1-5.指輪
その後、シルフィが戻ってくるまで情報交換や意見のすり合わせを行った。
帝都の城にいる以上、帝国に逆らうことはできない。おそらく戦争に投入される前段階として、鍛える名目で魔物狩りをさせられるだろうと予測されるが、身の危険がない間は様子を見ながら従うことにする。仁の感情と、仮説ではあるが玲奈を隷属させようとしたことから、隙を見て逃げ出すことを決めた。玲奈に事実を告白した以上、能力を隠しておく必要がないため、玲奈の了承を得て鑑定の魔眼を使用した。
鑑定の魔眼は相手を視界に収めるだけで鑑定石と使用したのと同じように相手のステータスを見ることができる特殊技能だ。人だけでなく魔物や物質にも効果が及び、かつて召喚された時にも大活躍した貴重な技能だ。
ただし、使用すると左目が青白く淡い光を放つため、周りに魔眼を使用しているのが知られてしまい、気軽には使えない。それに、強者との戦いで最も重要になる特殊技能の効果まで知ることができないという弱点もあった。もちろん、特殊技能の有無と、その名称がわかるだけでもかなりのアドバンテージではあるのだが。また、あまりにもレベル差が激しい相手には通用しない。
名前:レナ・サヤマ
種族:人族
年齢:17歳
職業:女子高生声優
LV:1
HP:140/140
MP:150/150
力 :125(+70)
耐久:110(+65)
魔力:120(+90)
敏捷:160(+78)
技能:剣術(1)・弓術(1)・体術(1)・光魔法(1)・氷魔法(1)
特殊技能:特殊従者召喚(-)・他言語理解(-)
称号:召喚されし者・特殊召喚者・勇者
使役:ジン・ハヅキ
帝国から勇者と認定されたためだろうか、玲奈が勇者の称号を獲得していた。称号というのはその人の二つ名や、周りからどう認識されているか、この世界でどういう立場かといったことを表し、先天的に持つものだけでなく、後天的にも追加されていく。称号によってはステータスに補正が入るものもあり、強くなるという意味では成長に欠かせないものでもあった。
鑑定石では表示されていなかったが、玲奈のステータスには称号による補正が入っていた。詳しく見てみると、特殊召喚者による補正だとわかった。この称号は使役するもの、玲奈の場合は仁、の能力値の一部が加算されるというものだった。これにより、玲奈のステータスは帝国が把握しているものよりも強力なものになっていた。称号については帝国に隠しておくように玲奈にお願いした。
(特殊従者召喚というのはどんな効果なんだろう。字面から想像すれば従者を召喚するということになるけど、称号の特殊召喚者の効果と合わせて考えると、特殊従者召喚で召喚されたのが俺ってことなのかもしれないな)
特殊技能に関しては追々効果を調べていくことにして、今後の切り札になる可能性もあるため、不用意に他人に明かさないようにすべきだと伝えた。
鑑定の魔眼を使用している間、必然的に仁が玲奈を見つめ続けることになり、玲奈は照れ臭そうにもじもじと身をよじっていた。そんな玲奈の様子が可愛すぎて、ついついいけないことを考えてしまう。
(この魔眼、便利なんだけど、鑑定っていうくらいなんだから、スリーサイズとかわかったりしないかな)
スリーサイズ、スリーサイズ、と念じながら今まで以上に左目に力を込めてみるが、特に変化はなかった。
「ね、仁くん。私の技能に光魔法と氷魔法があったけど、ルーナリアさんがやってたみたいに、私にも魔法が使えるのかな?」
「多少慣れは必要だけど、少し練習すれば使えると思うよ」
仁は諦めて魔眼を止める。玲奈が瞳を爛々と輝かせていた。やはり玲奈も魔法を使うことに憧れを持っているようだ。仁はかつての自分を見ているようで微笑ましく思った。
(できれば玲奈ちゃんには魔法で命を奪うようなことはしてほしくないけど……)
仁はそれがこの世界では不可能な願いだと知っていた。この世界では殺さなければ生きていけない瞬間が必ず訪れる。そのときに玲奈が躊躇しないように、力不足を嘆かないように、自分にできるだけのことをしようと誓った。
