5-5.買い出し
「ジンさん。周りの目は気にしないでくださいね」
バランの元を辞して鳳雛亭に戻った後、仁は玲奈たちを宿屋に残し、ダンジョンで消費した保存食や消耗品の買い出しに出た。今後の成り行きが不透明なため、念入りに買い込んでおくつもりだった。
「街道を封鎖するなんて、四方八方の近隣諸国と年がら年中戦争してる帝国にできるはずないんですからっ。口だけですよ口だけ。それにメルニールが魔石の供給を断てば、困るのは帝国なんですから」
仁の隣を歩くリリーが肩を怒らせていた。
「リリー、宿屋の仕事は良かったの?」
「はい。ちゃーんとフェル姉に許可を貰ってるので大丈夫です。安心してデートできますよ」
にっこりと笑顔を見せるリリーに、仁は救われる思いだった。メルニールの住人すべてから悪意を持たれているわけではないと実感できた。自然と頬が緩まる。
「さぁジンさん。最初はどこに向かいますか?」
「そうだね。まずはマークソン商会の商店でいろいろ揃えようかな。一番品揃えがいいしね」
「それはそれは。毎度ありがとうございます」
デートという言葉に大した意味はなかったのか、特に触れることのなかった仁を気にする風もなく、リリーは自然体の笑みを浮かべた。
「次はどうしましょう」
「もうほとんど揃っちゃったけど、最後にミルの大好きな屋台に寄っていいかな?」
「はいっ!」
マークソン商会で一通り必要なものを揃えた仁は、リリーと共によく通っている屋台に足を向けた。相変わらず周囲からの視線は気になるものの、玲奈たちではなくリリーを連れているためか、少しだけ質の違うものに感じられた。
「今日はいつものお嬢さんたちは一緒じゃないんだね」
いつもの屋台で普段通り大量の焼き鳥を注文すると、屋台の店主の青年がリリーを見ながら口を開いた。
「わたしが一緒だと何か問題でもあるんですか?」
リリーが笑顔の圧力をかけると、青年は僅かに身を引き、ぶんぶんと首を横に振る。
「いや、そういうわけじゃないんだけど、あの娘たち、特に犬人族の女の子が本当に嬉しそうに食べてくれるから、こっそり楽しみにしてるんだよ。最近姿を見かけなかったし」
「しばらくダンジョンに籠ってましたからね。ちょっと事情がありまして今日は一緒ではないですが、またみんなで食べに来ますよ」
仁の言葉に青年は安心したような表情を浮かべたが、辺りを見回して声を潜めた。
「事情っていうのはあの噂のことかな」
やはり街中に知れ渡ってしまっているのかと、仁の表情が曇る。
「ちょっと!」
「あ、いや、勘違いしないでほしい。そりゃ街道が封鎖されるのは困るけど、私は君たちが犯罪者だなんて思っていないよ。もしそうならそもそもメルニールに入れないし、今も捕まらずにこうして出歩けているのが無実である何よりの証拠じゃないか」
わかっているならいいんですと矛を収めるリリーに、青年はあからさまに息を吐いた。
「だから、心無い人たちの悪意に負けずに、堂々としていていいと思うんだ。またお嬢さんたちと一緒に来てくれるのを楽しみにしているよ」
おまけだと言って注文した以上の数を渡してくる青年に、仁は深く感謝の念を抱いた。仁は必ずまた皆で来ると青年に約束し、屋台を後にした。
「メルニールはいいところだね」
仁がしみじみと呟くと、リリーが豊かな胸を張った。
「さっきの店主さんもマークソン商会の人たちも、もちろんリリーたちも、たくさんの人が俺たちに気を掛けてくれて、励ましてくれる」
「そう言ってもらえると、わたしも嬉しいです。心無い人たちもいますけど、ジンさんたちのことを知れば、きっと力になりたいって思ってくれるはずですっ」
リリーの歩みに合わせて、ひょこひょこと長いツインテールが揺れている。仁は辺りを見回した。仁はバランの話を聞いたとき、メルニールを離れることを考えなかったわけではないが、今はできることなら留まりたいと思っていた。バランたち街の有力者たちがどういう答えを出すのかわからないが、穏便に解決するよう祈った。
「リリー、本当にありがとう。今日買い出しに付き合ってくれたこともだけど、玲奈ちゃんたちの新装備の件も本当に助かったよ」
「いえいえ、ジンさんたちはわたしの命の恩人なんですから。そんなに感謝されることじゃないですよ」
「いや、そういうわけにはいかないよ。みんな喜んでくれたし、何かお礼がしたいんだけど、リリーは欲しいものとかない? 俺にしてほしいこととかでもいいんだけど」
「してほしいことですか……?」
リリーの瞳が妖しく光ったような気がした。
「じゃあ、付き合って下さいっ!」
勢い込んで宣言するリリーに、仁は思わず後ずさった。
「そ、そうだね。せっかくだし、何が欲しいか、一緒に見て回ろうか。今日は遅いから、また後日でいいかな」
「ジンさん。わかってて言ってませんか……?」
リリーの目が笑っていなかった。首を傾げる仁に、リリーは深く溜息を吐いた。
「ジンさん」
リリーは気を取り直したように再び笑顔を浮かべると、仁の前に手を伸ばす。
「宿屋に帰るまで、手を繋いでください」
仁はリリーの健康的な手を見つめて目を丸くした。
「そんなことでいいの?」
「はい。ミルちゃんが手を繋いで帰ってくるの、実はちょっと羨ましかったんですっ」
ミルとは違い、年下とはいえ、あまり歳の変わらない女の子と手を繋ぐという行為に仁は気恥ずかしさを感じたが、期待に目を輝かせているリリーを拒否する選択肢を取ることはできなかった。仁がおずおずと伸ばされた手を取ると、リリーの指が仁の指の間に入り込み、絡み合うように動いた。それはミルとするシェイクハンドではなく、所謂恋人繋ぎというものだった。必然的に腕も触れ合い、リリーを近くに感じた。
「えへへ」
リリーは紅潮させた頬をだらしなく緩めていた。仁はドキドキと高鳴る胸の鼓動を誤魔化すように足早に歩を進めようと試みるが、リリーが許さなかった。いつも以上にゆっくりとした足取りの中、仁からは周囲の視線を気にする余裕はなくなっていた。心無い悪意の視線のみでなく、好奇の視線も多く注がれていたが、仁がそれに気付くことはなかった。




