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1-4.敵

 地下室を出て階段を上ると、一面に赤い絨毯が敷き詰められた廊下に出た。石造りの窓から夕陽が差し込み、灰色の壁を赤く照らしていた。シルフィによると、ここはグレンシール帝国の帝都にある城の一角で、ルーナリアの管轄となっている区画ということだった。そのまま赤い空間を進んでいき、2階に上がったところで豪華な扉の前に辿り着いた。


「こちらが滞在していただく客間になります」


 シルフィが重そうな両開きの扉を引き、シルフィに続いて部屋へ入った。テレビ等で見たことのある西洋の貴族の邸宅のような、豪華な調度品に彩られた20畳ほどの部屋だった。大きなベッドには天蓋が付いていた。


「わぁ……すごい……」


 玲奈が感嘆の声を上げながら部屋を見回す。仁はかつての経験からある程度予想していたので驚きは少ないが、玲奈にとってはこのような部屋に入るのは初めてかもしれない。


「この部屋のものはご自由にお使いください。それと、わたしはこれからジン様のお部屋を用意して参りますので、一旦失礼させていただきます。部屋の前に護衛の騎士2名を配置しておりますので、何か御用の際はそちらにお声掛けをお願いします」

「わかりました」

「案内ありがとうございました」


 仁と玲奈が頭を下げると、シルフィが慌てたように手をバタバタとさせた。


「頭をお上げください。主人であるルーナリア様の御客人がわたしなどに頭を下げる必要はございません。で、では失礼しますね」


 シルフィはそれだけ言って足早に部屋を出て行った。広い部屋に2人きりになり、言葉が出てこない。憧れの声優と二人きりで緊張しないはずがないが、今は気にしている場合ではないと気合を入れる。


「玲奈ちゃん。とりあえず座って話をしよう」

「はい」


 玲奈が応じて赤いソファーに腰を下ろす。仁はその対面に座る。沈んだクッションが優しく体を支えた。


「扉の向こうにいる護衛の騎士は、間違いなく見張りだと思う。貴族用の客室だから防音はある程度しっかりしているとは思うけど、俺たちを野放しにするはずがない。聴かれているかもしれないことを頭に置いて、小声で話そう」

「はい。わかりました」


 密談するかのように体を丸め、小声で話す。


「玲奈ちゃん、1歳しか変わらないし、むしろ俺が玲奈ちゃんを尊敬してる立場なんだから、敬語は止めよう。それと、無事に元の世界に戻るまでは対等な立場だと思っていいかな?」

「はい……うん。わかった」

「まぁ、俺は玲奈ちゃんの奴隷みたいだから、どう考えても対等ではないけどね」


 少しおどけて言うと、玲奈は笑みを浮かべた。


「それで、その奴隷に関してのことでもあるんだけど、少し聞いてほしい」


 玲奈が頷くのを確認し、話を続ける。


「さっき、ルーナリアさんが、俺が奴隷になったのは自分たちの不手際だと発言したんだ。これは仮説ではあるんだけど、帝国はただ俺たち、というか、玲奈ちゃんを勇者として召喚するだけでなく、好きなように手駒にできる奴隷状態で召喚したかったんじゃないかって思うんだ。それが何かの手違いで、玲奈ちゃんが召喚されるときに近くにいた俺が玲奈ちゃんに隷属した形で一緒に召喚されたんじゃないかな。騎士たちが失敗って言っていたのもそれで説明が付く。奴隷は奴隷を持てないだろうしね」


 仁の仮説を聞いた玲奈の表情が青ざめる。


「じゃ、じゃあ、仁さんは、巻き込まれただけで、私のせいで……」

「ち、違うよ。玲奈ちゃんのせいじゃないよ。勝手に召喚した帝国が悪いんだ。俺たちは等しく被害者だよ」


 名前で呼ばれたことにドキッとしながら、慌てて否定する。仁の照れたような様子を見て、玲奈がはっとした表情を浮かべた。


「あ、ごめんなさい。名前で呼んじゃって。えっと羽月さん」

「仁でいいよ。俺なんて名前にちゃん付けで呼んでるし。というか、呼び捨てでもいいよ。むしろ呼び捨てで呼んでくださいお願いします!」

「えっと、いきなりそれは……」


 つい勢い込んでしまった仁にちょっとだけ引きつつ、玲奈は小首を傾げて斜め上に視線を向ける。


「じゃあ、仁くんで」

「仁くん……」


 仁の頬がこれでもかと下がる。蕩けたような笑みを浮かべる仁の姿に、玲奈は残念な子を見るような曖昧な笑みを浮かべた。


「はっ! ご、ごめん、玲奈ちゃん。対等な立場でなんて言ったけど、やっぱり玲奈ちゃんは俺にとって憧れの人だからさ。つい、ね」


 苦笑いを浮かべる仁を見ていた玲奈が、ふと気づいたように声を上げた。


「あ、もしかして、仁くんって、“ジン@かつて勇者だったかもしれない男”さんだったりする?」

「え? どうしてそれを」

「あ、やっぱりそうなんだ」


 玲奈はパッと表情を明るくし、シミジミといった感じで深く頷く。


「ラジオの何でも相談室のコーナーに送られてきた相談がずっと心に残ってて。詳細はわからなかったけど、夢としか思えない出来事に対して、悩みながらもすごく真摯に向き合おうとしてるのが、とっても印象的で。当時、逃げ出したいくらい現実のことだけで手一杯だったから余計に、ね」


 そこで言葉を切った玲奈は、真剣な目で仁を見つめる。


「仁くん。もしかして、夢としか思えない出来事って、今回みたいなことだったのかな?」


 仁は驚きに目も見開く。玲奈の澄んだ瞳は嘘を許さなかった。


「召喚された直後から、私が驚いて戸惑うばかりだったのに、仁くんがいろいろ知ってる風だったのは、以前似たような経験をしたことがあったからなんだね」

「え? そう見えた? 一応驚いて見せたり初めてを装ってたんだけど」

「仁くんの演技力はまだまだだね。そんなんじゃ声優にはなれないぞ?」


 冗談めかして言う玲奈の言葉に、自然と笑みが零れる。


「玲奈ちゃん、これから話すことは他言無用でお願いね」


 ひとしきり笑い終え、殊更声を潜めて言うと、玲奈が真面目に頷く。


「俺は3年前、この世界のラインヴェルト王国に勇者として召喚された。その国は隣国から理不尽な要求を突き付けられて侵略を受けていた。それを跳ね除ける力として期待された俺は必死に戦った。それでも力及ばず、ラインヴェルト王国は滅亡寸前となり、俺は仲間たちの手で元の世界に送り返された。その隣国の名はグレンシール王国」


 俺の告白に、玲奈が驚愕の表情を浮かべた


「今は帝国と名乗っているようだけど、これだけは間違いない」


 無言で見つめる玲奈に、仁は告げる。


「グレンシール帝国は、俺の敵だ」

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