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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
最終章

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21-19.罠

 玲奈の膝枕という、元の世界にいた頃では妄想の産物でしかなかったものに思いを馳せながらも、仁の指は中空のディスプレイの表面を忙しなく行き来していた。スマホを弄るかのように指の腹で操作するのは仁にとっては手慣れたものだった。


 最近ではリリーも随分と慣れてきたようだが、最初の頃は非常にたどたどしい手つきだったのを仁は覚えている。


 仁は強く望めば手に入るかもしれない至高の時から意識を逸らし、頭の中をダンジョン造りで満たしていく。ミルの希望を叶えるのはもちろん、ダンジョン間転移などを試すためにも早々に形にしなくてはならないのだ。


 とはいえ、ダンジョン造り初心者である仁は、何ができるのか、何ができないのかを知るためにもいろいろなことを試しながら、旧ラインヴェルト王国のダンジョンをベースに新しいダンジョンを構築していく。


「――え!?」


 ディスプレイの上を走っていた仁の指が動きを止めた。それと同様に、仁の視線も固まったまま一点に注がれる。


「ジンお兄ちゃん?」

「仁くん?」


 傍らのミル、そして対面からチラチラと仁を窺い見ていた玲奈をはじめ、その場の皆の視線が仁に集まった。


「ジン殿、どうかされたのですか?」

「ちょ、ちょっと待ってね」


 仁が思考を巡らせる。仁の指はダンジョン内に設置する罠の一覧の上で止まっていた。そこには落とし穴や魔物出現など様々な罠が一覧で表示されていたのだが、その中に、ダンジョン内の特定の場所、またはランダムに移動させるという転移を利用した罠が記されていたのだ。


 仁は今ラインヴェルトに設置してあるダンジョン内の罠を(くま)なくチェックしたわけではないが、仁の知る限りでは転移の罠は存在しないはずだった。


 気が付かなかっただけで今までのダンジョンにも存在したのか、設置されていないだけなのか、それとも新しいダンジョン核だけが持つ機能なのか、それはわからない。しかし、仁の頭には天啓のようにある考えが生まれていた。


 もし、転移の罠の移動先に今あるダンジョン内を指定できるのなら。


 仁は震える指先を慎重に動かし、仮に転移の罠を設置する操作を続けた。罠の設置場所を選ぶと、目の前のディスプレイの中の画面が転移先を指定するためのものに切り替わる。その作成途中の新ダンジョンの3Dモデルが表示されている画面の端に、横向きの小さな三角の矢印があった。


 ごくりと、仁が息を呑む。恐る恐るその矢印をタップすると、再び画面が切り替わる。そこには仁の予想通り、いや、期待通り、それまでとは別のダンジョンの3Dモデルが表示されていた。それは言うまでもなく、かつてはメルニールに、そして今はラインヴェルトに存在する馴染み深いものだった。


 半ば確信を持ちながらも、試しに仁が通常の冒険者がやってこないような下層内の場所を指定すると、罠が設置――されなかった。しかし、その代わり、ディスプレイに新たに生じたウインドウに、ダンジョンマスターの許可を待っている旨が表示されていた。


 それは即ち、転移先のダンジョンマスターの許可があれば可能ということに他ならない。


「か、革命が起こるかも……!」


 革命と言っても統治者が交代するというようなものではない。移動や物流に関しての革命だ。この罠を利用すれば、仁とリリーが想定したものよりもっと手軽に、マスターの手を借りずとも人や物のダンジョン間の行き来が可能になるかもしれない。少なくとも、新ダンジョンから旧ダンジョンに関しては、もはや確定していると言っても過言ではなかった。


 仁が興奮した口調で皆に説明すると、その場の誰もが驚きに目を見張った。




 後日、何とかダンジョンの基本形を完成させた仁は自宅の地下の物置の奥にダンジョンを設置した。もちろん仮に設置したもので、実験を終えれば撤去予定だ。


「いよいよですね!」


 ぽっかりと大口を開けた新ダンジョンの入り口前で、リリーが興奮した様子で拳に力を込める。


「ジンお兄ちゃん。待ちきれないの!」

「ミル。転移の実験をするためだから、まだ魔物はほとんどいないからね?」

「わかってるの!」


 ダンジョンを実際に設置して稼働すると、最低限の魔物は自動で生み出されるようになっている。そのような機能があるのは、おそらくダンジョンを本来の意図とは別に利用しようとするのを予防するためではないかと仁は推測している。