仁の部屋の準備ができたと告げにきたシルフィに玲奈と一緒に夕食を取りたいとお願いし、玲奈の部屋に用意してもらった。ルーナリアが食べるものと同じだということで、豪勢の一言だった。世界が違っても同じ人ということなのか、材料や味付けは地球のものとあまり変わらないようだった。城の外観や内装と同じく、西洋風の食事だった。
食事の間、側に侍っているシルフィに一緒に食べないかと尋ねたところ、使用人は使用人で別の食事を後で取るということだった。見た目が小学生の高学年くらいの可愛らしい女の子のため、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
食事の後、シルフィに案内されて3つほど隣の部屋に移った。内装は玲奈に与えられた部屋と同じだった。廊下の扉前には玲奈の部屋と同様に2人の騎士が常駐すると告げ、シルフィは部屋を後にした。
「さて」
仁は一人で使うには大きすぎるベッドの端に腰掛け、緊張の面持ちで服の下からネックレスを取り出し、先端に付けられた指輪をチェーンから外した。指輪を指で挟んで目の高さまで持ち上げ、シミジミと見つめる。青い宝玉が照明の灯りを反射してキラキラと輝いていた。
「頼むぞ」
小声で呟き、意を決して指輪を左手薬指に通す。奥に達すると、指輪のリングが指のサイズに合わせて縮み、ぴったりと嵌った。
「よし」
満足げに頷き、仁は指輪の青い宝玉の部分に触れて念じた。
(やったぁあああ!)
言葉にならない歓喜の絶叫を上げ、両手でガッツポーズを決めた。脳内に様々なアイテムのリストが浮かんでいた。
この指輪はラインヴェルト王国に代々伝わっていたアーティファクトで、仁がかつての召喚者である王女クリスから譲られたものだった。
アーティファクトとは遥か昔に滅んだ古代文明の遺物で、現在の魔道具とは比べ物にならない力を秘めている。この青い指輪は通称アイテムリングと呼ばれているもので、宝玉を介して異空間にアクセスし、生きているものを除き、大量に保管することができ、もちろん重さも感じない。
また、異空間の内部では時間が凍結されていて、保管されているものが劣化しないという性質も備えていた。更には使用者として仁が登録されていて他人に使われる心配もない、正に至れり尽くせりな一品だった。
似た魔道具に魔法鞄があるが、こちらは鞄内部の空間を拡張するものであり、アイテムリングほどの量が入るわけではなく、重さはそのままで、時間凍結効果もない。それでも便利なことに変わりはないが。
仁は満面の笑みを浮かべたままアイテムリングの中身を精査していく。
当時のラインヴェルト王国は物流を止められて物資不足に陥っていたため、一級品というわけではないが、武器や防具、各種回復薬に非常食まで、一通り必要なものが揃っていた。いざというときに馴染んだ武器を取り出せるだけで心強く感じた。長い間心の支えだった指輪が、再び自分を守ってくれているように感じられた。
(クリス……みんな……)
落城間近の城から、自身の命を顧みず、仁を元の世界に送り返してくれたかけがえのない仲間たちのことを思い出す。ゆっくりと瞼を下ろし、再び自分のステータスを表示させた。
名前:ジン・ハヅキ
種族:人族(男)
年齢:18歳
職業:奴隷
LV:50
HP:720/720
MP:183/1200
力 :700
耐久:650
魔力:900
敏捷:780
技能:剣術(5)・刀術(6)・双剣術(6)・槍術(4)・体術(5)・身体強化(5)・魔力操作(EX)・火魔法(8)・闇魔法(6)・雷魔法(4)・気配察知(4)・魔力感知(5)
特殊技能:鑑定の魔眼(-)・黒炎(-)・二刀流(-)・他言語理解(-)
称号:召喚されし者・亡国の英雄・黒炎・勇者・魔王
隷属:レナ・サヤマ
称号の“亡国の英雄”に意識を向ける。
この称号の存在から察すると、おそらくラインヴェルト王国は滅んだのだろう。みんな死んでしまったのだろうか。仁はベッドにそのまま倒れ込んだ。まだ情報が足りない。
「可能性は限りなく低いかもしれない。でも、まだ――」
ゼロではない。閉ざされたと思っていた道が、再び開けたのかもしれない。
玲奈の安全が最優先ではあるが、仲間たちのその後を知りたいと思った。希望と絶望がとぐろを巻くように絡みつき、思考力を奪う。MP不足で消耗していた体と精神は睡魔を誘い、仁はそのまま眠りに落ちた。