4-9.仲間
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
訪れた直後とは打って変わって心からの笑顔で見送るパーラに会釈を返し、仁たちはレヴェリー奴隷館を後にした。仁とミルが手を繋いで前を歩き、玲奈が後ろに続いた。その横では無事に玲奈の奴隷となったロゼッタが背筋を伸ばして、端正な顔に清々しい笑みを浮かべていた。
「レナ様。本当にありがとうございます。こうして大手を振って日の下を歩ける日が来るとは思っていませんでした」
仁たちは奴隷商たちの集まる区画を出て、普段の生活圏に向かっていた。高く昇った日の光が玲奈とロゼッタの髪を照らして、黒と白のコントラストを強調していた。
「契約上は私が主人になってるけど、私たちの実質的なリーダーは仁くんだから、基本的には仁くんの指示に従ってね。戦闘中は特にね」
「はい。了解しました。ジン殿。後輩奴隷としてレナ様やミル様のために存分に尽くす所存ですので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
仁はロゼッタの硬い物言いに苦笑いを浮かべた。
「ロゼッタさん。無理に言葉使いを改める必要はないですけど、そんなに畏まらないでください。確かに俺の方が玲奈ちゃんの奴隷歴は少し長いけど、ロゼッタさんの方が年上ですし、俺たちは奴隷だろうとそうじゃなかろうと、取り立てて区別はしていませんし。ね。玲奈ちゃん」
「うん。本当は様付けも止めてほしいんだけどね」
「ミルもミルでいいの」
後ろを振り向いた仁やミル、隣の玲奈の視線を集めたロゼッタは首を横に振った。
「それは自分の奴隷としてのけじめですので。もちろんこれは他者に強要するものではありませんので、ご安心ください。むしろ、レナ様とジン殿の睦み合いを邪魔する無粋な輩は自分が排除してみせましょう」
ロゼッタは契約前の涙目が嘘のような、キリッとした表情を浮かべた。仁は人差し指で頭を掻いた。
「あー、えっと。よく勘違いされるんだけど、俺と玲奈ちゃんはそういう関係じゃないからね」
「違うのですか? ではどのようなご関係なのですか?」
眉根を寄せるロゼッタに、仁はどうやって説明したものかと頭を悩ませた。
「俺は玲奈ちゃんのファンで、今の役目は玲奈ちゃんを守ることかな」
仁が玲奈に視線を送ると、玲奈が続いた。
「仁くんは大切な私のファンで、今は仁くんに守られるだけじゃなくて守り合える関係を目指してるところだよ。まだ全然力不足なんだけど」
「そんなことないよ。玲奈ちゃんはすごく頑張ってるし、俺もいろいろ助けられてるよ。それに、俺にとっては玲奈ちゃんの近くにいられるだけで幸せなことなんだから」
「そんなこと言ったら、仁くんが私のファンでいてくれたお蔭でどれだけ救われたことか。仁くんが全く知らない男の子だったらと思うと、ぞっとするよ」
往来の真ん中で立ち止まってお互いに感謝し合う仁と玲奈の様子に、ロゼッタが柔らかい笑い声を上げた。
「話の内容はわかりませんが、男女の仲でなくてもお二人がお互いを大切に思い合っていることはよくわかりました。とりあえず、レナ様。周りの邪魔になるといけませんので、落ち着けるところへ移動されませんか?」
仁と玲奈が周りを見回すと、注目を集めているようだった。
「えっと。行こうか」
仁がそう言って歩き出そうとすると、手をくいくいと引かれた。仁が繋いだ手の先に目を向けると、ミルが仁を見上げていた。
「ミルもジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんが大切なの!」
「うん。ありがとう。俺もミルが大切だよ」
ニコニコと笑顔を浮かべるミルを、仁と玲奈、ロゼッタが微笑ましいものを見る目で眺めた。
その後、ミルお気に入りの焼き鳥屋で保存食のストックを補充し、そのまま屋台の近くで昼食を取ることにした。食べ切れないくらいに買い込んで革袋に入れる仁の様子を、ロゼッタは不思議そうに眺めていた。仁はアイテムリングのことも含めて、ミルにした話は鳳雛亭に戻った後でロゼッタにも説明するつもりだった。
仁がそんなことを考えていると、両手に焼き鳥の串を握りしめたミルが真剣な表情でロゼッタに近付き、おずおずと差し出した。ロゼッタがしゃがんでミルと目線を合わせて受け取ると、ミルは緊張で少しだけ強張っていた頬の筋肉を緩めた。ミルはこの屋台の焼き鳥が仁と玲奈との出会いの味だとロゼッタに力説しているようだった。ロゼッタはミルの話に聞き入り、時折相槌を打っていた。
「ロゼッタさん」
