5-7.秘密
「どういうことだ! 代表者連中はまだ返答はしていないはずだろう!?」
ガロンの大声が食堂内に響いた。
「ああ。まだ対応を協議中だ」
「それならなぜ! いや、最後通牒か見せしめのつもりか?」
ガロンが髪の無い頭をガシガシと掻く。
「それで、その商隊の奴らはどうなったんだ?」
「荷は全て奪われたが、幸い、護衛の冒険者含め、全員が無事メルニールに到着した。ただ……」
ガロンのパーティの冒険者は仁の方をチラリと視線を送ると、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「こうなったのは全てメルニールに逃げ込んだ犯罪者とそれを匿うメルニールの代表者が悪い。とっとと犯罪者共を捕まえて帝国に差し出せと声高に叫んでいる」
仁は唇を噛みしめ、拳を強く握った。考えが甘かったのかもしれないと思った。仮に代表者が帝国の要求を拒んでも、いくら仁たちに好意的な人たちがいても、世論が仁たちに都合の悪い方向に傾けばメルニールに居場所はなくなってしまう。
「玲奈ちゃん。ミル、ロゼ。部屋に戻ろう」
仁の言葉に、3人が各々了承の意を示す。
「兄ちゃん。早まった真似はしないでくれよ。俺はまだ兄ちゃんに借りを返せちゃいねえ」
ガロンの隣で報告に来た男も首を縦に振った。
「情報を集めて明日また来る。それまで宿で待っててくれ」
ガロンの強い視線に射抜かれ、しばらく逡巡した後、仁は小さく頷いた。
「それで、仁くん。どうするつもりなの?」
部屋に戻ると玲奈が心配そうな表情を浮かべた。
「本当はすぐにでもメルニールを発つべきだと思ったんだけど、ガロンさんにああ言われてしまうとね……」
仁は自分のベッドに腰を下ろし、窓の外に視線を送った。すっかりと夜の帳の落ちたメルニールは不気味なほどに静かに見えた。ミルとロゼッタが仁の周りに集まってくる。仁は視線を窓から2人に移した。
「ミル、ロゼ。俺たちのせいで、ごめん。メルニールにいれば何とかなると思ってたし、こうなってからもメルニールにいたいとも思ったけど、俺が甘かったみたいだ。帝国がここまで強気に出てくると、バランさんも俺たちを庇いきれないかもしれないし、世論が許してくれないかもしれない。もしそうなったら俺は玲奈ちゃんを帝国の目の届かないところまで逃がさないといけない。あまり時間はないかもしれないけど、もしものときにどうするか、2人には考えておいてほしい」
仁が言葉を切ると、ミルは唇を尖らせ、ロゼッタが端正な顔を険しくさせた。
「ジンお兄ちゃん。ミルは前にも言ったの。ミルはジンお兄ちゃんやレナお姉ちゃんとずっと一緒にいたいの」
「ジン殿。ミル様のおっしゃる通りです。自分も以前お伝えしたように、ジン殿やレナ様と共に戦います。ジン殿はここで言葉を違えるような自分だとお思いですか。それは武人たる自分への冒涜と言うもの。お二人がメルニールを出ると言うのなら、地の果てへでもお供する所存です」
迷いなく告げる2人に、仁は目頭の奥が熱くなるのを感じた。
「仁くん……」
仁が声のする方に視線を向けると、パッチリとした瞳に涙を湛えた玲奈が、真剣な表情で仁に訴えかけてきた。仁は少しだけ黙考すると、玲奈に頷きを返し、ミルとロゼを見つめた。
「ミル、ロゼ。ありがとう。だけど、俺たちにはまだ2人に話していない秘密があるんだ。2人はこんなにも俺たちのことを思ってくれるのに、俺たちは、いや、俺は2人にすべてを話すことができなかった」
表情を厳しくする仁の肩に、玲奈の柔らかな手が置かれた。玲奈の手のひらから仁の体に温かさが伝わる。
「仁くんだけじゃない。私もだよ。私も2人に話したら今の関係が壊れちゃうんじゃないかって怖かった。でもいつまでも黙っているわけにはいかないよね」
