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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第二十章

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20-27.天使

「ねえ、仁くん。どうかな?」


 固まる仁に、魔王妃が玲奈の笑顔で迫る。一歩前に出た玲奈に対し、仁は思わず後退りしてしまいそうになるが、鋼の意志で足の裏をその場に縫い付けた。


「それは……できない……」

「え。どうして? 仁くんは私の奴隷なんだよ?」


 首を傾げながらも笑顔を絶やさない玲奈を、仁が苦渋に満ちた表情で睨みつける。シルフィを解放してほしいという気持ちに嘘はないが、それだけは受け入れるわけにはいかなかった。


 仁の知る玲奈なら、恥ずかしく思いながらもシルフィの身の安全を優先させたかもしれない。しかし、その玲奈の意志を確認する(すべ)がない今、仁は自分の判断で玲奈を辱めるわけにはいかないのだ。


「俺は玲奈ちゃんの奴隷だ。お前のじゃない」

「玲奈は玲奈だよ?」

「違う!」


 こてんと可愛らしく反対側に首を傾ける玲奈に、仁は顔を(しか)めて否定した。玲奈を睨みつけることなどしたくはないが、仁は目の前の相手は玲奈ではなく魔王妃なのだと心に強く言い聞かせる。


「食事の世話はいい。掃除や洗濯だってする。奴隷らしく跪けっていうならそれでもいい。だけど、玲奈ちゃんを辱めることだけは絶対にしない!」


 それだけは譲れないと、仁は意志を瞳に込める。そのまましばらく見つめ合っていると、にこやかな玲奈のような笑みを浮かべていた魔王妃の口元が、妖しく釣り上がった。それは、あたかも玲奈の体が魔王妃に乗っ取られているのだと、仁にまざまざと見せつけるかのようだった。


「ねえ、仁くん。知ってる? 女の子だって、えっちな気分になっちゃうことはあるんだよ?」


 玲奈が決して口にしないであろう言葉が、仁の心を締め付ける。


「仁くんが慰めてくれないなら、私はどうすればいいの? 気の遠くなるくらい、ずっと、ずーっと魂だけで閉じ込められていたんだよ。我慢なんて、できると思う?」


 妖しい笑みを引っ込めた魔王妃が頬を上気させ、潤んだ瞳でにじり寄る。上目遣いで見つめられた仁は愕然としたまま動けない。


 魔導石を両手で胸に掻き抱いた玲奈が、仁の目と鼻の先で顔を上に向け、小ぶりで弾力のありそうな唇を少しだけ突き出した。


「ねえ、仁くん。キス、して?」

「う……」


 相手が本当の玲奈であればどれだけ嬉しいか。仁はそっと目を閉じる玲奈を見つめ、奥歯を強く噛みしめた。ドキドキと勝手に高鳴る心臓を、仁は意志の力で押さえつける。


 どんなに蠱惑的な表情で、どんなに魅力的な提案だったとしても、相手は玲奈ではない。それなのに、いや、だからこそ、仁は自身が玲奈をどれだけ好きなのかを思い知らされた。それが悔しくてたまらない。


