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1-6.首輪

 翌朝、部屋内に設置された風呂で体を清める。魔道具が用いられた浴室は、現代日本のユニットバスと遜色ない作りだった。かつて召喚された時にも思ったことだが、どうもこの世界には地球の文化と似ている部分が多い気がしてならない。仁にとっては悪いことではないのだが、疑問は拭えなかった。


 仁は浴室の外に用意されていた服を身に着けた。中世ヨーロッパで着られていたプールポワンのような、体にフィットする衣装で、下はズボンだった。着慣れない衣装で落ち着かないため、元々着ていたフリースとジーパン等を洗濯してもらえるよう、朝食に呼びに来たシルフィに頼んだ。


 シルフィに連れられてルーナリアが朝食を取るという部屋に向かった。白いクロスのかけられた長机の上座にルーナリアがいて、その斜め向かいの席に玲奈が座っていた。玲奈はスカートが足元まで伸びた薄ピンクのドレスを身に纏っていた。肩がばっさりと露出していて、目のやり場に困りはするものの、眼福だとばかりにチラチラと見てしまう。


「「おはようございます」」


 示し合わせたかのように二人の挨拶が重なる。


「おはようございます。玲奈ちゃん、そのドレス、すごく似合ってるね。お姫様みたいだ」

「あ、ありがとう」


 素直な感想を口にすると、玲奈は恥ずかしげに答えた。そして仁の姿を眺める。


「仁くんも似合……ってるよ」

「無理しなくていいよ! 日本人顔には似合わないよ!」


 玲奈はそっと視線を逸らした。


「ジン様、お加減はよろしいようですね」

「朝から騒がしくしてしまってすみません。すっかり良くなりました」


 一晩寝たことで、仁のMPは上限まで回復していた。


「いえ、賑やかなのは喜ばしいことです。まずは食事にしましょう」


 仁が玲奈の対面に座ると、メイドたちが食事を運んでくる。日本の秋葉原によくあるメイド喫茶のようなミニスカートではなく、シックなロングスカートだ。メイドの白いカチューシャは全世界共通のものなのだろうか。


 運ばれてきた料理とナイフやフォークを目の前にして、仁と玲奈が身を固くする。昨晩はあまり気にしなかったが、皇族であるルーナリアと一緒ではマナーを気にしないわけにはいかない。テーブルマナーには自信がなかった。


「マナーなど気にせず自由に食べてくださいね。それにマナーがお二人の世界と同じとも限りませんし」

「そう言ってもらえるとありがたいです。ただ、それでも目に余るようなことがありましたら、遠慮せずおっしゃって下さいね。ルーナリアさんに不快な思いをさせるのは本意ではありませんので」

「私もお願いします」


 ルーナリアの心遣いは嬉しいが、この世界の誰もがそう言ってくれるとは限らないので、多少はちゃんとしておきたいところだ。玲奈も同じ思いなのか、同意を示す。


「わかりました。それと、ジン様、レナ様も。わたくしのことはルーナと呼んでください。親しき者はそう呼びます」

「え。いくらなんでも皇女様を愛称で呼ぶなど……」

わたくしがそう願っているのだから、気にすることではありませんよ。むしろ、呼んでくれないと拗ねてしまいますわ」


 おどけて見せるルーナリアは、高潔さの中に歳相応の可愛らしさを見せていた。


「それに、シルフィに聞いたのですが、ジン様の普段の一人称は“俺”だとか。普段通り、友人と接するのと同じようにしていただけませんか? 勝手にこちらの世界にお呼びしたわたくしを友人と思って欲しいなど烏滸おこがましいことは申しませんが、堅苦しい思いはさせたくないのです」

