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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第二十章

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20-19.始動

「じゃあ、仁くん、みんなも。また後でね」

「俺も行こうか?」

「ううん、大丈夫」


 翌日、玲奈はダンジョンを出ると、当初の予定通り皆との一時の別れを切り出した。目的は昨夜に思い付いたことを実行するためだ。玲奈は自身の内の決して無視できない想いを胸に押し込め、皆に、仁に笑顔を振りまく。


 午前中からダンジョンで魔石集めを行っていた戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)は無事40階層のボスの討伐に成功し、午後からは久々に休暇を取ることになっていた。


 現状を鑑みると悠長に休んでいる場合ではないのだが、働き詰めは体にも心にも良くないとアシュレイから諭され、適度に纏まった休暇を作ることになったのだ。


 そんな訳で、この後、仁は肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの子供のルビーの様子を見に、ミルとイムはファムのところへ、ロゼッタはガーネットと合流して一角馬(ユニコーン)の元へ向かう予定となっていた。


「私も用事が済んだら夕食の準備までには帰るから」

「うん。じゃあ、また後で」


 玲奈はそれぞれに去っていく仲間たちに手を振って見送りながら、仁といつも通り接することができたはずだと安堵の息を吐く。伊達に声優だったわけではないと玲奈は内心でドヤ顔をした後、今日の仁の言動にほんの少しだけぎこちなさを感じたことに想いを巡らせた。


 自分の態度に問題はなかったと確信している玲奈は、仁のことだからまた何か一人で抱え込んでいるのではないかと心配になるが、そこまで深刻そうな雰囲気は感じられなかったため、美味しい夕食を作って励まそうと気持ちを入れ替える。


 玲奈は仁の喜ぶ顔を思い浮かべて頬が緩むのを感じながら、自身も目的の場所へと足を向けた。


 途中、城門を警護するエルフの精兵と挨拶を交わし、白亜の城の中へと進んでいく。以前、仁と共に歩いた道を思い出しながら地下への階段を降りると、重厚な金属製の扉の前に立つ偉丈夫の姿が玲奈の目に飛び込んできた。


「ヴォルグさん、こんにちは。ルーナは部屋にいますか?」


 護衛のヴォルグがいるのだから間違いないと確信しながら玲奈が尋ねると、予想通りの反応が返ってきた。ルーナリアと約束をしていたわけではないが、ヴォルグが扉越しに伺いを立て、無事入室を許可される。


 玲奈は自分や仁のためにほとんど毎日研究をしてくれているルーナリアと、彼女を守るために警護を続けるヴォルグに感謝の念を抱きつつ、地下室の中へと足を踏み入れた。


「レナ。丁度よいところに来てくれました」


 玲奈が入室して扉を閉じると、ルーナリアが諸手を挙げて歓迎の意を示した。仁やミルたちなしの二人きりでルーナリアと会うのは珍しいなと極僅かながら緊張していた玲奈は、ホッと胸を撫で下ろす。


 ルーナリアが邪険にするわけがないと信じていても、気持ちの良い笑顔で迎え入れられれば、玲奈でなくとも誰でも嬉しくなってしまう。とはいえ、玲奈はルーナリアの用事に全く心当たりがなかった。


「丁度いい?」

「はい」


 玲奈が小首を傾げると、ルーナリアはもうしばらくすればシルフィがやってくる予定なので、その後でお願いしたいことがあると告げた。玲奈が来なければ後程呼びに行く手筈だったというルーナリアに、玲奈は内心で首を傾げつつも頷きを返す。


「私にできることなら」


 ルーナリアは自分たちのために研究を頑張ってくれているのだから、玲奈の中に断るという辞書はなかった。ルーナリアが更に笑みを深める。


「ありがとうございます。それで、レナは私に用があったのではないですか?」

「あ、うん」


 玲奈は一瞬、どうやって切り出すか頭を悩ませたが、別に(やま)しいことではないのだからと、元の世界に戻った際にこの世界の記憶を忘れたくないのだと正直に話した。




「なるほど……」


 顎に手を当てて考え込むルーナリアに、玲奈はゴクリと喉を鳴らす。召喚魔法陣に関する知識も技術も全くない玲奈は、ルーナリアに頼るしかないのだ。玲奈はこの世界のことを、皆を、仁との思い出を忘れたくないと祈る想いでルーナリアからの返答を待った。