話が一段落ついたのを見計らって、仁は嬉しそうにミルと一緒になって焼き鳥を頬張っているロゼッタに声を掛けた。
「ジン殿。それにレナ様とミル様も。自分のことは、ロゼッタ、もしくはロゼとお呼びください。敬称も敬語も不要です」
仁は年上を呼び捨てにすることに抵抗はあったが、本人の意思を尊重することにした。
「じゃあ、ロゼ」
「はい。なんでしょう、ジン殿」
「この後、ロゼ用の武具を揃えるつもりなんだけど、どんなものがいいか希望はある?」
「お恥ずかしながら、自分は生まれて此の方、武具というものを手にしたことがありません。そのため、戦闘リーダーのジン殿に見立てていただければと思う所存です」
ロゼッタは僅かに顔を伏せて、身を縮ませた。
「うん。わかった。でも、今戦えないことを恥ずかしく思う必要はないよ。それをわかった上で俺たちはロゼに仲間になってほしいと思ったんだから。俺も玲奈ちゃんやミルを守るためにもっと力を付けたいと思ってるし、玲奈ちゃんもミルもそれぞれ頑張ってる。だからロゼも一緒に、少しずつ皆で強くなって行こう」
仁の言葉に、ロゼは真剣な表情で力強く頷いた。
昼食を終えた後、仁たちはマークソン商会の店舗で白のチュニックと茶色いショートパンツをはじめとしたロゼの身の回りの品を買い込んだ。防具に関しては戦闘スタイルが固まってから買い直すことも想定に入れ、急所や関節を守る鉄と革の一般的な軽鎧を購入した。武器を買わずに店を出た仁に、ロゼッタは不安そうな表情を浮かべていた。
その後、冒険者ギルドに寄って、ロゼの奴隷冒険者登録とパーティ登録を済ませた。得意なことの欄に仁が槍と記入するのを見て、ロゼッタは胸を撫で下ろすが、槍を買わなくてよかったのかと新たな疑問を抱いた。
鳳雛亭に戻った仁たちはフェリシアとリリーにロゼを紹介し、4人部屋への変更を申し出たが、仁の予想通り4人部屋は埋まっており、代わりに3人部屋へ移ることになった。ロゼは奴隷である自身が床で寝ると主張したが、ミルは自分が仁と一緒に寝るから問題ないと譲らなかった。玲奈が羨ましそうな視線を寄越していたが、仁は気付かない振りをした。大半の荷をアイテムリングに収納しているため、部屋には普段使いする日用品しか置いておらず、引っ越し作業はすぐに終わった。
「ジン殿」
仁が真ん中のベッドにミルと並んで座って一息ついていると、部屋を見回していたロゼッタが近寄ってきた。
「いろいろと買っていただきありがとうございます。ですが、その、槍がどこにも見当たらないのですが、自分は槍を使うのではないのですか?」
不安そうな表情を浮かべるロゼッタの姿に、仁はすっかり忘れてミルとくつろぎ始めてしまったことを申し訳なく思って頭を下げた。
「ごめん、ロゼ。ロゼに渡したいものがあったのを忘れてたよ」
仁はそう言ってアイテムリングから一本の槍を取り出した。銀灰色の柄に、濃緑の刃の穂先と石突を持った2メートル超の槍だった。突然何もないところから槍が出現したように見えたロゼッタは一歩後ずさった。
「ジ、ジン殿。その槍はどこから……」
目を見開いた状態で固まったロゼッタに、仁はアイテムリングの説明をして槍を手渡した。ずっしりと重みを感じたロゼッタはふら付きながら石突を床に付け、両手で支えた。ロゼッタは女性にしては高身長で仁とあまり変わらないため槍のサイズは問題ないが、思い通りに振るうには力が不足していた。
「それは亜竜の槍と言って、その名の通り、亜竜の背骨を加工してミスリルでコーティングした柄に、亜竜の爪から作った刃と石突を持つ槍だよ」
亜竜と聞いてロゼッタは体を震わせた。ロゼッタは怯えた視線で槍の上部を見上げた。
「その槍は俺のかつての仲間の白虎族が昔使っていたもので、ロゼさえ良ければロゼに使ってほしいんだ」
「自分は他の白虎族に会ったことがないのですが、その方をご紹介いただくわけにはいきませんか?」
「ごめん、ロゼ。おそらく、その人はもう……」
仁はロゼから目を逸らし、僅かに顔を伏せた。その様子に、ロゼッタはきつく目を閉じた。
「ジン殿、不用意な発言をお許し下さい」
「いや、こっちこそごめん。それで、使ってもらえるかな」
ロゼッタは槍を握る手に力を込めた。
「はい。ジン殿のかつてのお仲間の代わりなどと烏滸がましいことは申しません。ですが、“戦乙女の翼”の一員として、いつの日かこの槍に相応しいと言われる武人になりたいと思います」
真摯な瞳で仁を見つめるロゼッタの姿に、仁は頬を綻ばせた。今は槍を必死に支えることしかできないロゼッタが、いつの日か自由自在に亜竜の槍を振り回して勇敢に戦う姿を仁は思い浮かべた。




