には一定の期間を置いての開戦となるが、帝国は間髪入れずに攻め寄せるつもりだろう。そのため、今日明日には戦端が開かれる見通しだ。各々準備を整え、第一陣に属する者は昼過ぎには持ち場に付いてもらいたい」


 覚悟していたことではあるが、ついに開戦という事実に、仁の心中で不安が鎌首をもたげる。


「幸い、皆の尽力でメルニール側の準備は十分にできている。初代様が築き上げた城壁は、皆も知っているようにアーティファクトの力で魔法を防ぎ、大型の魔物の襲撃にも耐えうる頑強さを持つ。街中に留まる者は、安心して後方支援に当たってほしい」


 バランの現状報告と演説はその後も続き、ざわめきが歓声へと変わっていく。元A級冒険者という実力者であり、冒険者は元よりメルニールの住民たちからの信頼の厚いバランの落ち着き払った様子は、聴く者に安心感と高揚を与えるようだった。


「この後、B級以上の冒険者とC級冒険者パーティの“戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)”と“戦斧バトルアックス”の代表者は儂のところに集まってくれ」


 最後に連絡事項を告げて、バランがお立ち台を降りる。それと入れ替わるように30歳を超えたくらいの痩せ型の男が台上に上がった。その後ろに4人の冒険者風の男女が続く。その誰もが、金色を基調とした、いかにも高価そうな衣服や装備品で全身を覆っていた。


「ガロンさん。あの人たちは?」

「うん? 兄ちゃんはあいつらを見るのは初めてだったか。あのひょろっとした優男が冒険者ギルドの本部長。言ってみりゃあ、ギルド長の上司だな。で、金魚の糞みたいにくっついてる奴らが、本部長お抱えのA級冒険者パーティ、“闇の超越者ダークネス・トランセンダー”だ。実力は確かだが、強さを鼻にかけた言動が目立つ、いけ好かない奴らだ」


 ガロンは視線を前方に向けたまま、表情を険しくする。珍しく悪態を吐くガロンの様子に、仁はできることなら“闇の超越者ダークネス・トランセンダー”とはお近づきになりたくないと思ったものの、そう言っていられる状況ではないと思い直す。A級冒険者パーティは今のメルニールには欠かせない戦力だった。


「メルニールの皆さん。私が今回の総指揮を任された冒険者ギルド本部長のダイール・ファンテスです。ああ、皆さん。ご心配なさらずとも、実質的な指揮は支部長のバランさんが執りますので、ご安心ください」


 ダイールは再びどよめき始めた聴衆を押さえるように、体の前に突き出した両手を柔らかく上下に動かす。


「私は支部長とは違って戦う力は持っていませんが、今回の諍いが早期に終結するよう、別のやり方で全力を尽くすつもりです。それまで、どうか皆さん、希望を捨てずに命を大切にしてください」


 それだけ言うと、ダイールはそそくさとお立ち台を降りて、急ごしらえの作戦本部には目もくれずに広場から立ち去っていく。その後ろに“闇の超越者ダークネス・トランセンダー”の面々が続く。仁がその姿を目で追っていると、4人の冒険者の中で最も煌びやかな装備を身に纏った長身の男がお立ち台を降りる直前、足を止めた。仁は男の視線が自分に向いているように感じた。仁が訝しく思っていると、男はあざけるような不快な笑みを浮かべる。仁はそのような態度を取られる覚えがなく、困惑して男の目を見つめ返すが、視線が交わらないことに気付く。その不愉快な男の視線は仁のすぐ隣に向けられているようだった。数瞬後、男は何事もなかったようにその場を後にした。


「さぁ、兄ちゃん。行くか」


 仁はガロンと男の間で何か確執でもあるのか気になったが、尋ねていいものか逡巡している間に、表情から険を消したガロンがいつもと変わらない気さくな様子で声を上げた。


「行くって、どこにですか?」

「おいおい。兄ちゃん、しっかりしてくれよ。さっきギルド長が集まるように言ってたじゃねえか」


 ガロンは呆れたように肩を竦める。仁はバランの言葉を思い出すが、呼ばれたのはB級以上の冒険者と、名指しで指定された2つのパーティの代表者だけのはずだった。


「ガロンさん、いつの間にかB級に昇格されたんですか?」

「うん? 俺はC級のままだぜ?」


 仁が自身の推測が外れて頭を悩ませていると、ガロンが上を向けた左の手のひらに右の握り拳の側面を軽快に打ち付けて、小気味のよい音を響かせた。


「兄ちゃん。もしかして、俺らのパーティ名を知らないのか?」

「え。名前、あったんですか?」

「そりゃあ、正式に冒険者ギルドで登録してるんだから、名前くらいあるさ」


 戸惑いの声を上げる仁に、ガロンは苦笑いを浮かべる。


「今更こんな自己紹介をすることになるとはなあ」


 ガロンが目配せをすると、仁たちの後ろでこちらの様子を見守っていたガロンのパーティのメンバーたちがガロンの左右に並ぶ。それに合わせるように、玲奈とミル、ロゼッタが仁の隣に集まり、2つのパーティが向かい合った。


「兄ちゃん。それと“戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)”の嬢ちゃんたち。改めて自己紹介させてもらうぜ。俺たちがメルニール冒険者ギルド所属のC級冒険者パーティ、“戦斧バトルアックス”だぜ!」


 ガロンたち、“戦斧バトルアックス”の厳つい面々は、一点の曇りもない、気持ちの良い笑みを浮かべていた。


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