「レナには申し訳ありませんが、それは無理です」

「え……」


 簡単なことではないだろうと思っていた玲奈だったが、魔法陣研究の第一人者にはっきり無理だと断言されてしまい、思わず絶句する。玲奈は口を半開きにしたままルーナリアを見つめることしかできない。


「私の知る限りでは、この魔法陣にそのような機能は付いていないのです」


 ルーナリア曰く、仁がコーデリアに召喚された際に記憶を失ったのは、あくまでも魔法陣に組み込まれた隷属魔法によるものであり、魔法陣そのものに記憶に影響を与える効果はないのだという。


 玲奈が悲し気に表情を歪め、指輪ごと、右手で左の薬指を握りしめた。耐毒の指輪という不確かなものに頼るしかないのかと、玲奈は暗澹たる気持ちになる。


「ただ、方法がないわけではありません。この世界の愚かしい摂理を破壊できれば、あるいは――」


 続いたルーナリアの言葉に玲奈は僅かな光明を見出すが、詳しく尋ねる前に扉の向こうのヴォルグからシルフィ到着の報が入った。


「すみません、レナ。この続きは(わたくし)の用事の後でよろしいですか?」


 玲奈はルーナリアの先ほどの言葉が気になったが、結局のところ、元の世界に帰るそのときまでにどうにかできればいいのだからと自身を納得させ、頷いた。


「シルフィ、こちらへ」


 ルーナリアが入室を許可し、シルフィを招き入れる。玲奈もルーナリアに促され、魔法陣の(かたわ)らでシルフィが早足で向かってくるのを待った。


「シルフィ。これから実験を行います」


 シルフィは命じられるまま、ルーナリアから針のようなものを受け取り、自身の指に突き刺した。玲奈が思わず目を細めていると、魔法陣の上に突き出されたシルフィの人差し指から赤い血が滴り落ちた。


 数滴の血液が魔法陣に落ち、極々薄い赤い膜となって魔法陣を覆うように広がっていく。直後、辛うじて赤い色が認識できるくらいの血の薄膜が、魔法陣に溶け入るように消えた。


「あ、あの、ルーナ。実験って……?」


 玲奈は恐る恐る、シルフィを部屋から下がらせたルーナリアに尋ねる。仁から魔法陣を発動させるのにエルフの血が必要らしいとは聞いていたが、何の実験をするのか皆目見当もつかない。


 皆の推測通り、この魔法陣が仁を召喚するためのものであるなら、召喚の実験をする必要はない。コーデリアとルーナリアの二人ともが既に仁の召喚に成功している。では送還の実験をするかと言えば、世界の壁を超えるには魔導石が必要で、未だ入手出来てはいないのだ。


「レナ、こちらへ」


 ルーナリアに手招きされ、玲奈は戸惑いながら近付く。ルーナリアは「ちょっとした実験ですから」と微笑んで見せた。


「それで、私は何を――」


 玲奈の言葉が不意に途切れる。ルーナリアが玲奈を抱きしめていた。ビクッと身を震わせて硬直した玲奈が、混乱した頭でルーナリアの名前を呼び、訳を聞こうと口を開く。


「ん……!?」


 しかし、玲奈は言葉を発することができない。玲奈の小ぶりな口を、ルーナリアの唇が塞いでいた。


 一拍置いて玲奈が頭を引く。


「ルーナ、何を――」


 戸惑い驚く玲奈の瞳に、笑顔のルーナリアが映る。玲奈が絶句し、動きを止めた。目と鼻の先にあるルーナリアの顔は、これまで見たことがない妖しい笑みを湛えていた。


 目を見開く玲奈に、再びルーナリアが唇を合わせる。玲奈を逃がさないとばかりに、ルーナリアがきつく玲奈を抱きしめた。


 玲奈は動転したまま反射的にルーナリアを振りほどこうとするが、その刹那、玲奈を拘束する腕が(ほど)け、脱力するようにルーナリアが崩れ落ちる。


 その場に立ち尽くした玲奈が、パチパチと数度(まばた)きを繰り返す。辺りに暫しの静寂が訪れた。


「ふ、ふふ。ふは、はははははは……!」


 白亜の城の地下室に、歓喜に満ちた笑い声が静かに響いた。


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