「玲奈ちゃん……」


 仁はそっと玲奈に手を伸ばす。仁の動きを察知したのか、玲奈が目を閉じたまま、薄っすらと微笑んだ。


 次の瞬間、玲奈が驚きに目を見開いた。玲奈が胸元に視線を向けると、両手で包み込んでいたはずの魔導石が消えていた。


「はぁ……」


 肩を落とした玲奈が顔を上げ、僅かに距離を取った仁に向けて唇を尖らせた。


「仁くん。私がここまでやってるのに、酷くない? 必死の思いでキスを強請(ねだ)る女の子から盗みを働くなんて、メッ! だよ?」


 頬を膨らませる玲奈に、仁は思わず可愛いという感情を抱いてしまうが、すぐに心の中から追い出した。


「魔王妃。魔導石が欲しかったら、約束してほしい。玲奈ちゃんを辱めるようなことはしないって」


 仁が祈るような思いで玲奈を見つめると、玲奈はこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。


「ねえ、仁くん。仁くんが何か要求できる立場じゃないってわかってる?」

「それは……」


 仁は答えに窮する。魔導石を渡す見返りに譲歩を引き出そうとしていたが、魔王妃が仁を言いなりにさせる手段など、いくらでもあるのだ。


「さっきも言ったけど、私は今すぐにでも街中に眷属を放てるんだよ? 恐るべき鉤爪(テリブルクロー)みたいに速いだけじゃなくて、刈り取り蜥蜴(リープリザード)雷蜥蜴(サンダーリザード)みたいに大人しい子じゃない。私の眷属には、人でも魔物でも、何でも殺して食べちゃう我慢の効かない元気な子もいるんだよ? 仁くんは、この街が餌箱になってもいいの?」


 玲奈が首を傾げる。仁はこれまで相対してきた恐竜に似た魔王妃たちの眷属を思い浮かべ、その中に、それぞれの時代で食物連鎖の頂点に立った、一時代の覇者ともいうべき大型肉食恐竜の姿がないことに気付く。


 きっといるんだろう。そう思ってしまった仁に、これ以上逆らうことなどできはしない。いや、もしそれが、はったりだったとしても結論は変わらない。


 仁はアイテムリングから虹色の魔導石を取り出し、玲奈に差し出した。玲奈が微笑んで手を伸ばす。


「それにね?」


 玲奈は自身の手と仁の手で魔導石をサンドイッチにした状態で、俯き加減の仁の顔を覗き見る。


「仁くんが夜の相手をしてくれないなら、他の誰かにしてもらってもいいんだよ? 例えば――」


 仁がビクッと肩を震わせる。いっそ耳を塞いでしまいたかったが、玲奈のもう片方の手のひらが仁の手を下から挟み込んで逃さない。


「うーん。ヴィクターさんは幼児趣味だし、ガロンさんはエルフ狂いだし、イラックさんなんてエルフだし……。あ、そうだ」


 玲奈が、にんまりと笑った。仁の顔が絶望で歪む。


「ノクタさん辺りなら――」

「やめてくれ!」


 仁の悲痛な叫びが地下室に反響する。


「それだけはやめてくれ……」


 仁がその場に崩れ落ちる。俯き膝をつき、玲奈に挟まれてない方の腕が、だらりと垂れ下がった。


 仲間たちや街の人々は元より、玲奈の体と心を人質に取られた時点で、仁は一切逆らうことなどできはしない。魔王妃の望むまま、命じるままに行動するしかないのだ。それが例え、玲奈の尊厳を傷つけるものだったとしても。


 絶望が仁の心の底から這い出し、胸の内を侵食し始める。


「お願いだ、ナーシャ。それだけは、それだけは、やめ――」

「なーんて、冗談っ」


 語尾に音符でも付きそうな軽い調子に、仁は顔を上げ、子供っぽい笑みを浮かべる玲奈を呆然と眺めた。


「私にだって相手を選ぶ権利はあるからね。仁くん以外とそんなことはしないよ」


 玲奈の言葉が救いとなって仁の頭と心に染み渡る。


「無理やり迫ったりしてごめんね。こういうことは、ちゃんとお互いに合意の上じゃないと楽しめないもんね」


 魔王妃が、悪魔が、天使に見えた。


「私だって、前の子の体を奪えたと思ったら行為の最中で、びっくりして思わず相手を殺しちゃったくらいだしね」


 魔王妃が玲奈の声で何か聞き流してはいけないようなことを言っていたが、仁の頭は未だフリーズしたままだった。


「だからね。今度は仁くんから誘ってもらえるように、私、頑張るね!」


 そう仁を見つめて宣言する天使は、まるで玲奈のように、はにかんでいた。


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