5-6.来客
「ジンくん!」
その晩、仁たちが鳳雛亭の食堂で夕食を取っていると、ヴィクターが駆け込んできた。
「ああ、よかった。やっと会えた」
「ヴィクターさん、こんばんは。そんなに急いでどうかしたんですか?」
「街の噂は知っているだろう? 君たちのことが心配だったんだけど、いつダンジョンから戻ってくるかわからなかったからね。ここ数日、ダンジョン前で待っていたんだよ。それが、僕が衛兵の仕事の日に帰ってくるなんて。知り合いの冒険者からジンくんがマークソン商会のご令嬢と仲睦まじく歩いていたと聞いて、居ても立ってもいられなくてね。仕事が終わり次第、こうして駆け付けたというわけさ」
息を切らせるヴィクターの額には大粒の汗が浮かんでいた。
「心配してくれて、ありがとうございます」
「いや、いいんだ。それで、どうするつもりなんだい?」
ヴィクターは周りの客に聞こえないように、声を潜めた。
「とりあえずはどうもしませんよ。メルニールの代表者たちの対応待ちですね。それ如何によってはすぐにでも行動を起こす必要はありますが、できることならメルニールに留まりたいと考えています」
これは玲奈たちとも話し合って決めたことだった。
「そうか。僕も君たちがメルニールにいられることを願っているよ。ただ、そうだね。万が一ということもある。あってほしくはないけど、最悪の事態に備えて、僕はしばらく衛兵の仕事を増やすことにするよ」
首を傾げる仁の前で、ヴィクターは整った顔に爽やかな笑みを浮かべた。
「もちろん、もしものときに、君たちを逃がすためさ」
迷いなくそう言い切るヴィクターに、仁は目を丸くする。
「僕はメルニールが好きだけど、何も悪くない君たちを切り捨てる判断に従うつもりはないさ。ジンくんには借りもあるしね」
ヴィクターはパチッとウインクしてみせると、手を振って帰って行った。本当に仁たちを心配してだけの来訪だったようで、仁は玲奈と顔を見合わせて笑みを零した。
「よお、兄ちゃん、嬢ちゃん」
仁が声のした方を向くと、ヴィクターと入れ替わるように、ガロンが食堂に入ってくるのが見えた。
「ガロンさん。どうかされたんですか?」
「どうもこうも、兄ちゃんがリリー嬢といちゃついてたって聞いてな」
ガロンの言葉に、玲奈とミル、ロゼの視線が仁に集まる。
「いやいやいや。ガロンさん、何言ってるんですか」
「そういえばヴィクターさんも似たようなこと言ってたね。仁くん。リリーと何してたの?」
「何もしてないよ。いつもミルとしてるように手を繋いで帰ってきただけだよ!」
ガロンがニヤリと口の片端を持ち上げる。
「おいおい。兄ちゃんはミルの嬢ちゃんともあんな手の繋ぎ方をしてるのかい?」
「え、いや」
「仁くん。どんな繋ぎ方してたの?」
興味津々といった玲奈の表情に、仁は小さく息を吐いた。
「その、互いの指を交互にする繋ぎ方だけど」
「それって、恋人繋ぎ!?」
「そ、そうとも言うかな……」
玲奈は両手を口に当てて目を輝かせる。
「仁くんとリリーはちょっと年齢差があるけど、お互いにもう少し歳を取れば全然気にならないくらいだね」
うきうきと語る玲奈の様子に、仁は盛大に溜息を吐いた。仁の肩に、ガロンの大きな手が置かれる。仁が恨みがましい視線を送ると、ガロンは肩を竦めた。
「進展はなさそうか。まあがんばれ兄ちゃん」
「ガロンさん。何度も言ってますけど、俺と玲奈ちゃんはそういうんじゃないですからね」
「わかったわかった」
全然わかってなさそうなガロンに、仁はがっくりと肩を落とした。それから、妄想を膨らましてほんのり赤くなった頬に手を当てている玲奈の誤解を解くのに、しばしの時間を要した。
「ジンお兄ちゃん。ミルも次からはその繋ぎ方がいいの」
話に一区切りついたと安堵していた仁を、隣に座っているミルが上目遣いで見つめる。
「お。ミルの嬢ちゃんも兄ちゃんと恋人になりたいのかい?」
ガロンの軽い問いに、ミルは真剣な表情で黙考した。
「恋人になれば、ジンお兄ちゃんとずっと一緒にいられる?」
「お、おう。そうだなあ。恋人になったからってずっと一緒とは限らねえなあ」
真摯なミルの態度に、ガロンの腰が引けていた。ミルは残念そうに目を伏せた。
「あ、そ、そうだ。ミルの嬢ちゃん。それなら恋人じゃなくて家族になっちまえばいい。そうすりゃ、滅多なことがない限りずっと一緒にいられるぜ」
「そうですよ。ミル様。ジン殿の恋人はレナ様お一人と決まっていますが、家族の人数に決まりはありませんからね。そうなれば、レナ様の奴隷である自分も、言ってみればジン殿やミル様とも家族みたいなものです」
「ミル、レナお姉ちゃんとロゼお姉ちゃんも一緒がいいの。ミル、ジンお兄ちゃんの家族になりたいの!」
仁はロゼッタの理論にツッコミを入れたい気持ちだったが、綺麗にまとまった風の話に口を挟む気にもなれずに頭を掻いた。ふと玲奈に視線を送ると、柔らかく微笑んでいた。
ひとしきり歓談し、ガロンが帰ろうとすると、厨房から冷たい笑みを浮かべたフェリシアが現れた。ヴィクターに続いて、食事時に騒がしくして何も注文することなく帰ろうとするガロンに、お冠な様子だった。一旦は外に足を向けたガロンだが、フェリシアの無言の圧力に負けて夕食を取ることにしたようだった。
「大変だ!」
仁たちがガロンと共に一息ついていると、宿屋に冒険者風の男が勢い込んで入ってきた。仁たちのみならず、食堂内の数名の客の視線が男に集中する。
「ガロン、やっぱりここにいたか!」
「おう。どうした」
それはガロンのパーティの冒険者だった。ガロンが軽く手を上げて応えると、男は仁たちに会釈をし、ガロンの元に駆け寄る。
「帝国が遂にやりやがった! 奴ら、商談を終えてメルニールに向かう商隊を襲いやがった!」
男のもたらした情報に、一同は言葉を失った。




