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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第二十章

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20-47.作戦開始

「ジーク、来て」


 誘うような声に応じて仁が振り返ると、ラインヴェルト城の薄暗い寝室のベッドの上で、ネグリジェ姿の少女が仰向けに寝そべっていた。少女は視線を仁に向け、ニコリと笑う。


「ナーシャ。なんで、ネグリジェ……」

「だって、前のときはこの格好だったでしょ?」


 手で目を覆った仁に、アナスタシアは頭を枕に載せたまま僅かに首を傾けた。もちろん、アナスタシアの言う“前”とは、玲奈に魔力操作の訓練を施した際のことだ。あのときの玲奈はルーナリアに言われるまま、仁を喜ばせようと恥ずかしさに耐えて仁の部屋にやってきたのだが、その後、実際に訓練を施す段になってどうなったのか、アナスタシアが知らないとは思えなかった。


「鎧を外すだけでよかったのに着替えるって言うから、おかしいとは思っていたんだ」


 今日のアナスタシアは普段の玲奈と同じように、戦闘用の服に軽鎧を身につけていた。そして、寝室に着くなり、“気持ちいいこと”をするために着替えると言われた仁は後ろを向いて待っていたのだ。


「大丈夫だよ。ほら。ちゃんと下は下着をつけてるから」


 アナスタシアはそう言いながら、ワンピースタイプのネグリジェの短い裾を、ひらりと持ち上げる。仁は白い三角の頂点が目に入った瞬間、視線をスライドさせる。すると、淡いピンクのシースルーのネグリジェの胸部の辺りには白いものが透けていないことに気付いた。


「もう。ジークのエッチ」


 両手をクロスさせて胸の辺りを隠したアナスタシアが、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。思わず仁はネグリジェの下に下着をつけていると言っていただろうと抗議するが、アナスタシアは上の下着をつけているとは言っていないとドヤ顔で答えたのだった。


 仁は目を逸らし、大きく溜息を吐く。地下室前でのやり取りでの深刻な雰囲気は、既にその面影すら失くしていた。それが本当にアナスタシアは気にしていないのか、それとも仁を、ジークハイドを想ってそう演じているのか、仁には判断できない。


 一つだけ言えることがあるとすれば、目の前の少女が時折玲奈のように見えてしまうということだけ。もちろん、差異はある。今の場面でも、玲奈ならばもっと恥じらいを持っているはずだ。


 しかし、もし仁が玲奈ともっと進んだ関係、例えば恋人のような関係になった場合、小さな悪戯好きの玲奈ならば、こうしたことをしてきてもおかしくないようにも思えた。というより、はっきり言ってしまえば、元の世界での仁の妄想の中の玲奈に似ているのだ。


 一層のこと、以前玉座で高笑いを上げていたときのように明らかに玲奈と異なる様子を見せてくれればやりやすいのにと、仁は心の中で誰にでもなく、ぼやく。


「ねえ、ジーク。昔の君より私の体に興味津々な気がするんだけど、もしかして、こういう子が好みなの?」

「べ、別にそういうことじゃ……! ほ、ほら、その子は仁が好きな子だから、きっとその影響が……」


 仁は慌てて言い訳をする。ジークハイドにとてつもなく執着をしているアナスタシアに、玲奈に対して嫉妬の念を抱かせるわけにはいかない。現状では最善とも言うべき体を嫉妬でどうこうするとは考えにくいが、妄執に憑りつかれてしまえばどういった行動に出てもおかしくはないのだ。


「ふふっ。昔のジークだったらこんなのことくらいじゃ焦ったりしないのに。でも、そんなジークも私は大好きだよ」


 天使(玲奈)のように微笑むアナスタシアに、仁はホッとすると共に、これからこの少女を騙して殺すのだと罪悪感を募らせる。ジークハイドだった部分はともかく、仁としてはアナスタシアにこちらの世界における第二の故郷メルニールを落とされ、最愛の人を奪われたのだから、それこそ憎んでいてもおかしくない相手なのに、だ。


 確かにアナスタシアの境遇を想えば同情はするが、だからといって無関係の他人の幸せを踏みにじるような行為を許せるはずがない。仁はそう強く思い込むことで、この後の行いに正当性を持たせる。


「じゃあ、ジーク。そろそろお願い。ジークとの“気持ちいいこと”が待ちきれなくて」


 アナスタシアが、もじもじと両の太ももの内側を擦り合わせ、仁に流し目を送る。仁が頷くと、アナスタシアは腰を僅かに浮かせてネグリジェのひらひらの裾をたくし上げた。


「ナーシャ!?」

「ねえ、早く。ジーク、お願い。ずっと、ずっと待ってたんだから……!」


 アナスタシアの訴えが仁の心に深く刺さる。仁がジークハイドだったとき、アナスタシアの想いに応えたことはない。何度かアナスタシアのなすがままにされたことはあるが、それでもアナスタシアと“一つ”になったことはなかった。


 これから行うのはかねてよりアナスタシアが求めていたものではないが、仁と一つになったみたいで気持ちが良かったという訓練を受けた皆の感想を知るアナスタシアが、同質の気持ちよさを期待していてもおかしくはなかった。


 それを思えば、ジークハイドの記憶と人格を取り戻したという仁に対して、アナスタシアが直接的な行為ではなく、約束を優先させたことに心の底より安堵した。


 仁は玲奈の下着を極力意識しないように努め、ベッドの上に上がり込む。鎧姿では無粋だからと言われ、仁も手早く武装を解除した。魔王妃の抵抗を受けるかもしれないということを考慮して防具を外さない選択肢もあったが、仁はアナスタシアに不信を抱かせないことを優先した。


 それに、武装がなくとも、黒炎や黒雷である程度身を守ることは可能なのだ。


 仁は仰向けになっているアナスタシアの腰の横で膝立ちになり、一点の染みもない澄んだ肌色に目を向ける。


 アナスタシアの魂を追い出し、玲奈を救う。それだけに意識を向けた仁の胸から、やましい気持ちはすっかりと消えてなくなった。罪悪感や希望の()い交ぜになる気持ちを静める。


 自分は仁だ。ジークハイドじゃない。ジークハイドはもう死んだ人間なのだ。仁はそう強く念じ、ひたすら玲奈を想う。


 魔王妃に体を奪われてから今日まで、玲奈の魂と心が何を感じ、どう過ごしてきたかに想いを巡らせれば、仁は自ずと成すべきことは一つであると意識できた。


「ねえ、ジーク。お願い……!」


 アナスタシアが玲奈の声で切なさを溢れさせるが、仁の耳には届いても、もう心には響かなかった。


 仁が白い肌にそっと手のひらを乗せると、アナスタシアがビクッと身を震わせた。


 仁は丹田の辺りから左手の先へと自身の魔力をゆっくりと動かす。ふと、仁はその中にレイナを感じた気がした。


 心の中でレイナに、そしてアナスタシアに別れの挨拶を告げ、仁は玲奈の体に向かってレイナごと自身の魔力を押し出した。


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