「わかりました。では、俺たちのことも様付けは止めてくださいね」

「はい。様付けなんてされると体が痒くなっちゃいます」


 玲奈の物言いが面白かったのか、ルーナリアが笑みをこぼす。


「わかりました。ジン、レナ。これからよろしくお願いしますね。さぁ冷めないうちに食べてしまいましょう」


 帝国を敵だと断定している仁ではあったが、自分たちに負い目を感じているかのようなルーナリアの振る舞いに、少しだけ心が揺さぶられていた。




 朝食終え、応接室に移ってからそのまま3人で話をすることになった。ルーナリアの対面のソファーに仁と玲奈が隣り合って座った。


「ルーナ。単刀直入にお聞きしたいことがあります」

「はい。なんでしょう」


 仁の真剣な眼差しに応えるように、ルーナリアが居住まいを正す。


「ルーナは、帝国は、俺たちを元の世界に帰す気はないのですか?」


 ルーナリアは突き刺すような仁の視線から逃れようとしない。すぐ横で玲奈が息をのんだ。色々話し合いはしたが、素直に元の世界に帰してくれるのであればそれに越したことはなかった。仁にとってはその限りではないにしても、玲奈の安全が確保できるのであれば、多少の無理も利く。憧れの玲奈と一緒にいられるという状況が全く惜しくないと言えば嘘になるが、命には代えられない。


わたくし個人としては、お二人を召喚してしまったことを申し訳なく思っています。ですが、元の世界にお戻りいただくことはできません」

「それはなぜ?」

「それが帝国の意志だからです」


 玲奈が唇を噛んで下を向いた。玲奈は自分たちに好意的であるルーナリアの意志が介在しない帝国という存在の大きさを感じたのだろう。いくら中学生の頃から大人たちに混ざって仕事をしていたといっても、国を相手取るというのは想像の範囲外に違いない。


「わかりました。では、なぜ帝国は勇者召喚を行ったのですか?」

「それは、帝国の民を救っていただきたいからです」

「具体的にはどういうことですか?」

「はい。帝国の騎士団や国軍の手が届かない街や村に危害が及ばないように、周辺の魔物退治をしていただきたいのです」

「あの」


 右手を小さく挙げた玲奈が尋ねる。


「すみません、魔物というのは?」

「はい。魔物というのは体内に魔石と呼ばれる魔素の結晶体を持った生物のことです。魔石の影響なのか、総じて欲望に忠実で、凶暴で、人や家畜を襲います。本来は騎士の仕事なのですが、現在の帝国は周辺国家と戦争中で、魔物退治に回せる戦力が不足しているのです」


 玲奈の表情が暗く染まった。


「魔物なんて危険な存在がいる世界なのに、やはり人同士で争っているんですね……」

「お恥ずかしい限りです。ですので、お二人にはぜひとも力をお貸しいただきたいのです。帝国ではなく、そこに住まう民のために」


 ルーナリアが静かに深く頭を下げた。


「俺たちが戦争に駆り出されることはないのですか?」

「ありません。わたくしがそれだけは阻止してみせます」


 顔を上げたルーナリアの瞳には固い決意の色が浮かんでいたが、帝国の意志に逆らえるとは思えなかった。




 その後、実際に勇者としての活動を始めるのは仁と玲奈がある程度戦えるようになるまで訓練をしてからということで話をまとめた。


 魔物退治で城外に出た隙を突いて逃げるべきだろうか。帝国に送還する意思がなく、おそらく送還に必要であろう魔法陣が割れてしまっている以上、帝国に留まっている理由はもはや玲奈の安全のためでしかなかった。


 仁が思索に耽っていると、長身のメイドが入室し、ルーナリアに耳打ちをした。


「サラ。こちらに通してください」

「かしこまりました」


 サラと呼ばれたメイドが一旦退室し、50代くらいに見える立派な口髭を携えた男を連れて戻ってきた。男はルーナリアと挨拶を交わしてから、仁から見てテーブル左手の席に着いた。


「ジン、レナ。この者は帝都で奴隷商を営んでいるサンデルです」

「ジン様、レナ様。奴隷商のサンデル・ウィスマンと申します」


 人好きする笑みを浮かべたサンデルが深々と頭を下げた。名前を知られていたことに驚きながら、仁と玲奈もお辞儀を返す。


「俺たちのことを御存じなのですか?」

「はい。お二人の事情はルーナリア様から伺っております。今日はジン様の奴隷契約を解除するために参りました」

「よかったね。仁くん!」


 喜色を浮かべる玲奈を横目で見ながら、仁は曖昧な笑みを浮かべる。奴隷でなくなれば鑑定石でステータスを見られるのを防ぐ手立てがない。使役者が玲奈で、過酷な扱いを受けないのであれば奴隷でいるメリットの方が大きいように思えた。それに、相手が玲奈であれば多少ひどい扱いを受けてもご褒美だと思える自信がないわけでもないかもしれない。


