4-7.決定
「ご覧の通り、ロゼッタはやる気は十分なのですが、ダンジョンで戦うにはとても力不足なのです」
ため息交じりに告げるパーラに、涙目で俯いていたロゼッタが顔を上げた。
「ですが、お客様のご希望は、“ダンジョンで戦う意志のある者“だったはずです! であるならば、自分は条件を満たしております。自分を買うかどうかを決めるのはあくまでお客様であり、パーラ様ではありません。パーラ様の理不尽な決めつけで自分のご主人様となられる御方に目通りも許されないなど、あってよいことではありません!」
端正な顔を情けなく歪めたロゼッタに、パーラは大きく肩を落とした。
「だからこうして無駄だとわかっていながら、あなたのためにお客様の貴重なお時間をいただいたではありませんか。それに、採用基準に力が必要ないというのであれば、先ほどの慌てた様子は何ですか。それまでどれだけ外面を取り繕っても、あれでは台無しですよ。何が『ダメ……!』ですか」
パーラに雑に真似されたロゼッタは雪のように白い肌をピンク色に染めた。一瞬顔を俯かせたロゼッタが、仁たちの方を向いた。
「お客様、いいえ、ご主人様。そしてそのお仲間の方々。どうか自分を選んでください。自分にはあなた方しかいないのです。自分の生まれを気にされず、帝国人のようなひどい扱いもなされない。更には物珍しい白虎族だからと遊び半分に性的な要求もされない。そして何よりも、ダンジョンで戦うということは武人になりたい自分には願ってやまないことなのです!」
勢い込むロゼッタに、仁と玲奈は瞼をパチパチと瞬かせた。
「ロゼッタ。無理を言うのはお止めなさい。お客様がお困りでしょう。確かに今回のお客様はあの豚と比べるまでもない優良物件でしょう。ですが、お客様はダンジョンで共に戦う仲間としての奴隷をお求めなのです。なんちゃって武人の戦えないあなたはそもそも対象外なのですよ」
「なっちゃって武人とはなんですか! いくらパーラ様といえども、言っていいことと悪いことがあります!」
「何をいまさら。私の口が悪いのは今に始まったことではないでしょう」
言い争う奴隷商と奴隷を前に、仁と玲奈は何とも言えない表情で顔を見合わせた。ふと視線を落とすと、ミルが口を尖らせていた。
「喧嘩はダメなの! 仲良くしないと怖い魔王が攫いに来るって、おとーさんが言ってたの」
仁は一瞬自分のことかとドキッとするが、おそらく昔話で語られる伝説上の魔王のことだろうと思い直す。パーラとロゼッタは立ち上がったミルの言葉に、ばつの悪そうな表情を浮かべた。
「これは失礼をしました。可愛らしいお客様に叱られてしまいましたね。ロゼッタ。後はお客様方がお決めになることです。下がって待ちなさい」
パーラの言葉にロゼッタは反射的に反論しかけたが、ミルの真剣な眼差しを受けて口を閉じた。ロゼッタは入室時とは打って変わって、背中を丸めてすごすごと退室していった。
「お客様。お見苦しいところをお見せして誠に申し訳ありません」
深く頭を下げるパーラを、仁が止めた。
「いえ、ロゼッタさんの心の内も知れましたし、有意義な時間でしたよ」
笑顔を見せる仁に、パーラは何か言いかけるが、どうやら飲み込んだようだった。
「それでは今しばらくお客様方のみでお話合いください。同情心からでなく、本当に必要な奴隷を選ばれるようお願いいたします。それがお互いのためだと私は信じております」
パーラは優雅に一礼し、応接室を後にした。
「仁くん。やっぱりロゼッタさんじゃダメだよね……?」
玲奈が遠慮がちに仁の様子を窺う。
「必死な様子に絆されていないとは言わないけど、私はあの人となら上手くやっていけそうな気がする。ただ、ダンジョンで戦うってなると……」
「レナお姉ちゃん。ロゼッタお姉さんが弱くてダメなら、ミルもダメになっちゃうの」
確かにロゼッタのステータスは低いながらも、ミルより少しだけ高かった。
「ミルちゃんはまだ小さいけど、ロゼッタさんはもう成人してるんだから、一緒にしちゃダメだよ。ミルちゃんはこれから強くなるんだから」
優しく諭すような玲奈の言葉に、ミルは微笑みを浮かべた。
「うん。ミル頑張る。でも、きっとロゼッタお姉さんも頑張るの。ミルはロゼッタお姉さんと一緒に頑張りたい。ジンお兄ちゃん、ダメ?」
仁はミルの頭に手を置いた。
「ミルはロゼッタさんがいいんだね」
仁はミルが頷くのを確認すると、顔を玲奈に向けた。
「玲奈ちゃんもロゼッタさんのことを気に入ったんだよね?」
「うん。だけど……」
「それじゃあ、ロゼッタさんにしよう」
「え」
玲奈が戸惑いの声を上げた。仁の手の下で、ミルが犬耳をピクっと動かした。
「確かにロゼッタさんのステータスは年齢の割にもレベルの割にもかなり低いけど、俺や玲奈ちゃんの仲間としてミルと一緒に頑張って行けば、いずれ解決するかもしれない」
「私はロゼッタさんなら嬉しいけど、仁くん、いいの? 見た目が好みとか、そういう理由じゃない?」
探るような玲奈の視線を受けて、仁は苦笑いを浮かべた。
「違う違う。ロゼッタさんはとんでもなく綺麗だけど、俺の一番の好みは玲奈ちゃんだよ」
「あ、ありがとう……」
仁は顔を赤くして俯く玲奈を眺めながら、かつての仲間だった白虎族の女槍使いを思い出していた。出会った頃は獣人族だと思えないほど身体能力が劣っていたが、弱音を吐かずに必死に食らいついた結果、かつての仁の仲間の中でも有数の戦闘力を誇るまでに成長した。それは決して勇者の称号による成長促進の効果だけとは思えなかった。最後の戦いの際、仁とは異なる部隊を率いて戦っていたはずだが、その後どうなったのか、今は考えないでおく。
「俺の昔の仲間の白虎族の人がね、口癖のように言っていた言葉があるんだ」
玲奈とミルの視線が仁に集まる。
「白虎族は大器晩成なんだってね。俺も彼女を見てきて、そう思ったよ。だから、きっとロゼッタさんもミルと一緒に頑張れば、いつかきっと強くなって俺たちを助けてくれると思う。だから、俺もロゼッタさんがいいと思うよ」
仁の言葉に、玲奈とミルが顔を綻ばせた。計ったように様子を窺いに来たパーラに満場一致でロゼッタに決まったことを告げると、パーラは驚きに目を見開いた後、優しく微笑んだ。その細められた目の端に、仁は光る水滴が見えたような気がした。




