20-51.幸福
「何ていうか、冷静になるとちょっと恥ずかしいね」
玲奈が前髪を弄りながら、ダブルベッドの真ん中で向かい合う仁を窺い見る。先ほどまでベッドで抱き合って互いの無事を喜び合っていた二人だったが、高揚していた精神が落ち着いてくると、非常に恥ずかしい状況なのではないかと思い至り、どちらからともなく起き上がって今に至る。
ぺたんと女の子座りしている玲奈の対面で、仁は火照った頬を掻いた。
「そ、そうだね。その、玲奈ちゃんの無事が嬉しくて、ちょっとテンションがおかしくなっていたかも」
思い返してみれば仁は途中で感極まって告白まがいのことをしていたような気がして焦るが、これまでファンとして好きだ好きだと言ってきたのだから玲奈が勘違いすることはないだろうと、自分でも嬉しいのか悲しいのかわからない結論を出す。
玲奈も玲奈でかなり大胆な言動をしていた気がするが、仁は勘違いしてはいけないと、未だ早鐘を打ち続けている心臓に釘を刺した。
「わ、私の方こそ。こんな格好で抱き付いちゃって、ごめんね。仁くん、嫌じゃなかった……?」
玲奈の上目遣いが、仁の心の中心を撃ち抜いた。仁は、ぶんぶんと首を横に振り、嫌なはずがないと強く主張する。大好きな人と抱き合えて嬉しくないはずがない。
それも下着同然の格好の玲奈とベッドで抱き合うなど、仁にとって夢のような事態だ。これまでも幾度か抱き合うことはあったが、それと比べても遥かに刺激的な時間だった。
とはいえ、いつまでも幸福感に浸っているわけにもいかない。仁は深呼吸をして気持ちを静め、真剣な声音で玲奈の名を呼んだ。
「玲奈ちゃん。いろいろと説明しないといけないことがあるんだ」
「うん。聞かせてください」
玲奈がまだ頬を赤らめつつも居住まいを正す。直後、仁は玲奈に着替えてもらってからの方が良かったのではないかと思い至るが、玲奈の真剣な表情を見て、このまま話を続けることにした。
真面目な話をするのだから当然のことではあるが、仁は玲奈の首から下を見ないようにするのが、せめてものマナーだと思った。
「――というのが、今の状況なんだ」
仁は玲奈の疑問に適宜答えながら、救出作戦の全貌を説明した。そして、その成功の立役者が古の大賢者レイナだということも。
そのことに話が及んだ時、玲奈は合点がいったというような顔をしたため、仁が尋ねると、玲奈は体を取り戻す直前にレイナの魂と僅かばかり言葉を交わしたのだという。もちろん玲奈はレイナのことは知らなかったが、仁の話を聞いて確信を抱いたとのことだった。
「私が助かったのは、仁くんやレイナさん、それにこの場を整えてくれたみんなのおかげなんだね」
「それだけじゃなくて、玲奈ちゃん自身も頑張っていたからだと思うけどね」
先ほどの話の中で、玲奈は体の自由を奪われながらも思考を続け、魂が魔力に近しい存在であると思い至ったと言っていた。もしそのことに気付かず、魂というものを客観的に捉えられていなければ、玲奈の魔力の他者との親和性の高さ故に、より魔王妃の魂を受け入れてしまっていたかもしれない。
万が一にもそうなっていた場合、作戦は上手くいかなかったかもしれず、仁は今でも魔王妃の言いなりにならざるを得なかった恐れすらあった。
仁と玲奈は、皆が頑張ったからこそ今があるのだという結論に達した。
「でも、そっか。作戦通りということは、今もこの近く魔王妃の魂が漂っているかもしれないんだよね……?」
玲奈が表情をやや不安げなものに変えて辺りを見回す。魔王妃の魂が目に見えるわけではないが、仁も釣られるように視線を巡らせた。
「人魂みたいに目に見えれば困らないんだけど」
仁はそう言いながら周囲の魔力を探るが、それらしいものは見つからなかった。既に消滅してしまったのかもしれないし、知覚できないだけで玲奈の言うように魔力障壁のすぐ近くでこちらの隙を窺っているのかもしれない。それはわからないが、当初の予定通り最低一晩はこのまま過ごすことを仁が提案すると、玲奈は神妙な顔で頷いた。
もし本当に魂に対して魔力障壁が有効であるならこの場に留まる必要性は薄いかもしれないが、これは今の玲奈が間違いなく玲奈であると仁が確信するための時間として予定されたものだ。
もっとも、仁自身は既に確信に至っているが、それでも街の皆に不安を与えないために最低一晩は様子を見たという事実が大切だと、アシュレイやルーナリアは考えているようだった。