「えっと、俺としましては今のまま玲奈ちゃんの奴隷でも特に問題はないのですが」

「え? 仁くん?」


 仁も喜んでいるものと思っていた玲奈が驚きの声を上げる。


「いや、ほら。玲奈ちゃんの奴隷っていうのも、それはそれである意味おいしい立ち位置かなって」

「え。その発言はちょっとどうかと思う」


 玲奈の笑みが若干引きつっていた。


「ジン。わたくしはあなたにも勇者として活動していただきたいと思っているのです。奴隷のままでは帝国として勇者認定することができませんし、今のままでも私の管轄下ではジンを奴隷扱いさせるつもりはありませんが、外ではそうはいきません。わたくしははあなたに辛い思いをしてほしくないのです」


 整った顔を辛そうに歪めるルーナリアを前に、それ以上拒否することはできなかった。帝国は敵だと思っているが、やはりどうにもルーナリアに対して悪意を抱くことができなくなっている自分がいることに気付いていた。


「わかりました。サンデルさん、よろしくお願いします」

「はい。では、こちらを」


 サンデルは手提げ鞄から鑑定石に似た黒い板を取り出しながら説明を始めた。


「これは隷属石という魔道具です。ジン様、この板に右手を載せてください。レナ様は左手をお願いします」


 二人の正面のテーブルに隷属石が置かれた。仁と玲奈は言われた通り、それぞれの手を載せる。一瞬玲奈の肘が触れ、心臓がドクンと跳ねた。


「はい。ありがとうございます。しばらくそのままでお願いしますね」


 何をするのかと興味深く見ていると、サンデルも隷属石に触れ、魔力を流した。


「む……」


 サンデルの眉間にしわが寄った。


「本来ならそれぞれの手の甲に奴隷紋と使役紋が浮かび上がるのですが……」


 言われて手の甲を見るが、何の変化もなかった。サンデルが空いた手で口髭を撫でる。


「やはり正規の方法で奴隷契約がなされていないのが問題なのでしょうな。これではお二人の間にどのような制約が課されているかもわかりませぬ」


 サンデルが隷属石から手を離すのを見て、仁と玲奈をそれに倣った。ルーナリアが辛さを耐えるように目を瞑っていた。


「サンデル……あれをジンに」


 ジンはサンデルから赤茶色の革製の首輪を手渡された。見覚えがあった。仁たちの世話をしているメイドのシルフィの首にも同じものが着けられていた。


「それは隷属の首輪と呼ばれる魔道具です。それを身に付けていると、奴隷が使役者、俗にいう主人ですね、に危害を加えようとしたとき、また、制約に反する行動を取ったときに電撃の罰が与えられます。それ以外にも主人が念じることでも罰が与えられます。最近では細かな制約を決める手間を惜しみ、念じて罰を与える目的で使われることが多いです」

「ジン、本当に申し訳ないのですが、帝国のみならず、大陸中で奴隷は隷属の首輪を付けることが義務付けられているのです。それに、その首輪を付けていないだけで使役者にも罰が及んでしまうのです」

「わかりました。これを着けていればいいのですね」


 そう言うなり、仁は迷いなく自分の首に装着する。慣れるまで多少違和感を覚えるが、取り立てて気にするほどのことではなかった。これでステータスを隠しておけると、ほくそ笑む。


「これでよろしいですか?」

「後は、レナ様が首輪の金属部分に触れて魔力を流してください。それで登録完了となります」

「わかりました。玲奈ちゃん、お願い」

「う、うん」

「大丈夫だよ。例え奴隷でも、玲奈ちゃんがひどいことしないって信じてるから」


 躊躇する玲奈を諭すよう、意識的に優しい声を出す。


「うん。約束する」


 こうして仁は、正式に玲奈の奴隷となった。


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[気になる点] そもそも奴隷になる理由がないのだから通常の奴隷扱いされる理由もないのでは?首輪、主人などと言うのはそもそもその間に存在しないのでは?
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