 もっとも、そもそもの意図が不明なのだから、それが正しいかどうかは誰にもわからない。とはいえ、諸々を考慮すると、ダンジョンが自由に使える異空間の土地というだけではないと仁は確信していた。


「じゃあ、行こうか」


 攻略目的ではなくとも仁の造ったダンジョンというだけで嬉しいのか、そわそわしきりのミルに苦笑いを浮かべながら、仁は皆に先んじてダンジョンの中に足を踏み入れる。その後ろに、ミルとイム、リリー、そして玲奈とロゼッタが続いた。


 第1階層は既存のダンジョンと同様に岩肌に覆われた洞窟状の通路が広がっている。松明や光魔法を用いずとも戦闘に耐え得るだけの光源は確保されている上に、通路は一般的な馬車が通っても多少余裕があるくらい広々としていて、実際に攻略する際の環境としては難易度の低いものとなっている。


 また、ダンジョン核の変えられない性質として入り口付近は安全地帯として魔物が湧かないようになっているが、20メートルも進めばその範囲からは外れることとなる。そして、その安全地帯をギリギリ越えたところに脇道があり、今回の目的地はその先だった。


 その通路は脇道というには広々としていて、醸し出す雰囲気はメインの通路とさほど変わらなかった。しかし、それまでと違い、安全地帯ではないので魔物が湧く可能性がある。


「ここで出る魔物は弱いけど、気を抜きすぎないでね」


 1層の入り口近辺ということもあり、仁たち戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)の面々にとってはもはや取るに足らない相手ではあるが、今は非戦闘員のリリーも一緒なので、あまり無警戒すぎるのはよくないという判断だったが、仁がわざわざ言うまでもなく皆は十分に周囲に気を配っているようだった。


「大丈夫なの。リリーお姉ちゃんはしっかり守るの!」


 リリーを守るように傍らに立つ小さな騎士を、仁は頼もしく思った。


 そうして進むこと数分。通路の先に、ちょっとした体育館ほどの広さの空間が広がっていた。


「一応この部屋は魔物が湧かない設定にはなっているけど、安全地帯ではないから通路から魔物が入ってくるかもしれない。注意してね」

「了解なの!」


 仁は皆を引きつれて部屋の奥へ向かう。そこには岩肌の地面とは異なる円形の石の床があった。直径5メートルほどの人為的に加工されたようなきれいな白っぽい石の床。それこそが仁の配置した転移の罠だった。


 実際に罠として運用するときは目立たないようにもできるのだが、今回は用途が違うので、敢えてこのような形のものを選択したのだった。


「じゃあ、順に実験していこう」


 仁がリリーを見遣ると、リリーが大きく頷いた。


「まずはダンジョン間転移がきちんと機能するかですねっ」

「俺が試してもいいけど、どうする?」

「危険があるとも思えませんし、わたしが試してみます。一応、わたしがマスターですからねっ!」


 一応も何も、仁より勤勉に、そして貪欲にダンジョンのことを学んでいるリリーがダンジョンマスターにふさわしいことは疑いようがなく、仁は常々そう伝えているのだが、リリーは未だ謙遜し続けていた。


 それはともかくとして、ダンジョン間転移に危険がないというのには同意なので、仁はリリーに任せることにする。


「では行きますね。成功したら、そのままマスタールームに行って、ジンさんを移動できるか試してみますっ」

「うん。よろしく」

「じゃあ、行ってきますっ」


 玲奈やミルたちが「いってらっしゃい」と口々に告げる中、リリーはひらひらと手を振りながら姿を消した。暫しの間の後、その場から仁の姿が消え、実験が成功したのだと皆が確信していると、すぐに二人そろって姿を現した。


「うん。予想通りだったよ」


 仁とリリーが微笑み、その視線を円形の石の罠に向ける。


「じゃあ、次はいよいよ、これの実験だね。危険はないと思うけど、まずは俺が――」

「ジンお兄ちゃん! ミルがやってみたいの!」


 ミルがビシッと片手を上げ、仁をまっすぐに見上げていた。


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