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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第四章

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4-20.再戦

「ヴォルグ……さん」


 帝国の力ある騎士に与えられる赤色甲冑を身に纏った偉丈夫は、仁の数少ない異世界での知り合いだった。


「やはり貴殿だったか」


 仁の姿をひとしきり眺めていたヴォルグの視線が、仁の後ろに向く。


「そこの若者。ヴィクターだったか。案内ご苦労だったな。もう行っていいぞ。安心しろ。兵士には子供たちに手を出さないよう、きつく言い聞かせてある」


 ヴィクターはヴォルグの言葉に一瞬安堵の表情を浮かべるが、すぐに端正な顔に罪悪感を張り付けた。


「奴隷くん。本当にすまない」


 それだけ言い残し、再度頭を下げたヴィクターが広場の入口からスラム街へと走り去っていく。仁はその背中を無言で眺めた。


「元気そうだな。勇者のお嬢さんも元気かな?」

「子供たちを人質に取って、ヴィクターさんを従わせていたんですか。ルーナの近衛隊長とは思えないやり口ですね」


 仁が嫌悪感を露わにすると、ヴォルグは大きな肩を竦めた。


「今の私はルーナリア皇女殿下の近衛隊長ではなく、第二皇子直属の特務隊長だがね。もちろんあのようなやり方は好かんさ」


 ヴォルグの言葉に仁は眉を顰めた。ルーナリアに心酔している様子だったヴォルグがルーナリア以外に仕えるとは思えなかった。


「あれからこちらもいろいろあってな。ルーナリア皇女殿下のためにも、私は私の任務を果たさねばならぬのだよ」

「任務と言うのは?」

「帝国と何の関係もない貴殿に話す義務があるのか?」

「関係があるから俺を呼び出したのではないのですか?」


 仁は目を鋭くしてヴォルグを睨みつけた。


「ふ。まぁいい。私は第二皇子からある魔物の捕獲ないし討伐の任を受けていてな。指示された辺りを隈なく探し回ったが、見つかるのは痕跡ばかりで、魔物は一向に発見できなかった。どうしたものかと捜索の範囲を広げると、ガザムの街で、ある噂を耳にしてね」


 仁はヴォルグの言う魔物に心当たりがあり、目を細めた。ヴォルグの鋭い眼光が仁に注がれる。


「それは、私たちの探している対象と思しき魔物が既に何者かに討伐され、メルニールに運ばれたというものだった。貴殿も知っての通り、メルニールは帝国内で唯一帝国の法が通じないところでな。表立って動くことができず、部下たちに探らせたところ、魔物を倒したのは新進気鋭の黒髪の冒険者という話でね。第二皇子から渡された情報によると、その魔物はかなりの強さを持っていたはずなんだが、心当たりはないか?」


 口の片側を吊り上げるヴォルグに、仁は肩を竦めて見せた。


「心当たりはありませんが、既に倒されていたのなら手間が省けてよかったじゃないですか。早く帝都に戻られてはいかがですか」

「貴殿の言うように、本来ならば帝都に舞い戻り、事の次第を報告して任務完了となるはずだったのだが、メルニールに潜んでいる最中に、ある貴族から接触があってな。その貴族は第二皇子の派閥の有力貴族で、無下に扱うことができず、やむを得ず頼みを聞くことにしたのだよ」


 仁はヴォルグの真意に思い至り、腰の鞘から不死殺しの魔剣(イモータルブレイカー)を抜く。一方、ヴォルグも背から大剣を引き抜き、上段に構えた。


「帝国から追われし者よ。奴隷を移譲して大人しく捕まるか、愛しき者を残して今ここで儚く命を散らすか、好きな方を選べ」


 仁は右手の魔剣を中段に構え、腰を僅かに落とした。


「若者よ。死を選ぶか。残念だ。ルーナリア皇女殿下が悲しまれるだろうが、こればかりは仕方がないことだと諦めてもらう他ないな。今回は手加減できぬぞ。強大な魔物を打ち倒したその力、このヴォルグ・ヴァーレンにとくと見せてみよ」


 強敵との戦いを待ち望んでいたかのように、ヴォルグの顔には凶暴な笑みが浮かんでいた。仁はヴォルグの目から視線を外さず、左腕を真っ直ぐ伸ばして左の手のひらをヴォルグに向けた。