仁と玲奈は頷き合い、揃ってミルとロゼッタに向き合った。
「だから話すよ。2人にも隠していたことを全部。2人にはそれを聞いてから今後の身の振り方を考えてほしい」
ミルとロゼッタは仁と玲奈の対面のベッドに腰を下ろし、向かい合った。仁と玲奈の真摯な態度に、2人は不安げな表情を浮かべながら、それでも一言一句聞き逃さないように気を引き締めた。
「驚かないで聞いてほしい。俺と玲奈ちゃんは、この世界の人間じゃないんだ。帝国の行った勇者召喚によってこことは違う世界、異世界からこの世界にやってきたんだ」
仁が2人の様子を窺うと、ミルとロゼッタは目を丸くし、口を半開きにして放心していた。
「ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんは、おとーさんがしてくれたおとぎ話に出てくる勇者様なの?」
ミルは遥か昔に異世界から召喚された勇者の伝説をおとぎ話として知っているようだった。仁は静かに首を横に振る。
「そのお話の勇者様ではないよ。でも、たぶん同じような存在ではあるかな。玲奈ちゃんは帝国から勇者だと言われているよ」
仁の言葉に、ミルの目の光が増した。父親から様々なおとぎ話を聞かされていたミルは、玲奈が勇者だと聞いて物語の登場人物に出会ったような思いを抱いたようだった。
「レナお姉ちゃん、すごいの」
無邪気に瞳を輝かせるミルに、仁と玲奈は思わず真剣な表情を崩し、苦笑いを浮かべる。
「ミルちゃん。私はすごくなんてないよ。たまたま召喚されて、その召喚魔法の効果で魔力的に強化されて勇者にされちゃっただけで、私自身が何かしたわけじゃないから。それに、私より仁くんの方がすごいよ」
「ジンお兄ちゃんも勇者様なの?」
ミルの視線が玲奈から仁に移る。ミルの瞳は期待に満ちていた。
「今は玲奈ちゃんの奴隷だけど、以前、勇者と呼ばれていたことはあるよ。仲間や俺を信じてくれた人たちを守り切れなかった失格勇者だけどね」
「仁くん……」
仁が自嘲気味に言うと、玲奈が何か言いたそうに仁を見つめた。仁は気付かない振りをして言葉を続ける。
「ミル。100年くらい前の魔王の話を聞いたことはないかな。帝国の英雄に倒されたらしいんだけど」
帝国は自らの侵略行為の正当性を主張するために魔王討伐の功績を吹聴していたため、広く知られている話のようでもあった。ミルの父親がミルに様々な話を聞かせていたのなら、この話も知っているのではないかと仁は考えた。ミルは少しだけ思索に耽ると、思い至る話でもあったのか、ハッとした表情を浮かべて仁に頷きを返した。
「その魔王なんだ。俺が、その魔王なんだよ」
仁が噛みしめるように言うと、ミルは首を傾げた。
「ジンお兄ちゃんは、本当はジンお爺ちゃんなの?」
当然の疑問だった。仁の話を信じるなら仁の年齢は100歳以上ということになってしまう。仁は慌てて手を左右に振った。
「違う違う。えっと、なんて言ったらいいかな。その魔王は、本当は勇者召喚で呼び出された勇者で、英雄に倒されたんじゃなくて元の世界に戻っただけなんだけど、こっちの世界と向こうの世界とでは時間の流れが違うみたいで……。ごめん、何言ってるかわからないよね。とりあえず、俺はまだ18歳だから、お兄ちゃんだよ!」
仁が縋るようにミルを見ると、ミルは大きく頷いた。
「ミル、わかったの。おとーさんのお話は嘘じゃなかったの。やっぱり100年前の魔王は、本当は優しくて強い、みんなに愛された勇者様だったの!」
笑顔を浮かべて嬉しそうに話すミルに、今度は仁が首を捻る番だった。ミルの横でロゼッタはずっと固まったままだった。




