20-12.禁忌
「うーん……」
ダンジョンから戻った仁が、一人呻る。何かあったのかと不安げな受付の孤児たちに、仁は何でもないと安心させるように微笑んでからその場を後にする。
今、仁の頭を悩ませているのは戦闘用魔導人形の情報のなさだった。
これまで、ダンジョンのボスや魔物の情報はダンジョン核からある程度把握することができた。しかし、所謂隠しボスという扱いだからか、戦闘用魔導人形に関しての情報はほとんど得られなかった。
仁は魔物が体内に魔石を持つのと同様に、戦闘用魔導人形の中には魔導石があると半ば確信しているため、早々に討伐したいと考えたのだが、何の情報もないまま戦いに赴くのにはリスクを感じていた。
ダンジョン転移を使える仁であれば、試しに挑んでみて危険を感じたら即時撤退という手法を取ることもできるが、戦闘用魔導人形の情報がダンジョンマスターである仁にも秘匿されていることに不安を覚える。
万が一にもダンジョン転移が使えないようなことがあれば、一人での戦いを強いられることになるのだ。そして、もし戦闘用魔導人形がとても倒せるような相手ではなかった場合、その先に待っているのは“死”だ。
玲奈たちを巻き込むよりは余程マシとはいえ、仁とて死は恐ろしい。故に、可能な限りの安全マージンを取った上で挑みたいと思うのは自然なことだった。
「あ、仁くん」
仁がどうしたものかと考え込みながら冒険者ギルドの解体場に赴くと、その脇で笑顔の玲奈が出迎えた。その隣にはミルとイム、ロゼッタの姿もあった。
「お帰り」
「ただいま」
仁は玲奈に続いてミルたちとも挨拶を交わし、解体場の中央に目を向ける。そこでは今もガロンやカティアたちが解体に勤しんでいた。
「順番に休憩中なの!」
ミルが元気に告げ、仁は仲間たちに労いの言葉をかけた。仁は先ほどまでの悩みを一旦保留にして解体に加わろうとするが、玲奈が「もうすぐ休憩が終わるから、その後で一緒に」と止める。
「それで仁くん。何か困ったことでもあった?」
玲奈が心配そうに仁を見つめる。仁は良い報告でもあると前置きした上で、戦闘用魔導人形について話して聞かせた。その後、仁は何か知っていることはないかと仲間たちに尋ねた。
「ミルも聞いたことないの」
仁が申し訳なさそうにしているミルから隣に視線を移すと、ロゼッタも首を横に振った。当然、この世界の住人ではない玲奈も知るはずもなく、他の人たちにも聞いてみるしかないという結論に至る。ちなみに、イムは我関せずとミルの傍らで丸くなっていた。
「アシュレイさんなら何か知っているかも?」
玲奈たちはこの場は自分たちに任せて話を聞いてくるように仁に勧めるが、一分一秒を争うようなことではないため、仁は皆に感謝しつつもこの場に留まることにした。
ほどなくしてカティアやエリーネら奴隷騎士たちと交代する形で、戦乙女の翼の面々は揃って解体の現場へと向かったのだった。
「カルムンさん。戦闘用魔導人形って聞いたことありますか?」
その晩、仁は酒盛りをするドワーフたちの元を訪れていた。アシュレイに解体で得られた魔石の報告のついでに戦闘用魔導人形について尋ねたところ、聞き覚えがないとのことで、ドワーフたちに聞いてみてはどうかと勧められたのだ。
仁は、酒を浴びるかのように飲みながらも全く酔っぱらった気配を見せないドワーフたちのリーダー格の答えを待つ。
エルフほどではないにしても人族と比べて長命だというドワーフ族。その一団の中で最も年長のカルムンが豊かな顎髭をごつごつした手で撫でながら、仁の真意を窺うような鋭い視線を向けた。
「勇者殿。その名をどこで?」
先ほどまで陽気な様子で仁を歓迎していたカルムンの変調に、仁はゴクリと喉を鳴らす。他のドワーフたちは仁たちの会話が聞こえていないのか、それまでと変わらず騒いでいたが、仁は自分とカルムンの周囲だけ気温が下がったような気がした。
仁は何かまずいことを言ってしまったかと内心で焦りながら、ルーナリアから帰還を実現するために魔導石を求められ、ダンジョンのボスの中にそれと似た名前を持つものを見つけたと、これまでの経緯を簡潔に説明する。
話を終えて仁が様子を窺うと、カルムンは刃のような視線の鋭さを僅かに収め、何かに惑うように再び自身の顎髭を片手で撫でつけた。
「勇者殿。場所を変えるぞい」
仁が頷くと、カルムンはゆっくりと腰を上げてドワーフたちに宛がわれた集会場の個室に移動した。
カルムンに促されるまま、仁はソファに深く臀部を沈める。対面に座るカルムンはドワーフ特有のずんぐりとした体形故に人族用のソファとはサイズが合っていなかったが、そのアンバランスさに意識が向かないほど緊迫した空気が流れていた。
「勇者殿。儂はエルフィーナ殿より、お主が信頼に足る者じゃと聞いておる。故に、儂もお主を信じ、忠言させてもらうぞい」
「はい」
仁は神妙に頷く。カルムンは真っ直ぐに仁を見つめ、しばしの沈黙の後、ぼさぼさの口髭の間から重々しい声を発した。
「“それ”の名を口にしてはならん」
鬼気迫るようなカルムンの様子に、仁は生唾を飲み込む。“それ”が戦闘用魔導人形であることは想像に難くない。しかし、その理由がわからない。
「勇者殿は“それ”がどのようなものか知っておるかの?」
「はっきりとはわかりません」
仁はそう前置きした上で、自身が召喚される前の世界の作り話に、もしかしたら似たものかもしれない存在が登場すると告げる。仁はカルムンに促され、ダンジョン内で思い浮かべたのと同じ、“ゴーレム”という単語から自身の想像するものについて語った。
「儂らドワーフには、“その名”を口にしてはならぬという教えと同じように、禁忌とされることがあるのじゃ」
「禁忌ですか」
仁がオウム返しにすると、カルムンが深々と首肯した。仁はカルムンが再び口を開くのを、じっと待つ。
「如何様な理由があれど、物に命を吹き込むようなことは決してしてはならぬ。それが何代前やもわからぬご先祖様より受け継がれてきた教えじゃ」
重々しい空気の中、仁とカルムンは真っすぐに視線を交わせ続ける。耳の痛くなるような静寂が、辺りを支配していた。
「勇者殿。“それ”の名を儂の他に告げた者はおるかの?」
「……あ」
ドワーフ族に禁忌とされる戦闘用魔導人形の名を、仁は気軽に口にしていたことを思い出す。
結局のところ、禁忌とされる理由はドワーフ族にも伝わっていないようだが、カルムンは2つの教えを結び付け、無機物に命を吹き込まれたものが戦闘用魔導人形で、それが過去に何らかの悲劇を生んだのではないかと考えているようだった。
「えっと。話をしたのは俺の心から信頼している数人だけですので、俺の方で事情を伝えて口止めしておきます」
仁はカルムンに感謝の言葉を告げてその場を後にする。
戦闘用魔導人形がおそらく仁の知識の中の“ゴーレム”と同様なものであることと、どうも危険なものらしいということはわかったが、それ以上の情報はどこからも得られそうになかった。
ドワーフが禁忌とし、エルフ族にも獣人族にもその存在すら伝わっていない戦闘用魔導人形。
仁は偶然にも得られた手掛かりが砂上の楼閣に変わっていくように感じながら、まだ寂しさを感じさせる夜の街を進んでいった。




