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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第五章

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5-8.過去

「えっと、ミル。魔王が勇者ってどういうことかな?」


 かつて敵から魔王と呼ばれた仁が勇者として召喚された者だということは一般的には知られていないはずだった。


「ジンお兄ちゃんが勇者様で、魔王がジンお兄ちゃんなら、魔王は勇者様なの!」


 ミルは満面の笑みを浮かべていた。仁の顔に困惑が浮かぶ。


「う、うん。確かにそう言ったけど、ミルのお父さんの話っていうのは?」

「おとーさんはミルにたくさんお話をしてくれたの。でも、ミルはもっといろんなお話が聞きたくて、おとーさんにおねだりしたの。そうしたら、おとーさんは内緒の話をしてくれたの」

「それが100年前の魔王の話?」


 ミルは頷き、ベッドから立ち上がって仁の目の前まで歩み寄ると、キラキラと輝く瞳で仁を見つめた。


「小さな国の優しくて強い勇者様は強い絆で結ばれた王女様や仲間たちと一緒に一生懸命戦ったけど、悪い帝国に負けてしまうの。帝国は勇者様のことをひどいことを平気でする悪い魔王だって言うけど、おとーさんは違うって言ってたの。でも、ファムちゃんに話したら、魔王は悪い奴だって。おとーさんのお話は間違ってるって。だから、今度ファムちゃんに教えてあげるの。おとーさんは間違ってなかったって。魔王は優しい勇者様だって」


 細かいところまで知っていたかはわからないまでも、ミルの父親は帝国の喧伝した嘘を知っていたようだった。仁は以前マルコから聞いたミルの両親が獣王国出身らしいということを思い出す。獣王国は今ほど国として整ってはいなかったが、100年前にも存在していた。帝国の人族至上主義的思想は当時から続いていて、帝国とは相いれない関係だった。そのため当時の魔王討伐連合軍にも加わっておらず、大陸の他の地域ほど帝国の言うことを信じていないのかもしれないと仁は考えた。


 仁は手を伸ばしてミルの小麦色の髪に触れる。


「ミルもミルのお父さんも、俺のことをそう言ってくれてありがとう。でもね、ミル。ファムちゃんに話すのは、なしね。お父さんも内緒の話って言ってたでしょう? ミルのお父さんみたいに本当のことを知ってる人は少ないんだ。だから、ミルがその話をすると嘘つきだって思われちゃうかもしれないし、帝国の人間に聞かれたらミルがひどい目に会っちゃうかもしれないからね」


 ミルは少しだけ口を尖らせるが、仁の真摯な目を見つめて大きく頷いた。仁がミルの頭を撫でると、ミルは気持ちよさそうに目を細めた。


「ジン殿。今の話はまことの話ですか」


 仁は正面に座るロゼッタに視線を移す。放心していたロゼッタはいつの間にか端正な顔立ちによく似合う、真剣な表情をしていた。


「嘘は言っていないつもりだけど、どの話のことかな」


 仁はミルを横に座らせると、ロゼッタの調子に合わせて背筋を伸ばした。


「ミル様のおっしゃっていた、魔王の話です。100年前の魔王が世間で言われるような非道な人物ではなく、勇者だったということ。そして、その人物がジン殿自身であるということです」

「うん、そうだね。ミルのお父さんの話で少し逸れてしまったけど、ちゃんと話すよ。俺の身にかつて起きたことを。当時何があったのかを。そしてその後どうなったかを」


 仁はごくりと喉を鳴らすロゼッタを見つめる。体を硬くする仁の膝の上に、玲奈の温かな手が置かれた。




 仁はこの世界での約100年前、ラインヴェルト王国の王女、クリスティーナの行った勇者召喚によって突然異世界からこの世界に召喚された。紆余曲折を経て戸惑いながらも現状を受け入れ、仁はラインヴェルト王国の勇者として活動を開始する。


 当時、ラインヴェルト王国は大陸唯一のダンジョンを有し、そこから産出される高品質の魔石やアーティファクトを各国に供給することで国の立場を示し、その供給量を調整することで各国の国力のバランサーの役目を担っていた。


 当時既に魔石は生活に欠かせないものとなっており、その所有量が国力に比例するとまで言われていた。その供給量を自由に変えられることはラインヴェルト王国にとって非常に強力な武器となり、ラインヴェルト王国の思惑通り、一時大陸で起こる侵略戦争は激減した。


 ラインヴェルト王国の行いは大国の侵略に怯えていた小国や、人族でないという理由だけで迫害され続けていた獣人たちの国々に歓迎された。しかし、当然それを快く思わない国家も多く存在した。その最たる国が大陸一の国土を誇るグレンシール王国、今の帝国だった。300年前の建国当初から大陸統一の野望を持ち続けていた帝国は、100年前、その障害となったラインヴェルト王国への侵攻を開始した。


 ラインヴェルト王国はすぐさま帝国への魔石の供給を断ち、近隣諸国に救援を求めるが、ラインヴェルト王国に国力をコントロールされることを内心面白く思っていなかった諸国は帝国の根回しにより、様々な理由を付けて要請を拒否した。