「魔剣使いに魔法が効かぬことを忘れたか」


 ヴォルグの顔に失望と嘲笑の色が浮かぶ。仁は答えず、体内の魔力を練り上げる。


落雷ライトニングストライク!」


 仁の発声と共に、雷撃ライトニングの何倍もの太さと輝きを持った一筋の閃光がヴォルグの頭上から襲い掛かった。仁の左手に注意を向けていたヴォルグに成すすべはなく、雷に撃たれて片膝をついた。


「ら、落雷だと……」


 ヴォルグは反射的に視線を天に向けるが雷雲は見られず、傾き始めた太陽が空を赤く照らすのみだった


黒雷撃ダークライトニング!」


 魔剣を支えに立ち上がろうとするヴォルグの背に、漆黒の雷撃が次々と突き刺さる。闇属性を付与して殺傷力を高めた雷撃ライトニングがヴォルグの体内を暴れまわり、肉体を内部から破壊していく。


「ば、馬鹿な……」


 呟きを最後に、ヴォルグは両膝を地に付けて大剣と共に前方へ倒れ込む。スラムの広場から濛々(もうもう)と砂煙が舞った。仁はヴォルグの息があるのを確認すると、アイテムリングから鎖を取り出し、ヴォルグが身動きできないようにきつく縛り上げた。一歩も動くことなくヴォルグとの再戦を勝利で終わらせた仁は、手ごたえを感じて小さく息を吐いた。もっとも、同じ手が二度通用するとは思っていなかった。


 仁は鎖で簀巻きにされたヴォルグの姿を眺めながら、どうしたものかと頭を悩ませた。ふとヴォルグの近くに倒れているどす黒い魔剣が目に入り、仁は鑑定の魔眼を発動させた。




魂喰らいの魔剣(ソウルイーター)

 触れたものから魔力を吸収し、自らの力を増大させる魔剣。所有者から日常的に魔力を吸っており、その質が衰えると魔力ごと魂までも喰らい尽くす。魂を喰われた所有者は自我を失い、魔剣の操り人形となって殺戮に興じる。




 それは放置するには危険極まりない魔剣だった。ヴォルグの命を絶たない以上、再び相まみえて戦う可能性は十分に考えられた。仁はアイテムリングを近づけて収納しようと試みるが、魔剣が拒否しているのか何事も起らなかった。仁は僅かに逡巡するものの、意を決して魂喰らいの魔剣(ソウルイーター)の柄を掴んだ。その瞬間、体内の魔力を吸い上げられる感覚が仁を襲った。それと同時に魔剣を掴んだ手からどす黒い意志のようなものが侵入してくるのを感じた。仁の体内を蛇のように這い回るどす黒い意志は、仁の中心に辿り着くと、仁の体に溶けるようにして消え去った。


「どうやらその魔剣に気に入られたようだな……」


 仁はハッとして声のした方に目を向けると、顔を苦しげに歪めたヴォルグが薄い笑みを浮かべていた。仁は呆けてしまっていたようだった。仁は手にしていた魂喰らいの魔剣(ソウルイーター)を地に突き立てた。


「ヴォルグさん。この魔剣は危険すぎます。返すわけにはいきません」

「ふ。その魔剣は既に貴殿のものだ。もう私には持つことも叶わないだろう」


 貴重な得物を失ったにしてはヴォルグの表情は晴れやかなもので、仁は訝しく思った。


「それで、私をどうするつもりだ」

「冒険者ギルドに引き渡そうと思います。メルニールの住人である子供たちを攫ったことはれっきとした犯罪です」

「殺しはしないのか」

「俺の手を離れた後は俺の関知するところではありませんが、俺にその気はありませんよ。ルーナには恩もありますし」


 仁の言葉に、ヴォルグは小さく笑い声を上げた。


「そもそもルーナリア皇女殿下の手でこちらの世界に無理やり連れて来られたというのに、貴殿はとんだお人好しだな」

「それでも、ルーナは俺の敵ではありません」

「では、貴殿の敵とは誰だ?」

「それは……」

「いや、いい。魂喰らいの魔剣(ソウルイーター)は憎しみや恨みに塗れた魂を好む。せいぜい喰われないように気を付けるのだな」


 ヴォルグはそれだけ言うと瞼を閉じた。仁は再び気を失ったヴォルグから地に突き立つ大剣に視線を移した。自身と大剣の間に目に見えない微かな繋がりのようなものを感じた。殊更意識しなければ気付けないほどの小さな繋がり。その感覚は大剣をアイテムリングに収納した後も消え去ることはなかった。名状しがたい仄かな不安が仁の心の中でとぐろを巻いたとき、広場の入口の先から複数の足音が聞こえてきた。


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