そのことに納得していた仁は、玲奈にも無事受け入れられたことに、ホッと安堵の息を吐く。仁は玲奈ならば拒否しないだろうとは予想していたが、もし二人きりを拒絶されていたらと思うと身の竦む思いだった。
「あの、仁くん」
「うん?」
仁が少しだけ考え込んでいると、いつの間にか玲奈がばつの悪そうな顔で仁を見つめていた。
「ごめんね。仁くんが魔力障壁で守ってくれてるのに、一人で浮かれちゃってて……」
「いやいや。浮かれていたのは俺も同じだし、玲奈ちゃんは知らなかったんだから」
結果的に障壁を維持できたのだから問題ないと、仁は強引に話をまとめる。迷惑どころか、仁にとってかつてない幸福な時間だったのだから、玲奈が謝ることなど何もなかった。仁がそう力説すると、玲奈は申し訳なさそうにしながらもはにかみ、今度は謝罪ではなく感謝の言葉を口にした。
「仁くん。手を出してくれる?」
「手?」
唐突な要望に、仁が頭の上に疑問符を浮かべながら手を差し出すと、玲奈は仁の両手を自身のそれで優しく挟み込む。
「玲奈ちゃん、これって」
「うん。魔力譲渡だよ」
仁は玲奈の手の温もりがそのまま体全体に広がるような感覚を覚えた。ジークハイドの魔力も得た仁は、一晩中、魔力障壁を維持できる自信はあったが、それでも仁を案じてくれる玲奈の気持ちはとても嬉しく、胸がぽかぽかと温かくなった。
「玲奈ちゃん、ありがとう」
仁の心からの言葉に、玲奈は心からの笑みで答える。そのまましばらく手を握られたままでいたが、仁の視線が玲奈の首の下へ向いた。真面目な話が終わったからといって邪な目で見ていい理由はないが、無意識の行動だった。直後、仁は慌てて目を逸らす。
そんな仁の様子に玲奈は小首を傾げていたが、視線を下に落としてすぐに仁の行動の理由に思い至り、ばっと勢いよく手を離して胸の前で腕を組んだ。
仁は玲奈に申し訳ないことをしたと反省しつつ、仁にとって大変意味のあるものとなった“あのセリフ”が聞けるかもしれないと期待に胸を躍らせるが、玲奈は涙目で呻っただけだった。
「あー、その、玲奈ちゃん」
仁はベッドの脇のアナスタシアが脱いだまま放置されている衣服と装備を尻目に、アイテムリングから代わりの着替え一式を取り出し、横を向いたまま玲奈に差し出した。
その後、背中から聞こえる衣擦れの音にドギマギしたり、二人きりでココの用意してくれた夕食に舌鼓を打ったり、汗を流すために氷魔法と火魔法による共同作業をしたり、それに続く振り向けない拷問に耐えたり、再びの衣擦れから現れた玲奈のネグリジェ姿にドキドキしたり、仁は最近の鬱憤を晴らすかのように、夢のような時間を過ごすこととなった。
仁は城外で警戒している皆に申し訳なく思いつつも、特に騒ぎのあった様子もなかったため、これはこれで玲奈を守る大切な役目なのだと役得を享受することにした。もちろん、このまま玲奈の身に何事もなければ明日以降はしっかりと皆のために働く所存だ。
「仁くん。本当に私だけ寝ちゃっていいの?」
「うん」
仁は魔力障壁を維持するためにも不寝番をすることになるが、玲奈がそれに付き合う必要はない。ずっと魂だけで戦っていた玲奈は精神的に披露しているに違いないと仁は考えていた。
その証拠に、玲奈自身は気付かれないように気を付けているようだが、言動の節々から眠気に襲われている様が見て取れた。
仁は最後の魔力譲渡を玲奈から受け終えると、申し訳なさそうにしている玲奈にベッドに横になるよう促し、一旦脇に退いて玲奈に掛布団をかける。
「おやすみ、玲奈ちゃん」
「おやすみ、仁くん」
仁が玲奈を安心させるように微笑むが、玲奈は一向に目を閉じる様子を見せない。
「玲奈ちゃん?」
仁が首を傾げていると、玲奈は掛布団の端を両手で掴み、鼻の天辺まで持ち上げた。
「仁くん。恥ずかしいから寝顔は見ちゃダメだよ……?」
縋るような玲奈の視線に、仁は今日何度目かになる胸の中心へのクリティカルヒットを受け、思わず仰け反りそうになる。
「見ちゃダメだからね?」
仁が、ぶんぶんと首を上下に振ると、玲奈は「でも、仁くんがどうしても見たいなら、その、ちょっとだけなら……」と最後に言い残し、勢いよく瞼を下ろした。
それから夜が明けるまで、仁はだらしない顔で玲奈の安らかな寝顔を見つめ続けた。