 秘密裏に広大な領土内の魔物を大量に討伐し、近隣諸国との裏取引と合わせて大量の魔石を確保していた帝国は、その魔石が尽きる前にラインヴェルト王国を滅ぼし、ダンジョンを確保するつもりだった。帝国は開戦後、順調にラインヴェルト王国の街や村を攻略していくが、ある時から侵攻速度に陰りが見え始めた。その原因となったのは仁とその仲間たちの参戦だった。


 召喚後、ダンジョンで力を付けた仁は王女の要請で王都周辺の防衛戦に参戦し、ラインヴェルト王国の兵や民と協力し、必死に戦った。この国どころかこの世界と関係のない、戦う力を持たなかった仁が勇者としての力を開花させ、自らの命を顧みず戦う姿はラインヴェルト王国の人々を勇気付け、また、その周囲には多くの人材が集った。


 エルフ族の女騎士、アシュレイ・アースラ。白虎族の槍使い、リーゼ。小さな聖女、フラン。流浪の冒険者、疾風のラストル。その他にも多くの仲間が仁のため、クリスティーナのため、ラインヴェルト王国に暮らす人々のために力を尽くした。


 仁たちの尽力もあり、一時は持ち直した戦線も、帝国が仁を魔王として魔王討伐連合軍を組むことで次第に崩れ、王都で行われた最後の戦いの際、仲間たちの想いを汲んだクリスティーナの手で仁は元の世界に強制的に戻された。2つの世界では時間の流れが異なるのか、理屈は仁にもわからないが、召喚時とほとんど変わらない状況に仁は戻り、数年後、今度は帝国の手により勇者である玲奈の奴隷として100年後のこの世界に召喚され、召喚者であるルーナリアの好意で帝都を脱出し、今に至る。




 召喚した勇者を隷属させて働かせようとしていた帝国の思惑も含めて話し終え、仁はロゼッタの様子を窺う。ロゼッタは噛みしめるように目を瞑って頷き、口を開いた。


「では、以前ジン殿がおっしゃっていた白虎族の知人というのは、その100年前のお仲間の方のことだったのですね」


 仁は静かに頷く。


「ジン殿。自分はカマシエ家の治める領地の端の貧しい村で生まれました。虎人族の両親は村人から歓迎はされないまでも、同じ村の住人として認められてはいました。しかし、白虎族である自分が生まれ、両親も迫害されるようになったそうです。それに耐えかねた両親は幼い自分を奴隷商に売り飛ばしました。その後、紆余曲折を経てパーラ様の御父君に引き取られ、レナ様に買っていただきました」


 ロゼッタは悲痛な表情を浮かべる玲奈に、柔らかい笑顔を見せた。釣られるように淡い笑みを浮かべる玲奈の姿を確認すると、ロゼッタは仁に向き直り、再び表情を引き締める。


「ご存じの通り、白虎族は古くから差別される対象とされてきました。しかし、100年前のある出来事が、帝国内で特に白虎族が嫌われる原因の大きな一つとなっているとパーラ様から聞かされました」

「100年前……」

「はい。力で大陸全土の支配を目論み、悪逆非道の限りを尽くして人民を苦しめ、帝国の英雄に討伐された魔王。その魔王の片腕として悪事の片棒を担ぎ、人族に敵対した側近たち。その側近の中に、白虎族がいたそうなのです。自分はその名前も知らない白虎族を怨みました。その白虎族さえ魔王の手先にならなければ、もしかしたら白虎族は今ほど忌避されず、自分は両親に売られなかったかもしれない。そんな幻想を抱いて我が身の不幸を慰めてきました」


 ロゼッタの視線が一瞬だけ壁に立てかけられた槍に向く。


「ですが、それは間違いでした。ジン殿の話を聞いて、自分ははっきりと理解しました。その白虎族はジン殿の仲間として立派に戦って果てたのでしょう。自分はその白虎族の武人を尊敬し、誇りに思うことはあっても、今後決して怨むことなどないでしょう。自分の怨むべき相手は、ジン殿や白虎族に謂れのない罪を着せ、自らの非道を正当化したものたち。そして今、レナ様とジン殿に無実の罪を着せ、再び自分の居場所を奪おうとするものたち」


 ロゼッタの強い意志の籠った視線が仁と玲奈を射抜く。


「ジン殿、レナ様。それとミル様も。自分が今回の件をきっかけにあなた方の元を離れることはあり得ません。皆様方が帝国と戦うと言うのであれば、自分は喜んであなた方の槍となりましょう。帝国は、自分にとっても敵なのですから」

「ミルも戦うの! ミルもみんなと一緒なの!」


 迷いなく言い切るロゼッタとミルの様子に、仁は何があっても皆を守り抜こうと決意を新たにした。仁が握りしめている拳に、玲奈の手がそっと添えられた。仁が横を向くと、パッチリとした大きな目に涙を湛えた玲奈が、優しく微笑んでいた。


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